第十八話 ナカッタコトニシマス
受験生なのです。そんな言い訳。
口を開けた。
「諏訪子といったな」
地から生やした巨大な柱、否、地へ刺した巨大な柱に座る女性、八坂神奈子だ。現在、大和の神として名を広められている神である。
「あぁ、そうだ」
返事をした。
洩矢諏訪子。彼女は小柄であるが、倭の国で一、二を争う神でもある。
「アマキミは?」
「消えた」
「・・・アマキミは?」
「消えた」
「・・・」
修業をはじめて間もなく、アマキミは姿を消した。あれから、28回太陽と月が入れ替わるのを見た。
「那々詩という神を知っているか?」
「ナナシ?」
正体不明な神、那々詩。彼女がアマキミを消したんだ。そう考えている。
「その神と戦った」
「・・・」
「私も、アマキミも負けた。・・・と、思う」
「どういうことだ」
「アマキミは、あいつと戦って、消えた」
アマキミは今、何処にいるかわからない。那々詩は、そのうち帰ってくるとか言っていたけど、何時かわからない。
「・・・ならば、お前が私に勝って、お前がアマキミの居場所を創って待っててやればいい」
「!?」
「今は私とお前の国を賭けた戦いだ。よそ事はよしてくれ。お前ははじめからひとつの神として戦ってきたのだろう?私達のように大勢の神とで戦ってはいないのだろう?生物の信仰があってこそ存在する私達ではあるが、今は、お前の、ひとつの力を見せて欲しい。得意だろう、私達とは違って、ヒトツで戦うことが」
「何を言っているのか、よくわからないが、今は、こっちに集中するよ」
ふたつの神が、激しく交わった。
☆
「またお前か」
黒の上着に白のTシャツ。それに、黒い長ズボン。神とは全く思えない服装で、彼女は私の前に立っていた。
「おはよう、アマキミ」
「・・・おはよう」
目が覚めて周りを見たら、真っ白のようでそうでない不思議な世界だった。あぁ、また此処かと思った。
「今回は何用ですか?50年前に戻してくれるとか?」
とか、そういうのは無さそうだ。
「ああ、まさにそれ」
「やっぱりな。・・・え?」
「今から50年前に戻ってもらって、少し出来事を変えて欲しいんだ」
「・・・え?」
いきなり出来事変えて欲しいとか、もしかして私がやってきたことを変えるってことか。それとも、あの妖怪たちのこととか、また別のことか・・・。そうだ、できるかもしれない。あの妖怪、飛裂のことを何か・・・、いや、何ができるかわからない。何をしたらいいのかわからない。卑弥呼はどうせ死ぬのだ。歴史上、誰かに殺されてこの世を去ったと、記憶に残ってる。随分と昔のことだから合っているはわからないし、実際その時代に生きて見てきた訳じゃないから、その情報源が合っているのかすらわからないけれど・・・。
「・・・変えて欲しい事は、君が諏訪子のところに戻って修業の続きをする事ね。今は君が未来に飛んで、その未来から時間進んだままで、飛んだ時間からそれまでの時間の君は存在しないことになってる」
「え・・・、それじゃあ私がいないまま、諏訪子と神奈子は戦いを始めていると・・・?」
「うん。ちなみに、神奈子”たち”が勝った」
「やっぱり」
大体うぃきぺでぃあにあったとおりだね。諏訪子と神奈子が戦って、神奈子が勝つ。
「諏訪子と神奈子は仲良くしてるの?」
なんとなく、気になったから聞いてみた。この世界は私がいた世界と少し違うそうだからね。歴史も、私が加わったことで少し変わることもありそうだから。
「あぁ、とても仲がいいよ」
「そっか、それは良かった」
私は笑顔で言った。だが、那々詩の表情は何だか、暗い気がする。
「どうかした?」
様子がおかしい。前は、ぱっぱーっと用を済ませたのに、今回はスムーズに進まない。
「今回の件なんだが・・・」
「?」
「洩矢神社は、神奈子が入って守矢神社なる筈何だけど・・・」
「けど?」
「・・・ズレた」
私は硬直してしまった。
"ズレた"。この言葉でいくつか想像出来た。まずは神奈子が勝っているから、神社を神奈子のモノにされる。または、大和の神にとられる。または、第三者が現れ、そいつに奪われる。
「守矢じゃなくてね、“大和大社”になった」
考えまとまってな・・・、え、二番目のやつだった。
「で、それを元の守矢神社へとなる方の世界にしてほしいんだ」
「・・・私がいたから、いや、私とお前がいるから、世界がズレたのか」
「まぁ、そだな」
だろうな。
いつの間にか、座って話していたのでとりあえず立ってみる。視線を周囲に写して見るが、やはり何もなく、ただ真っ白。それだけだった。
「そういうことだから、えーっと、試験的なのをやったところの、うーん、君が消えた一週間後にしようか。その日まで時間を戻す、というより、間の時間を作る。だから、卑弥呼にあっていた時間とかはそのままだ」
「つまり、私が“いない”ことになってる時間から、私が“いる”こととして割り込むのね。まぁ、一時期私が二人存在することになるんだろうけど」
