キグルイ
私には妹がいる。二つ歳の離れた、少なくとも私より可愛い高校生の妹が。成績は学内トップ、運動も全てのスポーツにおいて全学年で三位以内である。だが一つだけ問題がある。それも、成績も運動も頭から消し飛ぶ位の酷いものが。
「一、五、二、一、二……」
私の背後で不意に数を唱え始めるのは先の通りに可愛く、声も何処と無く幼い妹だ。
「一、三、六の点々、四、一……ウフフフフ」
彼女は、気狂いである。病気では無い。こういう個性の人間なのである。普段の行動は常軌を逸し、初見の人間が戦慄を覚える事は甚だ容易である。時には自分の部屋をシャープペンシルだけで黒に塗り潰し、時には家の前に奇怪な絵を描いたダンボールを立てたりする。そういう事をする時の彼女の大きく丸々とした目をぎょろりとさせる仕草には、人間離れした胡乱さを強かに感ぜられる。
「ネエチャ」
妹に呼ばれて後ろを振り向くと、限界にまで開いた目と攻撃的にも見える微笑を湛えた口元が私を迎えた。然し彼女は私によくこの表情を向ける為、別段驚く事も無い。
「何?」
取り敢えず、といった感じで私は応える。彼女はそれが嬉しいのか、将又滑稽に見えるのか、けらけらと笑って「一、五、二、一、二。一、三、六の点々、四、一……」と機械的に訴えていた。
傍から見れば気味の悪い少女でも、自分からすれば大切な妹なのだ。奇妙とか、不快とか、そんな気持ちを抱いた事は一度も無い。寧ろ「この子らしいな」と愛おしさが心を満たすのだ。彼女を完全に理解する事は不可能だけれど、伝えたい事は朧に分かる気がする。
「……遊びたいのかな。一緒にお絵描きでもしよっか」
「ウフフ、ヰ(い)イウ! ヰイウ!」
嬉しいのだろうか。ぴょんぴょんと小刻みに飛び跳ねる。
彼女は絵を描く。その手から生み出される絵はやはり独特のタッチで、見慣れない人間から見れば不気味に見え得るものだったが、私にはその絵が楽しく踊っている私の様に見えた。