<年金を貰えなくなったら・・・>
デュークは、とりあえずリピウスを落ち着かせるため、いつものようにテーブルに向かい合って座り、リピウスの訴えを聞いてあげていた。
リピウスも一気に事情を吐き出したことで、少し落ち着きを取り戻し、いつものように淹れたコーヒーを飲んで一息ついた。
「で、要は色々とやり過ぎて、細胞レベルで体全体まで若返ってしまったと?」
デュークは信じられないといった風に、コーヒーカップを持ったまま固まっている。リピウスは、思わず自分の手の甲をまじまじと見つめた。シミ一つない、弾力のある皮膚。以前の、枯れ木のように節くれだった指先はどこにもない。
「うん。そうみたいなんだよ。この一ヶ月で視力も戻ったし、たぶん身長も少し伸びていると思う」
「そこまでかよ」
「思いつくことは全てやってみた。あ、もちろん以前の反省から、無理のないようには気をつけていたんだよ?」
「それって、体に負担がない程度にってことだよな。オーバーヒートしないように、出力を絞ってたみたいな」
「そう。あの全身筋肉痛は辛かったからね。だから、あくまで『アイドリング状態』で、じわじわと細胞を掃除していただけなんだ。なのに……」
「でも活性化とか、色々な事はずっと続けていたと・・・」
「そう。まさか細胞レベルで若返るとは思っていなかったんだよ。自分では『メンテナンス』のつもりだったのに、気づいたら『新品のパーツ』に全部取り替わってたみたいなもんだよ」
「掃除どころか、新品になっちまったってことか」
「どうしよう……」
「どうしようって、若返ったんだから良いんじゃねえの?」
デュークは呆れたように、皿の上のクッキーを口に放り込んだ。肉体を持たない彼からすれば、若返りはただの『ラッキーなバグ』にしか見えないのだろう。だが、リピウスにはそうはいかなかった。
「ま、まあ、確かに眼鏡も不要になったし、肩も凝らなくなって、体重が減って筋力が上がっているから、体が軽いことこの上ないよ。今だったら十キロくらい、三十分程度で軽く走れそうな気がする」
そう言うと、リピウスの顔が明るくなり、楽しそうな笑みすら浮かべだした。
が、すぐに現実を思い出したのか、悲痛な表情に戻ってしまった。
「いや、でもこの外見で年金暮らしって、やっぱり絶対におかしいだろ!?」
「おかしいって言われてもな……。実年齢は変わらないんだから、別に良いんじゃねえかな」
「ダメだよ……絶対に買い物とか行ったら、別人に見られる。それに散髪屋なんて、もう絶対に顔を出せないよ。かかりつけの医者だって、変に思うに決まってる!」
リピウスは頭を抱えた。二十年近く通っているいつもの店で、『リピウスさん、最近お若くなりましたね』どころか、『お父さんの代わりにいらしたんですか?』なんて言われる光景を想像して、背筋が寒くなった。
「散髪屋なんて違う店に行けばいいし、霊力で健康維持できるんだから、医者に行く必要もねえだろうが」
「うん……確かにそうなんだけど……。でもダメだよ、ご近所さんの目があるんだ。絶対に怪しまれるよ!」
散髪屋、かかりつけ医、回覧板を持ってくる隣の奥さん。リピウスが築いてきた平穏な『老後』の生活が、この若々しい肌つやのせいで崩れ去ろうとしている。どんなに強力なバリアを張るよりも、世間体という壁を維持する方が、リピウスには難事業に思えた。
リピウスは髪をワシャワシャとかき乱しながら途方に暮れているようだった。
そして更に何かを思い出したように顔を上げると泣きそうな顔でデュークに迫った。
「それにさ、この外見だと年金が貰えなくなるんじゃないか? いや、それどころか『俺が老人に偽装して年金を騙し取っているとか、本当の受給者は殺されて、若い男がすり替わって受け取っている』などと疑われて、警察行きなんてことにもなりかねないよ!」
言いながら自分の妄想にドンドンと追い込まれていく。
リピウスの顔は恐怖に歪むようにさえ見えてきた。
「おいおいおい! どこまで妄想を暴走させれば気が済むんだよ。少しは落ち着け!」
デュークも流石に慌て、それまでの薄笑いも消えた。必死になってリピウスの暴走を抑えようとする。
「でもさ、俺は戸籍上は六十六歳なんだぜ。今の俺が俺であることすら、誰も証明できないんだ! あああ! 年金は止められ、自分の証明書さえ誰にも認められず、新たに働くこともできない……。もう八方塞がりだよ、四面楚歌だよ、この世の破滅だよ……!」
そう言いながらリピウスは部屋の中を髪を搔きむしりながら歩き回り、絶望の表情を浮かべながら本当にこの世の終わりを迎えたような顔で涙さえ流しながら嘆き出した。
もうこうなったらデュークもかける言葉を失い、暫くの間はリピウスに寄り添いながら、優しい言葉で励ましつつ、背中を撫でたり、頭を撫でたりと宥める事に精を出すしか無かった。
ようやく少し落ち着いてきたものの、根本的な解決策が見つかるはずもない。
結局、どうすべきかは来週、二人でヨルダ爺に相談してみよう、ということになった。




