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第9話「悪役令嬢、ヒロインと出会う」

 戦略の女神。

 もはや、不本意ながらも三柱目の女神になってしまった。

 私の悪役令嬢計画は、完全に行き詰まっていた。


(何をしてもダメ……善意も悪意も、すべてが聖女様と女神様の偉業に変換されてしまう……)


 自室のソファで、私は天を仰いだ。

 もはや、打つ手なし。八方塞がりとはこのことだ。

 このままでは、私は歴史に名を残す偉人として、ローゼンシュタイン家をますます繁栄させてしまうだろう。

 そんなの、絶対に嫌!


「エリーゼお嬢様、お茶が入りました」


「……ありがとう、マリー」


「まあ、お嬢様。何かお悩みでございますか? そのようなお顔をされて……」


 心配そうに私を覗き込むマリー。

 彼女に「どうすれば嫌われる人間になれるかしら?」なんて相談できるはずもない。


「……ううん、なんでもないわ」


 その時だった。

 コンコン、と部屋のドアがノックされ、お母様が入ってきた。


「エリーゼ、あなたに良い知らせがありますわ」


「良い知らせ、ですって?」


「ええ。近々、王宮でお茶会が開かれることになったの。あなたと同じ年頃の、貴族の子女が集まる会よ」


 お茶会。

 貴族の子女が集まる。


 その言葉に、私の頭の中で、何かが閃いた。


(……そうよ!)


 今まで、私が相手にしてきたのは、私を溺愛する家族や、私を崇拝する領民ばかり。

 だから、私の悪意が正しく伝わらなかったんだわ!


 でも、同年代の子供なら?

 しかも、これから始まるゲームのシナリオに登場する、”本当の登場人物”たちなら?


(そうだわ! お茶会には、きっと”あの子”も来るはず!)


 ゲーム『煌めきのソネット』の主人公。

 平民出身ながら、その類稀なる魔力と愛らしさで、数々の攻略対象を虜にする、最強のヒロイン。


 リリアーナ・フォン・アウグスト!


(彼女よ! 彼女をいじめてこそ、本当の悪役令嬢じゃない!)


 ゲームのシナリオ通り、ヒロインをいじめ、ヒーローに嫌われる。

 これぞ、破滅フラグへの王道!

 やっと、私の戦うべき本当の舞台が見つかったのだ!


「行きますわ、お母様! そのお茶会、わたくし、ぜひ参加いたします!」


「まあ、嬉しい! エリーゼが乗り気になってくれて。すぐに最高のドレスを仕立てさせますわね!」


 私の突然のやる気に、お母様は嬉しそうに微笑んだ。

 ふふふ、お母様。

 わたくしが乗り気なのは、社交のためじゃないのよ。


 最高の悪役デビューを飾るためなのだから!


 ◇


 数日後、私は王宮の庭園にいた。

 色とりどりの花が咲き乱れ、着飾った貴族の子供たちが、楽しそうに談笑している。


(さて、どこかしら……)


 私は、お目当ての人物を探して、きょろきょろと辺りを見回した。

 ゲームの記憶によれば、リリアーナは確か、淡いピンク色の髪に、お花畑のような笑顔が特徴の、可愛らしい少女のはず。


「いた……!」


 すぐに見つかった。

 庭園の隅の方で、一人ぽつんと佇んでいる少女。

 他の子供たちの輪に入れず、少し寂しそうだ。

 服装も、他の子に比べて少しだけ質素に見える。

 間違いない、彼女がリリアーナだわ。


(ふふふ、絶好のシチュエーションじゃない)


 孤立しているヒロインに、悪役令嬢が絡む。

 これぞ、お約束の展開!


 私は侍女にオレンジジュースを盆に乗せて持ってこさせると、それを片手に、ゆっくりと彼女に近づいた。


 計画はこうだ。

 わざとぶつかって、彼女のドレスにジュースをぶちまける。

 そして、「ごめんなさいも言えないのかしら、この平民もどき!」と罵倒するのだ。

 完璧な悪役ムーブ!


 リリアーナのすぐそばまで来た、その時だった。


「ねえ、あなた。アウグスト家の方ですって?」


 リリアーナの前に、派手なドレスを着た少女たちが三人、立ちはだかった。

 中心にいるのは、確か、伯爵家の令嬢だったはず。


「アウグスト家なんて、聞いたこともないわ。本当に貴族なの?」


「そのドレス、安物じゃないこと?」


 取り巻きたちが、下品な笑い声を上げる。

 ああ、これはいわゆる、悪役令嬢モブによるいじめイベントね。


(ちょうどいいわ。わたくしが、この子たちの絶望を、さらに上塗りしてあげる!)


 私がジュースを手に、一歩踏み出そうとした瞬間。


「やめてください!」


 リリアーナが、毅然とした声で言い返した。


「家名やドレスで、人の価値を決めるなんて、間違っていますわ!」


「まあ、生意気な口をきいて!」


 伯爵令嬢が、カッとなってリリアーナを突き飛ばした。


「きゃっ!」


 リリアーナが、地面に倒れ込む。


(……チャンス!)


 今よ!

 この絶好の機会に、倒れた彼女にジュースを浴びせかければ……!


 そう思って、私は盆を持ったまま、リリアーナに駆け寄った。

 しかし、焦っていたせいか、足元の芝生に足を取られてしまった。


「わっ!」


 私は、盛大に体勢を崩し、前のめりに突っ込む。

 そして、手に持っていたオレンジジュースは、放物線を描いて宙を舞い――


 バッシャーン!


「「「きゃあああ!?」」」


 なんと、リリアーナをいじめていた伯爵令嬢たち三人の頭上に見事に降り注いだのだ。

 彼女たちの美しいドレスも髪も、べっとりとオレンジ色に染まっている。


「な、なんですの、あなたは!」


「ご、ごめんなさい! わざとじゃ……」


「わざとじゃないですって!? 私たちのドレスを台無しにしておいて!」


 彼女たちの怒りの矛先が、一斉に私へと向く。

 その時だった。


「おやめなさい!」


 倒れていたリリアーナが、私の前に立ちはだかるようにして、叫んだ。


「この方は、わたくしを助けるために……!」


「は?」


「え?」


 私と、伯爵令嬢たちの声が、綺麗にハモった。


「わたくしが、あなたたちにいじめられているのを見て、身を挺して助けてくださったのですわ!」


 リリアーナは、キラキラとした尊敬の眼差しで、私を見つめている。


「なんて、お優しくて、勇気のある方なのでしょう……!」


(……違うのよ、リリアーナさん)

(わたくし、あなたにとどめを刺しに来ただけなのよ)


 私の心の叫びは、またしても誰にも届かない。


「まあ、ローゼンシュタイン家のエリーゼ様だわ」

「なんて素晴らしいご令嬢なのかしら」


 周りの大人たちの囁き声が聞こえる。


 私の、悪役令嬢としての華々しいデビュー戦は、ヒロインを救う正義の味方として、最高の形で幕を閉じたのだった。

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