<霊界人の実情>
今日もまったりと二人でコーヒーを飲みながら雑談をしていると、今回はリピウスが日頃から思っていたことを口にした。
「なあ、この間中華街に行った時だけどさ。デュークもヨルダ爺も、一切買い物はしなかったよな」
「まあ、そうだな」
「以前デュークは、霊界では結構な日本ブームで、みんな日本関連の物には興味津々だって言っていただろ? なのに、せっかくの有名な観光地に来て何も買わないっていうのは、何か理由があるのかなって思っていたんだよね」
「あ~、その事か……。これも禁則事項なんだけどな。まあ、いいか」
そう言って、デュークは真相を話し始めた。
確かに今の霊界は娯楽が少なく、人間界の情報やアイドル、アニメ等に夢中になっている霊界人も多いらしい。
だが、本来霊界人は人間界に行くこと自体が厳しく制限されており、安易に人間界で買い物をすることも禁止されているのだという。
「人間界の作者さんたちには申し訳ないけど、霊界で出回っている商品は、全部公的な機関を通した『海賊版』なんだよ」
「じゃあ、勝手に買い物なんてできないってことか?」
「ああ。以前、死神仲間の中に人間界で買い物をして持ち込もうとした奴がいたらしいんだけどな。そいつは幽界に戻るゲートをくぐった途端、職場ではなく【治療院】っていう隔離施設に送られたんだ」
「治療院?」
「ああ。要は、魂の穢れが酷くなった者が送られる更生施設みたいなものだな」
デュークの話では、人間界の物品を無断で持ち込むと「魂が穢れた」と判定され、ゲートを通る際に自動的に判別・隔離される仕組みなのだという。
「持ち込まなければいいのか? 例えば、俺が預かっておくとか」
「その辺は微妙だな。多分『買う』という行為の時点でアウトっぽい気がするんだよな」
「じゃあ、俺が買って与える分にはいいのか?」
「それも本来はグレーだと思う。でも、なぜかリピウス絡みでは、おいらもヨルダ爺も影響を受けていないんだ。これも正直、おいらには不思議なんだけどよ」
「そういえば、富裕層は人間界でグルメ旅行をしているって言っていたよな。それはセーフなのか?」
「それはな、事前に天界の環境庁にある『人間界観光局』に許可を得ているからだぞ。あとは特殊なハンターを雇って、裏ルートで買い物をさせたりもしているそうだ」
霊界には【グルメハンター】と呼ばれる、食材や料理を研究している専門職がおり、彼らは特権的に人間界での食事や、正規の手続きを経た食材の持ち帰りが認められているらしい。
他にもファッションやコスメ等、特定の分野に特化したハンターもおり、彼らもまた特権で霊界への持ち込みを認められているそうだ。
富裕層に関しては、事前に食事に関しての申請をして、許可を受けて人間界に来ているので、食事をする事は許されているそうだ。
中にはお抱えグルメハンターを同行させて、大幅に融通を効かせている者も居るらしい。
「じゃあ、死神みたいに頻繁に人間界に来る者も、申請しておけば買い食いぐらい可能なのか?」
「無理だな。リピウスは、おいらたちの収入に関してたぶん誤解しているぞ」
デュークの話では、霊界人は本来、食事を必要としない。四季も昼夜もなく、常に一定の環境に保たれているため、極論すれば住む家すら必要ない。
「だけど、やっぱり休むためには家が必要なんだ。だから職を持っている者は、最低限、雇い主から住む場所を提供される。いわゆる社宅だな」
仕事に必要な道具や義体も雇い主側が用意するため、普段着や日用品さえ買えれば生活はできてしまう。だが、職を失うということは住む場所も失うということであり、無職のまま一定期間が過ぎれば「存在意義なし」とみなされ、強制的に「人間界への転生」か「女神の元への昇天」を選択させられる。
まさに『働かざる者、生きるべからず』の世界なのだ。
「そんな連中が最近増えていてな。彼らが集まる場所を【流人街】って呼ぶんだけど、そこに人が溢れ出しているって聞いているぜ」
「要は、職があるだけ幸せで、収入なんて雀の涙ってことか?」
「おいらたち下級公務員はそうだな。中華街の肉まん一つでも、おいらにとっては一週間分の収入に近い値段なんだからな」
「……嘘だろ! そんなものなのかよ」
「霊界と人間界では、根本的に物価が違うんだよ。おいらの一ヶ月分の給料を人間界のお金に両替しても、肉まん五個分くらいにしかならないんだぞ」
「そうだったのか……。知らなかったよ」
リピウスは絶句した。
「そうだぞ。だから、おいらはリピウスに出会ってメッチャ幸運だったって思っているくらいなんだからな」
「じゃあ、他の死神たちは、コーヒーやお菓子なんて……」
「人間界では普通は飲み食いできないさ。だからお前のことは、お前の為じゃなく、おいら自身の為にも決して仲間には話せないんだよ」
「デューク……お前、苦労していたんだな……」
そう言いながら、リピウスは涙ながらにデュークの手を固く握りしめた。




