<二足歩行の難しさ>
一息つくと、リピウスはクローゼットから洋服一式を持ってきた。そしてデュークに声をかけた。
「よう、デューク。すまないが、義体を少しの間支えていてくれないか?」
リピウスの声に、デュークはすぐに立ち上がった。突っ伏したまま座っている義体の両脇に手を差し込み、「よっこらしょ」と掛け声とともに引き起こす。
「こんな感じでいいのかい?」
デュークは怪訝な表情を浮かべながら聞いた。
「よしよし。そのまま少し抱えていてくれよ」
言いながらリピウスは義体の前に立ち、Tシャツを広げてバサッと義体の頭から被せた。首穴から頭を出すと、一気に引き下ろして顔を出す。
「おいおい。もしかして服を着せるのか?」
「ああ。このまま不細工な裸姿じゃ、見るに堪えないだろう?」
リピウスは無表情で言うと、さらにTシャツの袖に右腕を通し、次いで左腕もくぐらせた。
「お前な……これって元々のお前の体形を再現してあるんだろ。見るに堪えないってことはないだろうが」
「いやいや。自分の分身だからこそ、見るに堪えないのだよ。俺ってこんなに不格好だったのかと思うと、自分で自分が嫌になってくるんだよな」
いかにも嫌そうな表情を浮かべつつ、Tシャツの上からトレーナーを同じように着せていった。
「よし、上はこれでいいな。じゃあ悪いけど、デュークはそのまま少し持ち上げてくれ。今からズボンを履かせていくからさ」
デュークはさらに義体を引き上げようとしたが、相当重かったのか「うっ!」と呻きながら力を込めていた。義体が十分に持ち上がったのを確認すると、
「下着はいいのか?」
と、上から義体の前を覗き込みながら聞いてきた。
「下着ね……まあ一応、履かせておくか」
ズボンをテーブルに置き、ボクサーパンツを手に取ってササッと履かせようとしたが、ここで足を膝から曲げて持ち上げようとしたリピウスは、自分の分身が思いのほか重いことを実感した。
「なあヨルダ爺。義体ってデブな格好だと、重さも重くなるのか?」
「ふぉっふぉっふぉ。そりゃそうじゃろうて。格好はデブでも、担いだら軽かったなんてことでは、リアルで精巧な義体とは言えんじゃろうが」
ヨルダ爺は本当に愉快そうである。
「まあ、義体にもよるんだけどな」
リピウスが下着を履かせるのに苦戦している様子を眺めながら、デュークも口を開いた。
「おいらたちが使う普及タイプってのは、体形によって重さが変わることもないんだ。けどな、高級品になればなるほど、そういう変な所まで拘るからな。体形によって自動計算されて、重量まで変化するように作られているんだよ。おいらには必要ない配慮だけどな」
リピウスは「ふぅ〜」と軽くため息をつきながら、ようやく下着を履かせ終えた。
ちなみに義体には生殖器は付いていない。特殊な趣向を持つ者向けの義体にはあるようだが、一般的な生活用義体は男女兼用で、付いていないのが普通である。リピウスは(再現されてなくて本当に良かった……)と、心からホッとしていた。
その後ズボンも履かせ終わり、ようやく下準備ができたので、リピウスはデュークに手伝ってもらい、三階の空き部屋へと義体を運んでいった。ヨルダ爺も楽しげに後ろをついてくる。
「ここなら、ちょっと荷物をどかせば空っぽになるから大丈夫だろう」
リピウスはデュークに指示を出し、部屋の隅に義体を足を投げ出した格好で座らせた。
「じゃあ、ちょっと待っててな。寝室で幽体離脱してくるから」
隣の寝室でベッドに横になり、幽体となって戻ってくる。
『じゃあ、また義体の中に入るからな。今度は少し動かしてみるけど、もし倒れ込みそうになったら手を貸してくれ』
「分かった、おいらが支えてやるよ」
『そんじゃあ、行くぞ!』
半透明な人魂状態になったリピウスが、再び義体の中へと入っていった。
義体の心臓部から淡い光が透けて見えた次の瞬間、義体は目を開けた。
眼球がしきりに動く。左右の動きが少し不自然だったが、やがて同期がとれたようで、瞳に力が宿った。
内部で調整しているのか、手足や頭がビクンビクンと痙攣するように動く。
やがて体全体に力が満ちると、ゆっくりと首を左右に振り、両手を前後左右に動かし始めた。
「おう! 動かせておるな」
ヨルダ爺が感動の声を上げる。
『デューク、悪いがちょいと手を貸してくれないか』
差し出された手をデュークが取り、上に引っ張る。
リピウスは足をモゾモゾと動かしながら、なんとか立ち上がろうとした。
ようやく立ち上がると、
『そんじゃあ、ちょっと歩いてみるぞ。危なそうだったら支えてくれ』
恐る恐るという感じで左足を前に出し、続いて右足を出そうとして……思わずよろけた。
「あ、危ない!」
デュークがすかさず手を伸ばし、義体を支える。
『デューク、ありがとう。今のはちょいとヤバかった。やっぱり二足歩行って、バランスが難しいものなんだな』
「うむ、そうじゃろうな。しかし最初にしては上出来じゃ」
ヨルダ爺も感心したようだ。
「上出来どころじゃ無いだろう。マジ凄いって」
デュークはまだ義体の手を取って軽く支えながらも、リピウスの適合性には驚きを隠せなかった。
それからも、デュークに肩を貸してもらいながら室内を歩き回ったり、ペットボトルを掴む練習をしたりした。
しかし、やはり歩行は難しく、動きはどうしてもカクン、カクンとぎこちない。気を抜くとすぐに膝がガクッと落ちてしまい、自立して動くにはまだ時間がかかりそうだった。
「ふむ……やはりリピウスでも、いきなり動かすのは無理なようじゃな」
ヨルダ爺は、デュークに支えられながら動く義体を見て、少しガッカリした表情を浮かべた。
「いやいや、初めてでここまで動けたら最高だぜ。霊界学園にだって、こんな奴いなかったぞ」
三十分ほど経った頃。
『あ〜ダメだ。これ、めっちゃ疲れるわ……』
置いてあった椅子に座り込むと、リピウスは義体を離れ、自室へと戻っていった。
肉体に戻ると、三人はリビングへと降りることにした。
取り残された五十代ほどの、リピウスの旧体形そのままの義体。それは、うつろな目をして空き部屋の隅の椅子に座り、虚空を見つめたまま動かない。
リピウスはチラッとその姿を見て、最後にポツリと漏らした。
「これ……夜中にトイレへ行く時に見たら、絶対にちびってしまいそうだな」
バタン、と空き部屋のドアを閉め、リピウスは二人を追って二階へと降りていった。