「んだ」
「んだ?」
「んだ。そういうことってこと」
那々詩の言葉は理解しにくいな。
そう思いながらも、私は那々詩が言うことを理解しているつもりで、話もテンポよく進んでいると思っている。
「そうだ。君にはもうひとつ伝えることがあった」
「・・・?」
「実は西暦に入るまで、あ、いや、西暦200年辺りまで。つまり卑弥呼に会う前まで、君の脳は機械的にいじらせてもらっていたんだけどそろそろ進歩させないとなぁ、的な感じで人間の脳に、というか転生前の脳に大体戻したから思考が急に変わってきた、とかそういうのは大体そのせいだから、大して問題ないよ」
話はテンポよく進んでいるのではなく、テンポに流されているだけだった。
薄々気づいてたけれど、まさか本当にやられているとは思わなかったし、思いたくもなかった。
つまりこういうことだ。
もし人間の脳であれば、記憶、思考、感情は荒れまくりだったと思う。記憶はできない、思考は後ろ向きになる、感情は狂ったようになるかもしれないし、何かあれば変化してしまう荒れた感情になる。だけど、今まで、ほとんどそういうことがなかった。少し荒れても、少しの時間で戻る。物事を記憶して長い時間経っても忘れない。思考もほとんど変わらなかった。
「そう、僕がパソコンみたいにカタカタといじってたから」
「偽りの私なのか」
「いや、君は君だよ。それ以外何者でもない」
そうかい。
最近、大人になった。
☆
「すぅーわぁーこぉーー」
久しぶりに訪れた神社に何か嬉しさが込み上げてきた。この神社に祀られている神の名を呼んで、中に入らせてもらおうと試みた。
数秒してから音が聞こえてきた。何かがぶつかって何かが落ちる音かな。
「アマキミっ!!」
何とも元気な女の子だ。神社の中から跳び出してきたと思ったら、押し倒されてしまったよ。
あぁ、可愛いな。ぷにぷにしちゃう。
「アマキミ、裸じゃない・・・」
「え?」
「これ、アマキミの」
諏訪子は私に乗ったまま、白い布を私に見せた。
「・・・私の服だ」
そういえば、私の上着がなかったな。てか、下着着てなかったらあのときずっと上半身裸だったのか。
恥ずっ!
なんで気づかなかったんだろう…(泣
「・・・懐かしい」
何年ぶりだろうか。久しく私物である私の物である私服を着たのは。でも、私服と言ってもきっとこの時代だからこそ着られるものであって、神であるから着られるものであって、つまり、私がもといた時代には着られるものではないものだ。
分かりにくいね。
「アマキミ、何処に行っていたんだい?」
「ん?ちょっといろんなところに」
本当のことを言える訳がないだろう。
「ところで」
ところでどうしたその口調は。アキと呼んでくれない。
「えっ?」
そう。私にとっては随分と前のことではあるが、彼女たちこの私にとって過去世界では、まだ一週間したたっていない。けれども、その一週間で口調が変わっている。しかも、しかもだ。しかも彼女は成長していた。
背が伸びていた。胸が、少し大きくなっていた。
「アマキミ。私は成長したんだ。アマキミがいなくなってしまったから強くなろうとしたんだ。どうしてかと問われるとアマキミが帰るところを残そうと強くなろうとしたんだ。もしかしたらって、心配になってしまったんだ」
「そうなのか・・・。それは、ごめん」
「いやいや。謝ることはないよ。私が勝手に変わって、逆に接しにくいよね」
「そんなことないよ」
胸以外は。
「そう。良かった。・・・じゃあ話を戻すよ。口調とアマキミって呼ぶようになったのは他の神と関わったから」
名は正しく呼ばなければ、姿無いこと同様ではないか。
「まぁ。そうなのかもね」
いつかの世界では、妄想された存在もしない神が素晴らしい態度で存在されてしまっていたのだけれども、現在私が存在しているこの世界では、神はそんな態度をとることもなければ、そんな態度をとる行為を思う思考が存在しないわけで、諏訪子のあの態度はあってはいけないものらしい。
私はあのままが良かったのだけれど。
まあ。どうせ。あいつが。那々詩がやったことなのだろう。
そう、私は思った。思ってしまった。認めてしまった。
那々詩が創造していると。
「ところで。ところで諏訪子さん」
「ど、どうしたんだいアマキミ。あと、諏訪子でいいから」
「また話が反れるのだけれど言ってもいいかな」
「何だかわからないけど言いたいことがあるなら言っていいよ。気になるから」
「ありがとう」
あぁ。那々詩がやったことは認めるよ。もしかしたら違うかもだけど、那々詩しか想像がつかないから。
少しだけ感謝しよう。少しだけ。
私は直立した。諏訪子の目をしっかり見て、私は言う。少し照れる諏訪子を見つめて、私は言う。
「胸を揉ませてください。ついでに吸わせてください」
まあ。後付けだよね。