<孤独を愛する引き籠り>
今日もデュークは、リピウスとまったりコーヒーを飲みながら雑談に興じていた。最近ではデュークにとっても、これが至福のひと時にさえ感じられてきていた。
会話が途切れて一瞬の沈黙が訪れた時、ふと、以前から気になっていたことをデュークは何気なく口にした。
「なあ、お前って本当に親しい友人とかいないのか?」
「親しい友人か? そうだな……今はいないかな」
「そうなんだ。いやな、前から少し気になってはいたんだけどよ。なんか聞いたら悪いかな? って思ってたんだよな」
「うん。普通はそうなるよな。でも別に構わないぞ。俺が好んでそうしているんだからな」
そう言うと、リピウスは友人たちと疎遠になった経緯などをデュークに話し出した。
リピウスは元々一人っ子で、子供の頃はいわゆる「鍵っ子」だった。両親が共働きをしていた関係で、家で一人で過ごすことも多かった。
もちろん子供の頃は学校から帰って友人たちと遊ぶことも多かったが、一人遊びをしている時間も長く、それが苦にならなかったという。
ただ、進学すれば新しい学校での交友が主になり、以前の付き合いは自然と疎遠になることが多かった。
親の都合による引っ越しも、幼稚園前、小学校三年、中学校三年と、多感な時期に重なった。環境の変化が激しかったことも、幼馴染的な関係が醸成されにくかった一因かもしれない。
だがそれ以上に、リピウスはもともと一人で家でぼーっと妄想している方が楽しかったのだ。学校以外で積極的に遊びに行くことも少なかった。
それは社会人になってからも変わらなかった。仕事関係で友人はできたが、職人気質の強かったリピウスは転職を繰り返した。引っ越しと同様に、概ね三~五年単位で職場が変わるため、友人関係もその都度リセットされることが多かった。
根本的にリピウスは、過去にあまり執着しないタイプなのだ。新しいことに取り組んでいる時が一番楽しく、そうなると以前の知人たちとは自然と疎遠になる。
基本的には「引きこもり体質」であり、家で一人でいることを最も好み、深い交友関係も望まなかった。
それでも、その時々には一緒に旅行に行ったり、趣味のスキューバダイビング仲間とは親しく付き合っていた。だが、会社をリタイアした直後に母親が認知症を発症し、一人で在宅介護を始めてからは、すべての付き合いが途絶えてしまったそうだ。
「一人で在宅介護って、メッチャ大変だったんじゃないのか?」
「まあ大変だったけど、介護サービスをフル活用していたし、既に仕事をしていなかったから時間だけはあったからね」
「ふ~ん。でも、友人に相談したり、たまには息抜きで遊びに行きたいって思わなかったのか?」
「俺は本質的には人間嫌いなんだよ。だから人に会うってだけでも、正直言うとストレスなんだよね。そんな時間があるなら、ぼーっと妄想でもしていた方が、よっぽどストレス解消になるんだよ」
リピウスはさらに自己分析を続けた。
「あと、見栄もあったかもしれないね。人に弱みを見せたくないっていう感覚。結婚できなかったのも、結局は自分本位で、束縛されることへの恐怖感があったからかもしれない」
友人関係においても、ある一定のラインを超えたくないという「自己防衛本能」は常に強く働いていたようである。
「まあ、こういう話をすると『寂しい人間だ』とか『可哀そうな人間だ』とか思われそうだけど、俺としては『もっとも自分らしい自由な存在だ』と思っているからね」
「……実は、おいらも似ているかもしれないな。前世は分からないけど、おいらもあまり人付き合いは得意じゃないし、周りに人がいると萎縮してしまうことも多かったからな。何となく、おいらも分かる気がするよ」
「うん。もしかしたらヨルダ爺も、似たところがあるかもしれないよな」
「それはおいらも思っていたな。なにせ全てを捨てて隠居人になっちまったし。おいらが学園を卒業してからヨルダ爺の庵に勝手に遊びに行っても、いつもお茶を用意して喜んでくれていたからな」
「あはは。今の俺と同じパターンだな、それ」
「ははは! 確かにそうだな。でもヨルダ爺、リピウスに会ってからメッチャ楽しそうにしているぞ。最近は忙しくて会いに来れないのを、すっごく残念がっていたからな」
今日は少ししんみりとした話になったが、それ以降は再びこの一年を振り返りながら、愉快な話題で盛り上がる二人であった。




