さようなら
悲恋のおはなし。
箪笥の引き出しを開けて、娘の舞台のチケットを手に取ろうとして、やめた。
手を引っ込めた。
じゃあない!
手が、引っ込んだ。
わしに、そんな資格はない。ないんじゃ。
朧げな記憶が、目に浮かぶ。
今でも、耳に残る声で。
刑務官時代の仮眠の時、何度もうなされた悪夢で。
…………さようなら。
それが、家族との別れの言葉だった。
女房と別れた原因?
……そんなこと、一言では言えんよ。
わしが全て悪い。
そう言い切れれば、どれだけ心は楽か。
はじまりは小さな事だったんじゃろ。
それがの、積もり。積もり重なって。
少し、また少しのゆがみが。
無視出来なくなってしまったんじゃろうな。
わしは少しでも自分を曲げていれば。
だかのう……それが出来たら、苦労はせん。
今時の若いやつらは生意気にこう言うじゃろ?
…………結婚は人生の墓場と。
はっ! 結婚してからその台詞を吐け。
そして、苦しんでもがくんじゃよ。
それで同じ台詞を言えれば大したものじゃよ。
引っ込めたシワだらけの手を、もう一度伸ばし、娘が今回送ってくれた舞台のチケットを掴み取り、よおく見る。
娘の演じる役よりも、何故か演目が気になった。
………………なんという皮肉か。
…………よりにもよって、この戯曲か。
『天守物語』
わしの…………いや、わしを貫いた物語じゃ。
悲恋のものがたり。




