第一話 柾木豊の見た夢
柾木豊は普通の高校生だ。
強いて特徴を挙げるならば、それなりの大学に合格するために日夜勉強に励む勤勉な優等生であることくらいだろうか。
どこにでも、いくらでもいる、そんな少年の一人だった。
乾いた大地の上に、緑の木々がまばらに生えている。
豊はそれを切り立った崖から見下ろしていた。
まだ夜の色を残す空にひとすじの光が射し、地平線が鮮やかな朝焼けに染まっていく。
荒野は見渡す限りどこまでも続いていた。
バサリと音を立てて豊の背中に畳まれていた翼が広がった。厚い皮膜の張った、蝙蝠のような翼だ。
見ると、豊の体は朝焼けと同じ深紅の鱗に覆われていた。鋼のような筋肉に包まれた四肢には力がみなぎり、後脚の後ろからは長い尾が延びている。
四本の脚で地を蹴って走り、豊は崖の上から飛び立った。
巨大な翼を動かし、しなる尾でバランスをとって、風に乗る。
大空を滑るカモメのような飛び方だ。
眼下の木々や岩が、走るように遠退いていく。
空気は乾いているが、風は草木や土の匂いを運び、甘く鼻腔をくすぐる。
暫しの間、豊は一人きりの飛行を悠々と楽しんだ。
唐突に不快な臭いが鼻を刺した。
臭いの方を探ると、奇妙に歪んだ大きな鳥が翼を動かしている。
鳥の長い首は太くねじ曲がり、嘴には魚のような尖った歯が並ぶ。真っ黒な羽毛は油をはいたように光り、時折奇妙な色彩を放った。
鳥は嘴を開くと、先分かれした細い舌をひらめかせ、甲高い声で鳴いて襲いかかってきた。
咆哮し、奇妙な鳥に飛びかかり、その喉元に強い顎で思い切り噛みつく。
だが鳥は痛がる素振りすら見せなかった。長い首を動かして執拗にこちらの体を突き、噛みつき、執拗に攻撃してくる。
焦る気持ちを抑えながら、力の限り相手の歪な身体に組みつき、深く沈めるように牙を立てた……
豊が目を覚ますと、なんということはない、いつも通りの朝だった。
目覚まし時計の鳴る丁度十五分前に起床するのは、体に染みついた習慣である。
それにしても、変な夢を見たものだ。
夢の中では、お伽噺に出てくるようなドラゴンにでもなっていたのだろうか。
見たことのない風景は、恐らくテレビで見た遠い外国の映像が影響しているのだろう。
そう思ってから、豊はいつものように通学のための身仕度を始めたのだった。