第十一話 少女と少年はそれぞれの過去を生きてきた
豊とケイアは両手一杯に紙袋を抱えて帰宅した。
気を利かせた秋乃はケイアの衣類だけでなく細々とした日用品もリーズナブルな値段で買い揃えてくれたらしい。
ただ、帰路で我が光に荷物持ちをさせる訳にはいかないと主張するケイアを説得するのに豊は難儀した。
実の所は巨大なドラゴンとは言え、傍目には豊より小柄な少女に見える事を少しは理解して欲しいものだと思う。
しかし秋乃とケイアは意気投合したらしく、近いうちに三人でまた会おうと約束出来たのは嬉しかった。
「なかなか楽しいものだな、買い物というのも」
「秋乃とも気が合ったみたいだし、良かったよ」
それにしても、と豊は続けた。
「女の子って買い物好きだよね。秋乃と会えなかったら、大変だったかも」
予想に反して、ケイアはぽかんと不思議そうな顔をした。豊は変なことでも言ったかと思っていると、ケイアはしみじみとこう言った。
「ヒトの女の子は、買い物が好きなのだな」
「人によるかも知れないけど、そういう印象があるなぁ」
そうか……とケイアは目を逸らして、訥々と話し出した。
「我はその、普通のヒトの女の子と一緒に過ごしたことが少ないのだ。
今まで暮らしていた所では、今のようにヒトの姿に変わっていても周りのヒトには分かってしまうのだ。目つきや体つき、立ち居振る舞いから、ドラゴンだと。
我らの狩猟場はヒトの集落から離れた野や森だ。主に森の獣を仕留めて糧とする。
だが、稀に狩猟場の持てなかった者や若い者がヒトの集落を襲うことがある。
我らの暮らす土地には、そうした不届き者に抗える力を持ったヒトや獣がいる。
だがほとんどの者達にとってはその……嫌われ者なのだ」
豊は何も言えなかったが、ケイアは少し恥ずかしそうに笑ってこう続けた。
「我の両親は変わり者でな、嫌われようが恐れられようがヒトと交わるのを好んだ。
我が独り立ちして狩猟場を探すようになるまでは色々とヒトのことを教えてくれた。
だから、我もかように大勢のヒトの中に混じれて、嬉しかったのだ。
我にも父と母の血が受け継がれているのだな」
「そう言えば、ユタカは独りで暮らしておるな。もう成人したのか?」
雰囲気を打ち消すように、ケイアは明るい口調で豊に尋ねた。
「ううん、二十まではまだ二年とちょっとかかる」
「父上や母上は、どうしているのだ?」
「……父さんも母さんも、もう死んだんだ」
正確には、豊の両親は行方不明になった。
四年前の夏、海辺の温泉地への二人旅の途中だった。
豊はサッカー部の合宿と日程が被り、歳の離れた姉の慧は離れた大学に通っていたため同行しなかった。
旅行から帰るはずの日に両親は行方不明となり、警察が周囲を大規模に捜索したところ、海岸沿いに二人の持ち物の一部が見つかり、二人の失踪は事故と判明した。
まだ小学生だった豊には、両親の死の実感は湧かなかった。
悲しさや寂しさを感じるよりも悲しみに暮れる姉を支えることで精一杯だった。
四年が過ぎた今でも、両親が生きていて故郷の家で暮らしているような錯覚すら覚える。
ただ、両親の死を経て、豊は変わった。
自分への気遣いが却って心苦しく、友人達との距離は少しずつ離れていった。
そしてそれまではサッカー場を走り回ることや自由に絵を描くことに夢中だった少年の豊は、一心不乱に勉強をするようになった。
それが両親のいなくなった世界から逃れる唯一の手段だと思ったからだ。
ケイアは暫く黙っていたが、豊に向かって言った。
「ユタカは強いな。いつか天の洞に還る時は、胸を張って行けるだろう」
「別に、強くなんかないよ」
「だってまだ幼いというのに、ちっとも悲しみを見せないでいるではないか」
「いや幼くはないよ!?もう十七歳だし」
急にケイアは豊を引き寄せて肩を抱いた。
「そうか!我と大体同じ歳だな!」
あたふたする豊のそばで、ドラゴンの少女はふはは、と笑った。
「それじゃ、おやすみなさい」
夜も更け豊がベッドに入ろうとしたその時だった。
布団に入ったケイアがまたもやそっと掛け布団をもたげ、一人分のスペースをあけてこちらを見ている。
「いやいやいや今日は俺こっちで寝るよ!シーツも洗ったし!布団も干したし!ケイアがベッドで寝ても良いけど別々にしようね!?」
「だめか……?」
おねだりをする仔犬の眼と獲物を狙う爬虫類のオーラをその身に同居させる少女というのも珍しいのではないのだろうか。
「あーもう!良いよ!分かったよ!」
豊は少し顔を赤らむのを感じながらケイアの隣に潜り込んだ。
ありがたいことに、ケイアは直ぐに静かに眠ってしまった。
ただ、豊にはその横顔の口元が心なしか微笑んでいるように見えた。
(あ、俺初めて「ケイア」って呼んだかも……)
そんなことを思いながらいつしか豊も眠りに落ちていった。
それから数日は、穏やかな日々が続いた。
豊が学校に行っている間、ケイアは戦士らしく外を走りこむなどして体を鍛えているらしい。
豊は大剣の素振りだけは取り合えず止める様に説得したが、人目の少ない場所で剣術の稽古は続けているらしい。
学校から帰ると、家事や炊事を共にする。
ケイアは偏食はないようだったが、栄養のバランスについては口煩いようで時々言い争いになったが、概ね和やかな雰囲気に包まれていた。
そして豊はとうとう毎日一緒の布団で寝ると譲らないケイアに折れた。
少女の隣で眠るのは心臓に悪いことに変わりはなかったが、ケイアは陽に当たる爬虫類のような静かさで眠るため、狭苦しさは微塵も感じなかった。
そして契約の証の光る左手首の辺りから、優しい温もりを感じるのだった。
独りではないとこんなに心強いと感じたのは、初めてだった。
だが、そんな平穏な日々もそれほど長くは続かなかった。