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第三話 彼女はドラゴンであり少女である

 それは、見れば見るほどに不思議な生き物――少女――だった。

神話に出てくるケンタウロスに似た形をしているが、馬にあたる部分が爬虫類になっていると言えるだろうか。

 いや、鱗に覆われた下半身は、頑強な四肢と鋭い爪に長い尾、折りたたまれた大きな翼を持つ夢に出てきた怪物そのものだった。


 「ドラゴン……?」

 「そうだ。我は『燃ゆる崖のドラゴン』。我が光よ……かような魔物如き、すぐに我が剣の錆にしてくれるわ」


 豊の声に振り返ったその姿は、見慣れない素材でできた服をまとい、その上から西洋の鎧のような胸当てと肩当て、手甲を身につけている。

 そしてその顔は、薄暗がりでもはっきりと分かるほど整っていた。

 「はっ!」

 少女の声で鋭く叫ぶと、ドラゴンは勢いよく大剣の刃を歪な鳥に振り下ろした。

 ドラゴンの体には相応だが、少女の体には大き過ぎるほどの剣を易々と使いこなしている。

 だが、鳥の体を刃が切り裂く音は聞こえなかった。いや、剣は確かに鳥の胸元に食い込み切り裂いているものの、血の一滴もこぼれ出ていないのだ。

 鳥は覆い被さるドラゴンの巨躯を信じられない力で払いのけると、歪んだ翼を大きく広げて後ろに跳びさすった。翼の起こす強風が砂埃を巻き上げる。

 「舐めるなっ!」

 ドラゴンは四肢で力強く地面を蹴ると、大剣を鳥の喉元めがけて鋭く突き上げる。

 大剣は確かに狙いを外さなかった。

 しかし剣が深く突き刺さった喉元は、奇妙なゴムのように沈みこんでいる。

 鳥は嘲笑うような鳴き声を上げると、長い首を不気味に動かし、鋼のような嘴でドラゴンの体を突く。

「くそっ……」

 ドラゴンは何度も何度も鳥の体に剣を振り下ろし、前脚の鉤爪で相手を切り裂こうとする。

 しかし鳥は一向に弱る様子も見せず、ドラゴンの鱗を、少女の体に纏う鎧を嫌悪感をもよおすような嘴で幾度も傷つける。


 ドラゴンの動きは焦燥に鈍り、息づかいが荒くなっていくのが後ろでただ見守る豊にも伝わってくる。

 倒すべき相手に、力の限り振るう刃の通じない恐怖。

 それでも足掻き、何度も、何度でも立ち向かっていく強靭な心。

 それが己に課せられた使命。

 突然、昨夜の夢の続きのように彼女の思いと感覚が豊に流れ込んできた。

 (何だよ、これ……!)

 どこからか強い光が輝き始め、眩しさに豊は目を細めた。



 気がつくと豊は翼を広げ、中空に舞い上がっていた。

 眼下には小さな四角い地面があり、黒い鳥が脅えるような眼差しでこちらを見上げている。

 長く太い首を巡らして、自分の姿を見ると、硬く厚い鱗に覆われた太い手足と、よくしなる長い尾が見えた。

 「ギャオオオオオオオオオオオオオン!」

 耳元まで裂けるような口を開いて、咆哮する。

 大気がビリビリと震動するのが分かるほどだった。

 長い咆哮を終えると、歪んだ鳥めがけて滑空し、逃げようとする相手の体を四肢でがっしりと押さえつけた。

 鉤爪は鳥の体に深く食い込み、身動きは封じられた。

 尖った牙が整然と並ぶ口を開き、再び咆哮した。

 咆哮は音ではなく、眩しい光と熱の奔流――炎の柱となって、鳥の体を焼き尽くした。



 「……な、何だったんだ……?」

 目を開けると、豊は仰向けになって公園の地面に転がっていた。

 辺りはすっかり暗くなっているが、桜の木にひっかかったシーツの白さが目についた。

 混乱したままふらふらと立ち上がろうとする豊の手を、滑らかな肌をした手が掴み、強い力で助け起こした。

 「奴は貴方のおかげで塵と化して消えた。これがアイオーンの力なのだな、我が光よ」

 見上げると、埃にまみれた長髪の少女の美しい笑顔があり、その少女の腰から下は……鱗に覆われた猛獣の体だった。

 豊は意識が遠退くのを感じ、へなへなと座り込んだ。

 「ぬ、どこか悪いのか?」

 少女のよくしなる長い尻尾が心配そうに左右に揺れた。



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