第十七話 少年と少女のスクールライフ
春休みが明け、豊は高校二年生となった。
数週間しか経ってはいないが、随分と久しぶりに登校した気がする。
新鮮な気分で二年生の教室のある三階へ上ると、廊下に張り出された新しいクラスの名簿に生徒達が群がっていた。
「まさきー、同じクラスになったぜ!」
生徒達の中から、友人の吉峰が手を振っているのが見える。
「ほれ、五組んとこ」
どれどれと生徒達の頭の間から覗き見ると、確かに柾木豊と吉峰隆一の名前が記されている。
「あ、ほんとだ……え……?へぇっ!?」
そのまま女子生徒の名簿に目を移した豊は、思わず情けない驚愕の声を漏らした。
「何だよ?」
吉峰の声も耳に入らず、豊はただ呆然と震えていた。
新しいクラスの教壇に、教師と並んで赤い長髪の少女が立っている。
真新しい制服は皺一つなく、非の打ち所のない程少女の体に馴染んでいた。
「今学期から本校に転入して来たケイア・ダナーシュカさんです。日本の生活にはまだ不慣れなそうですので、皆さんで支えてあげてください」
「どうぞよろしくお願い致します」
担任の女教師の紹介を受けると、ドラゴンの少女はよく通る声で言った。
ケイアは平然と教室の中央からやや後ろの自分の机に向かって行った。
教室の窓側の後方の豊の席からは、ケイアの席が斜め後ろから見えることになる。
豊は契約の証である腕時計に触れると、ケイアの心に話しかける。
『ちょっと!こんなの聞いてないよ』
『ふふふなかなかのものだったろう、あの自己紹介は。練習したのだぞ』
『それはいいから!』
着席したケイアの姿を凝視する豊に、ケイアはちらりと一瞥を向けただけだった。
そういえば、今朝のケイアは妙にそわそわしているような様子だったと豊は思い出す。
いつの間に手に入れたのか鞄なども完璧に揃っているようで、「武士語」も封印している徹底振りである。
「どういう事なのか説明してくれよ」
昼休み、クラスメイトに囲まれていたケイアに何度も視線を送って引き剥がすと、豊は人気の少ない渡り廊下で問い詰めた。
「ちょっと驚かせようと思ってな。でも悪くないだろう?」
「そうじゃなくて、どうやって生徒になったのさ!」
「ドラゴンさんからのたっての頼みだったからねぇ」
「え?」
いつの間にか、背後にウラヌスが立っている。
「ウラヌスさんまで何で来てるんですか!」
「あ、僕の事なら今は『浦須先生』でいいよ」
慌てる豊に平然と言ってのける。
確かに、ウラヌスも落ち着いたスーツ姿で教師然としていた。
「……まさか管理者の力でどうにかしたんですか」
「僕の仕事の大半は手回しする事だよ」
「必要な物も色々と揃えてもらったのだ」
何故か得意そうな二人に豊は質問をぶつける。
「で、でもいきなり日本で授業受けるなんて!」
「ドラゴンさんは故郷でも読み書き勘定を習っているからね。君との力の共有で字も読めるし問題ない」
「この地の学校については色々と学んだからな。怪しまれる事はないと思うぞ」
和やかに笑うドラゴンと一角獣を、豊は受け入れる他なかった。
「分かりました……」
教室に戻ると、不意に肩を捕まれた。振り返ると吉峰が何時になく真剣な表情をしている。
「柾木、抜け駆けする時は俺に言えって約束しただろ」
「な、何だよ」
「ケイアちゃんの事だよ」
「あー、えーと、実は親戚の親戚で知り合いなんだ」
「怪しい……お前に限ってそんな事はないだろうと思ってたが怪しい」
「うるさいわ!」
そうこうする内に昼休みも終わり、ケイアの方を見るとすっかりクラスに馴染んでいた。
仲良くなったらしい女生徒と会話を交わして席に戻るその姿は、実に楽しそうだった。
(問題ないって言ってもなぁ……)
豊はケイアに気をとられて全く授業に集中出来ない。
英語の教科書を開いているようだが、ちゃんとノートをとっているか、授業についてきているかと心配になる。
授業参観の時の親の心境とはこんなものだろうかなどと思う。
「次の文、ダナーシュカさん、訳せますか?」
教師がさりげなくケイアを指す。
(来ちゃったよ……!)
教師の方でも外国からの転校生のケイアが答えられるか探っているようだった。豊は何かとんでもないことでも口走るのではないか戦々恐々としてケイアを見つめる。
だが、ケイアの口からは淀みなく正しい答えが返ってきた。
(あれ……?)
力の共有のおかげか、ケイアは普通に授業を受けられるようである。
勝手に心配してしまったと豊が反省し安堵した時、豊の隣の窓ガラスがガタガタと揺れた。
(ん?)
バシン!と大きな衝撃音と共に黒い何かが窓ガラスに勢いよくぶつかった。
豊達の教室は三階にある。
「何だよあれ!?」
「カラス!?」
騒然とする教室の中で、豊は窓に体当たりしてきたモノの姿をはっきりと捉えることが出来た。
宙を飛んでいるが鳥よりも遥かに大きく、翼の生えたヒトのような形をしたケモノだった。
怪物の小さな光る目と目が合った瞬間、豊は思わず叫んでいた。
「伏せて!」
ガシャアアン!と音を立てて窓ガラスを突き破って怪物は教室に侵入した。
女子生徒が悲鳴を上げる。
困惑し怯えながら怪物を見つめる生徒達の中で、ケイアは落ち着き払っているように見えた。
しかしその目はドラゴンのそれに変貌している。
今にも机を跳び越えて怪物に組みかかろうとしているのが分かった。
(駄目だ!)
豊は怪物に向かうと、挑発するように手招きをした。
そして、無理矢理に笑って見せると、教室を突っ切って廊下に飛び出し、全速力で駆け出した。
何処へ向かうのかは自分でも分からなかった。