<精巧・精密すぎる義体>
空間の裂け目からヨルダ爺が取り出したのは、一見すると滑らかな肌を持つ、裸のマネキンのような人形であった。
「そ、それって……『義体』ですか?」
リピウスは目の前に差し出されたものを凝視し、思わず問いかけた。
「そうじゃよ。わしが以前使っておった義体じゃ。型落ちはしておるが、今でも霊界では大人気の良品じゃぞ」
デュークがその人形に近づき、まじまじと細部を確認していたが、不意に驚いたような声を上げた。
「おっ! これ、プレミアム物の最高級品じゃないっすか!?」
「ほっほっほ。プレミアムかどうかは知らんが、最高級品であることに変わりはないのう。まあ、貰い物じゃがな」
ヨルダ爺はまたクッキーを口に放り込み、満足そうに目を細めた。
「……もしかして、俺にこれを使えってことか?」
リピウスはデュークの言葉を聞いて、さらに興味を惹かれたようだ。義体の手足に触れ、まるで作りの良い工芸品を愛でるような目つきに変わっていく。
「そうじゃ。外出する時などはこれを使えば、ご近所さんも変には思わんじゃろうよ」
ヨルダ爺のあまりに突拍子もない提案に、デュークは慌てて割り込んだ。
「ヨルダ爺! 義体なんて人間に使わせて大丈夫なのかよ!?」
「ん? 別にリピウスなら構わんじゃろう。こやつは自力で霊体離脱ができるのじゃからな」
「いや、そういう意味じゃなくて……こう、霊界のルール的にっていうかさ」
ヨルダ爺が答えるより早く、リピウスは義体を大事そうに両手で抱え込んだ。
「なあヨルダ爺、本当にこれを貸してくれるのか?」
「ふむ。どうせ今は使っておらんしな。予備なら他にもある」
「いやいや待てって! やっぱ霊界的にアウトだろうよ!」
「デューク、なんで俺が使うとアウトなんだ?」
「そりゃアウトだろ! 霊界製の義体だぞ。人間には存在自体が禁則事項なんだからな」
「ほっほっほ。デュークは最近、随分としっかりしてきたのう。以前は『いい加減』を絵に描いたようじゃったのに」
ヨルダ爺の言葉に、リピウスも大きく頷いた。
「確かにね。最初の頃と比べると、最近のデュークは真面目キャラだよな」
「いや、お前が言うなよ! ……お前を見ていると、おいらがしっかりしなきゃって思うだけだろうが!」
照れくさいのか、デュークは顔を赤らめて小声で毒突いた。
そんなやり取りをよそに、不意にリピウスが座ったままテーブルに突っ伏した。
次の瞬間、陽だまりの湯気のように、ふわ〜っと体から幽体が抜け出してきた。
「お、おい! お前、何のテストもなしにいきなりやるのかよ!」
驚いたデュークが椅子を蹴って立ち上がるが、リピウスの幽体は既に、吸い込まれるように義体の中へと消えていった。
その瞬間、ただの白い人形だった義体に「命」が宿った。
陶器のようだった肌に、じわじわと血色が通い、指先が微かにピクリと動く。
それは人形が人間に変わるというより、空っぽの器に熱い液体が注ぎ込まれていくような、神秘的で少し不気味な光景だった。
「どうじゃ、義体の中の居心地は?」
ヨルダ爺は相変わらずのん気にコーヒーを啜っている。
『……うん。これ、すっごく良くできているな!』
「そうじゃろ、そうじゃろ。これは霊界でも最も人体の構造に近い、精巧な作りとして評価されておったのじゃ。ただな、あまりにも細部まで拘りすぎて、価格がとんでもないことになってしまってのう。すぐに廃版になってしまったのじゃよ。まあ、誰も買えんじゃろうからな」
『わかるよ。内側から触れてみると、ただの入れ物じゃないのがよくわかる。筋肉の繊維一本一本、骨の継ぎ目まで作ってあるんだな。全身に霊力を通すための糸が、神経みたいに網の目のように張り巡らされている……』
「うむ。更には味覚や嗅覚、触覚まで最高レベルで再現しようとした結果、製造費が跳ね上がった上に、操作のポイントが増えすぎて扱いが難解になってしまったそうじゃ。わしも使いこなせずに放置しておったくらいじゃからな」
そう言うとヨルダ爺は愉快そうに笑い出した。
『ふ〜ん……。って、それ、道具としては本末転倒じゃないか?』
義体の内部を精査しながら、リピウスは少し呆れたような声を上げた。
「おいおい、なにおいらを無視して話を進めてんだよ! それにヨルダ爺、そんな博物館クラスのレア品をリピウスに貸し出して大丈夫なのかよ!」
「リピウスなら大丈夫じゃよ」
『おう、大丈夫だ。これなら人間の感覚に近いみたいだから、案外簡単に動かせるかもしれないぞ』
そう言いながら、義体のリピウスは既にテーブルに手をつき、ゆっくりと体を起こし始めていた。中で何やら「設定」を確認しているのか、ブツブツと独り言を言いながら、新しい「肉体」の感触を確かめ出している。




