<妙な感触が>
霊力制御の訓練を開始して一ヶ月。
予想以上に順調な進展に、リピウスはますます意欲的になっていた。
特に全身に霊気を循環させ始めてからは、妙に体調も良くなった感じがしていたのだ。
そして今日も、習慣になった霊気循環を行っていると、妙な感触を覚えた。
それは胃腸から食道にかけて、あるいは喉から肺にかけての気管支。腎臓らしき箇所や、手足腰の関節といった部位から感じるものだった。
(なんか変だな……なんだろう、これ?)
そう思いながらも、さらに神経を研ぎ澄まして霊気の流れを意識していく。
(やっぱり違和感があるな。何か問題でもあるのだろうか?)
自問自答しているうちに、ふと思い当たることがあった。
(待てよ、これって……普段から不調を感じている部位じゃないか?)
リピウスは以前から、軽い逆流性食道炎の症状を抱えていた。二十年以上も付き合ってきている持病だ。最近は時々ひどくなることもあり、その都度、胃腸薬を服用していた。
さらに、長年のタバコの影響か、喉から気管支にかけての違和感も増えていた。
高脂血症の治療で三ヶ月おきに受けている血液検査でも、かかりつけ医から「腎臓の数値が悪化しているから気をつけるように」と釘を刺されている。
あとは老化の影響だろうか。慢性的、あるいは突発的に関節に痛みを感じることも増えていた。
今回霊気の流れが滞るように感じた部位は、すべてこれらの「不調部位」と合致しているように思えた。
(確か、中国の古い健康法で『気功』っていうのがあったよな)
リピウスは、霊気から伝わる違和感の正体をそう結論づけた。
そして、その部位に霊気を特に集中させるようにイメージを描く。
霊気に対して「細胞の修復と活性化」を指示するイメージを念じながら、循環を繰り返した。
やや不安を感じながらも、翌日も同様に自己治療をイメージした霊気循環を行っていると、午後三時にいつものようにデュークが訪問してくれた。
最近のデュークは週一回、ヨルダ爺は月一回程度の訪問が通例となっていた。
「よお! 調子はどうだい?」
相変わらず軽いノリでリビングに現れたデューク。
「う〜ん……。まあまあ、かな」
リピウスが少し自信なさげに応じると、デュークは心配そうにリピウスの顔を覗き込んだ。
リピウスが訓練を中断して起き上がり、いつものようにコーヒーの準備を始める。デュークは椅子に座ったが、どこか元気のないリピウスの背中をじっと見つめていた。
「なあ、なんか元気なくねえか?」
「まあ、ちょっとな……」
はっきりしない答えに、デュークはますます心配になったようだ。
「なんだよ。何があったんだよ」
しかしリピウスは多くを語らず、黙々とコーヒーを淹れる。
そして、カップを置いて席に着くと、ようやく昨日からの「感触」について話し始めた。
「なるほどな……。そういうことか」
「うん。まあ、元々異常のあった場所だし、霊力制御の副作用ってわけじゃないと思うんだ。むしろ治療に繋がるかもしれない。そう思ってはいるんだけど、どうしても少し不安になっちゃってね」
「……わかるぜ。ここんとこ順調すぎたからな。かえって何かあるんじゃねえかって、不安になっちまったんだろ」
「まあ、しばらく様子を見るしかないと思う。たぶん大丈夫だよ」
リピウスはそう言って、少し冷めてしまったコーヒーを口にした。
(自分の体とこんなに真剣に対話したのは、生まれて初めてかもしれないな。霊力っていうのは、外の世界を変えるためじゃなく、まずは自分という壊れやすい器を大切にするためにあるのかもしれない……)
窓から差し込む夕暮れの光が、少しだけ弱々しく、けれど慈しむように二人の影を長く伸ばしていた。
「ならいいけどよ。何なら、今度ヨルダ爺にも相談してみるか?」
「いや、大丈夫だよ。どちらかというと人間固有の問題だと思うし。今相談しても、ヨルダ爺を余計に心配させるだけな気がするしさ」
「……だな。まあ、そういうことなら、おいらも当面は見守ってるよ」
久しぶりに、ちょっぴりしんみりとした空気が漂う。
けれど、その沈黙は決して冷たいものではなく、お互いを思いやる温かさに満ちていた。




