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第二話 柾木豊は歪な鳥に襲われる

 柾木豊は顔をしかめた。

 いつも通りに登校し、夢に出てきた怪物のことなどすっかり忘れてしまったのは、統一模試の結果が返されたためだ。

 結果は志望校を狙える点数だったが、常に不得意な英語の点数が極端に低いことにショックを受けていた。

 中学では豊はいつもトップだったが、県内各地から生徒の集まる県立葦原高校では、豊の成績は中の中、英語は最下位から数えたほうが早かった。


 放課後、学校の図書室を覗いてみる。

 長机では沢山の生徒達が一心不乱に自習をしている。

 古い学校の広い図書室には、豊の興味を引く小説が数多く収められているのだが、勉強する生徒達の中ではコトリとも音を立てるのがためらわれた。

 また、受験の役に立ちそうもない小説などを借りるのが気恥ずかしくもあり、結局数分も経たずに帰ることにする。

 「まさきー、一緒に帰ろうぜ」

 少し気の抜けた明るい声で豊を呼んだのは、友人の吉峰だった。

 吉峰は自宅が近いこともあるが、よく豊とつるんでいるクラスメイトだ。

 さっぱりとした性格で誰にも気を遣わせない雰囲気の顔の広い男だが、どこのグループにも所属しきれていない豊と何故か話が合うのだった。

 大した趣味も持たない豊にとって、友人とくだらない話で盛り上がる時間は心から安らげる数少ない一時だった。


 吉峰と別れ、アパートの駐輪場に自転車を止めてから、自室へと向かう。

 鍵を開ける音がガチャリと大きく響く。

 「……ただいま」

 応える者はいない。

 高校入学と共に、豊は郷里を離れ独り暮らしをするようになった。

 同じ県内とはいえ毎日の通学には厳しい程離れた田舎が恋しくなるかと言われれば、そうでもない。

 むしろ自分の家事全般を自分の手で行えるのが嬉しくもあった。

 だがそれも煩わしい時が全くないと言えば嘘になる。

 洗濯物を取り込もうとベランダに出ると、朝干したはずのシーツがなくなっていた。

 辺りを見渡しても、近くに落ちた形跡はない。

 よく目を凝らすと、自室から徒歩で数分の小さな公園の桜の木に、白いものが見える。

 あんなところまで飛んで行ったのかと嘆息し、豊はコートを羽織ると、外へ出た。


 子供達が帰っていった小さな公園はしんと静まり返っている。

 日も落ちて辺りは薄暗くなり、冬の乾いた風が身に染みる。

 シーツは高い桜の木のかなり上の方の枝に絡まってしまっているようだ。

 仕方なく木に手をかけて、登って行こうとしたその時だった。


 「シャ――――――――――ッ!!」

 強烈に不快な音が耳朶を叩いた。

 頭痛がするほど強烈な音の主を探し振り返ると、公園の中央に人間の二倍はあろうかという黒い鳥が座っている。

 粗雑に作られた剥製のように、不自然に曲がった体。

 海藻のように絡みあった黒い羽毛に身を包み、巨躯を支える脚も漆黒をしている。大人の手ほどもある曲がった鉤爪は地面にくい込んでいた。

 鳥は長い首を蛇のようにもたげると、赤く光る瞳で豊を見た。

 鳥類の満月のように丸い目は余り表情を感じさせないものだが、この巨鳥の目は生気にすら欠け、歪んだ鏡のようなその光は背筋の凍るようだった。

 そもそも、この生き物が鳥類なのかどうかも定かではない。


 とにかく逃げなければと思うものの、鳥の異様な双眸から目が離せず、体が思うように動かない。

 ドスッ、ドスッと鈍い足音を立てて鳥が近づいてくる。

 豊はかろうじてじりじりと後退し、近くの小石を手に取った。

 幾ばくも経たず、鳥は長い首を勢いよく突き出して豊に襲いかかってきた。

 豊はできる限りの速さで攻撃を避けると、公園のブランコの裏手に回り、ブランコの鎖を掴むと無茶苦茶に振り回した。

 鳥は少し戸惑った様子を見せたが、逃げる豊めがけて鋭い嘴を何度も振りかざしてくる。

 目標を捉えきれなかった嘴が遊具に当たるキィン!という嫌な音が響き渡る。

 (助けを……助けを呼ばなきゃ!)

 住宅地の中の公園でこれだけの騒音を出しているというのに、気味の悪いほど人の出てくる様子がない。

 遊具の間を掻い潜るようにして走るものの、長い首と脚を有する相手から逃げ切れるとは思えなかった。

 箱形ブランコの後ろに隠れるように逃げ込んだ瞬間、後ろに高い壁がそびえ立っていることに気づいた。知らない間に追い詰められていたらしい。

 「誰かっ……!」

 絞り出すような声で叫ぶのと、歪な鳥が轟音を立てて箱形ブランコを蹴倒したのはほぼ同時だった。

 温度のない鳥の双眸が豊を捉える。

 「こ……こいつっ!」

 手にした小石を鳥の顔に投げつける。だが、鳥は少し首を傾げただけで、砂粒が当たったほどの傷みも感じていないようだ。

 「誰か……助け……っ」

 その刹那、巨大な赤い影が歪な鳥の体に襲いかかり、巨躯を地面に押し倒した。

 押し倒されたまま長い首から繰り出す攻撃を、巨大な金属が――ひと振りの剣が――鋭い音を立てて受け止める。

 豊の目に映ったのは、赤い鱗に覆われた長い尾。

 同じく赤い鱗をした虎のように太い四肢。

 そして、筋肉の盛り上がったその体の、頭部のあるべき位置からは……細い、人間の少女の腰があり、背中は長い赤い髪に被われていた。

 異形の救い主は、茫然とする豊に鋭い声を放った。


 「下がっていろ……我がアイオーンよ」


 凛とした少女の声だった。


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