蜘蛛の糸
手を伸ばした。
つかみかけてつかみそこねて、手に入るものは何もない。
だから、すがった。
手を差し伸べてきた人に。
それが悪魔の誘いだとも知らずに。
……ふぅ。
なんかのー、上手くいかんわい。
麻雀仲間に勧められて、自叙伝を書き始めてみたんじゃが、さっぱり。
原稿用紙はしばらくして、丸まった紙くずになった。くずかごはそろそろ一杯。
あぁ、上手くいかんわ。何故格好つけたような文章にしようと手が動くんじゃのう……
そもそも、わしの過去なんざ、ありふれたものよ。
夢破れて、やりたくもない仕事について、もがいて、苦しんで、ようやっと、少しづつだが自分の為の時間を手に入れることが出来た。
じゃがな、それがなんじゃ?
今度は老いを理由に、本当にやりたいことから目を背けておる。そう、言われている気がしてならんのよ。
…………若さが憎い。若さが羨ましい。
わしにも、そんな時期はあった。確かにあったんじゃ。でもなあ、ボタンのかけ違い。そんな洒落た言葉を、今だけは! 使わせてくれんか?
万年筆を再び手に取るも、またも強い筆圧で原稿用紙を破いてしまう。これで、何枚目になったか。
ああ、わしは弱い。わしは、弱い! わしは、怖い。怖いんじゃ。踏み出す勇気が欲しいんじゃ、わかってくれんか? いや、わかってもらおうとは思わん。
所詮、そんなもんよ。
刑務所で収監された囚人達を、思い出す。
あいつらと、わし。
違うと昔は思っていた。
だが、今再び違うとは言い切れんのよ。
同じ穴のムジナよ。
嘘をついては、人から逃げる。
そして、挙げ句の果てに自分からも逃げる。
逃げ続ける。そんな、はりぼての人生。
はは。カカッ! それが、わしか!
ははは、はぁ、はぁ! くっ、ああああ、はぁ。はぁ。く、くく。う、うぅ、ああぁあ、はぁっ。っく、ぅう。うああ。。。。………
狂ったように万年筆を原稿用紙に殴り書く。
そして、壁に向かってそれらを投げつける。
バサッ! どさっ。
散らばる原稿用紙の束。
そして、残るのは空虚となったわしの顔だけ。
……頼む。
わしを、ひとりにしてくれ…………
手は空を切った。




