第十七話 神返し
「次はここか」
「そうですよー」
洩ヤと描かれた立て札の前に、三人の男が立っていた。
「ん、ここは確か、神力がとてつもなく強いという神がいることを耳にしているが?」
「今は不在だ」
「死んだって聞いたよー」
「そうか。ならば、私たちだけでこの国を貰うことはできるな」
「ミシャクジ、最近、力を高めた奴か。ひとりでは、私たちよりも強いな」
「でもこっちは数が違うからねー。勝つためー、力よりもー、戦力ー。計算だー」
洩ヤ神社の神、ミシャクジは国を大きく、力も大きくなっていた。その大きな勢力を奪おうと、こうやって幾つもの国の神がやって来る。だが、ほとんどの神はボロボロになって国に帰るか、朽ちるか、だ。まれに、ミシャクジに結構な傷を負わせる神もいたが、惜しくも敗北した。
今回、この三人の男、否、三つの神がミシャクジに挑む。
三つの神は、洩ヤ神社の鳥居を潜った。
「またか・・・」
◇
「グハァッ!」
「ヒデブゥッ!」
「グハァッ!!」
三つの神はボロボロになって神社から追い出された。ドンマイ。
「ん?」
此処にまた、一つの神が現れた。
「おぉ、ミシャクジか・・・」
その神もまた、鳥居を潜った。
「今日は客が多いな・・・」
「・・・気のせいだ」
「・・・そうか」
「知らん」
「あぁ?」
二つの神は向かい合い、構えた。
「・・・いくぞ」
一つの神が、地を蹴り跳んだ。ミシャクジは天に跳び、両手を合わせた。ぱんっ、と小さな音が響き渡り、銀に輝く輪が現れた。さらに、薄く紫を帯びた数十匹の蛇が何処からか涌き出てきた。
「~~~~~~・・・てぃっ!」
銀に輝く鉄の輪と数十の蛇は一斉に、一つの神の元へ降り注いだ。
「・・・」
一つの神はその場を動かず、ただ迫りくるものを見ていた。
「私に挑んだのが運の尽きね」
ドドドドドドドドッッ!!
地が揺れ、一つの神がいる場所に砂煙が立ち込める。その場の地は削れ、砕け、割れ、一つの神の姿はあっという間に見えなくなった。飛び散った砂や小石が地へと落ち、やがて、辺りは静まりかえり、砂煙がだんだんとなくなってきた。
そして、一つの影が見え始めた。
「・・・!?」
その影の主は立っていた。
「ミシャクジ・・・貴様の力はたったこれだけか・・・」
「・・・ッ。後で後悔しても知らないぞ?」
地を力強く蹴り、一つの神へとびかかった。
大きな地響きが鳴ったかと感じたときにはすでに、神の目の前には巨大な
蛙がいる。しかし、いまだ動かぬ一つの神に巨大蛙が、叩く。ヌメリとした、長く厚い舌で。しかし、これまた当たらず疑問を抱く。
「何故当たらん」
ミシャクジは口にした。
「・・・何故当たらぬか?それは簡単」
__私は神だ。攻撃を当たらぬようにすることは容易いこと。
そう。容易いことなのだ。
「そうか」
そうかそうか、そうだった。
今この時代、神力を操れる者は少ないと聞いているが、私は操ることができる。今、私の視界にいる彼もそうなのだろう。だが、これにはまだ弱点がある。昔は必要されておらず、今もまだ、進化の途中、というのか、その弱点が残されている。それは・・・。
「うぐっ・・・」
腹にミシャクジの拳がめり込んだ。
「・・・貴様ァ!」
「残念だったな。貴方、自分の弱点知らなかったろ?」
「弱、点?そんなもの、無いはう、ぉがぁアアアアア!!!」
ぱぁーん!
__昔、ある神に言われた。
どんなモノにも欠点がある。どんなに素晴らしいモノでも、どんなに無敵なモノでも、どんなに壊れることのないモノでも、どんなに消えることがないモノでも・・・。
その神は哀しそうに言った。
どんなモノでも、きっかけでも、とても小さなでも、たったひとつでもあれば、失う・・・。
そう。たったひとつのことで。
「貴様ァ、何をしたァ!」
「何だ、わからないのか」
アクレラータだったか何だったか忘れたが、血流を逆流させる事ができる能力を天輝美に聞いたことがあった。私はそのようにはできないが、相手の神力の流れを視ることは容易い。それの流れを換えることも一応できる。
例えば、一点にぶつけ合わせることとか。
「まさ、か、血管を潰・・・」
最近の神は血に神力が混ざっているらしい。しかも、神ではあるのだが、人間のように大量出血やら首を落とされると瀕死になる。
痛みは感じるから、ショックで意識を自ら落とす者もいるがな。
・・・ここ50年で何があったのか。
まぁ、信仰されていれば消えることはないが。
地に落ちた神を境内の外に投げた。
「ここは私の神社だ。さっさと失せろ。お前は負けたのだ。私に、ミシャクジに完敗したのだ。だから、さっさと失せろ。そして自分のいるべき場所へ帰れ。ここは私が守るべき処なのだ。お前には守ることはできない。私の処は私が守るから。お前は、お前を待つ者が居るところへ」
いつの間にか立っていた神は言う。
「・・・我の社は壊された。すでに、我の帰るべき処はない。失ったのだ。我はしばらくすれば、此処から消え失せる。だから、我の存在すべき処を創ろうとした。だから、此処に挑んだ」
「他の、弱体した神から貰えばよいものを」
「それでは、意味がないのだ」
「どうして」
「貴様ならば!・・・貴様ほどの力を持つものならば、消えることはないと思ったからだ」
「いや、私も消えるぞ?」
「そうなのか」
「あぁ」
焦っているな。そろそろ、傷がなくなってきていることに気づけ。
「やはり我は、もう消えるしかないのか・・・」
鈍感なのか?お前は結構信仰されているぞ?
「お前・・・。最近雨が降らないところがあると聞いた」
「なっ・・・、知っておるのか」
「いや、噂だ」
やはり、雨神か。
ここは”倭”という陸地。天輝美は日本と言っていたが、倭には八百万の神が存在するそうだ。私が知っている神でも百程度だが。
雨神には私の蛙がお世話になっている。主に雨で。
雨神は、水蒸気を集め雨雲を作り出し、そこから雨を降らすことができる。物質を動かすことに神力を使うのだが、信仰、巫女に舞を踊ってもらわなければならない。つまり、儀式が必要なのだ。しかし、自身の半径1メートル程度は少しの神力を操ることができる。
「・・・少し、話を聞いてくれ」
「あぁ」
この世界の神は、傷を負うが、無へ戻り、死ぬことは無くとも、消滅し、無へ還る。
「我は人の手によって消えかけた。だが、我を信じる者が小さな祠をくれた。おかげで、貴様と闘えた」
「・・・」
「・・・すまない」
「喋るな。お前の信仰は続いている。元いた場所へ帰れ」
__最近、ある噂を耳にした。
「この間まではからっきし雨が降らねぇって噂の東の国のな?今では定期的に雨が降ってるらしいべ。やっぱ、あそこには恵みの神様がいたんだろうなぁ。えぇなぁ」
「んだなぁ、こちとらまぁばっらばらよ」
「ま、雨が降るだけ良いけどな!」
「んだな!」
わっはっはっはっはっは…!