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第6話「悪役令嬢、芸術を爆発させる」

(もう……わたくしの肩書き、いくつあるのかしら)


 豊穣の聖女、技術革新の女神、経済を司る女神、そして叡智の探究者。

 悪役令嬢を目指しているはずなのに、私の経歴は日に日に輝かしいものになっていく。


 もはや、何をしても裏目に出る。

 善意でやればもちろん、悪意を持ってやれば、もっとすごい善行として解釈されてしまうのだ。

 この世界のバグは、私の手に負えるレベルを完全に超えている。


(こうなったら、理屈じゃないもので勝負するしかないわ!)


 農業も、技術も、経済も、学問も、すべて理屈や効率が求められる世界。

 だから、私の現代知識がチートとして機能してしまった。


 ならば、次は理屈も効率も関係ない、感性の世界で悪事を働けばいい。

 そう、”芸術”よ!


(これならどう!?)


 美醜の感覚は、人それぞれ。

 でも、限度というものがあるはず。

 誰が見ても「これはひどい」と思うような、醜悪で、不快な芸術作品を創り出す。

 そして、それを「これがわたくしのセンスですわ!」と周囲に押し付けるのだ。


 美的センスのかけらもない、独善的な悪役令嬢。

 うん、素晴らしいじゃない!

 今度こそ、皆にドン引きされてみせるわ!


 ◇


「お母様! わたくし、絵を描きたいですわ!」


 私は、優雅にお茶を飲んでいたお母様の元へ駆け寄った。


「まあ、エリーゼ。絵に興味を持ったのね。いいですわよ、すぐに先生を手配しましょう」


「先生なんていりませんわ!」


 私は、ふん、とそっぽを向く。


「わたくしの芸術は、わたくしの内から湧き出る衝動そのもの!」


「他人の手ほどきなど受ければ、その輝きが鈍ってしまいますわ!」


「さあ、今すぐ、最高級の絵の具とキャンバスをお持ちなさい!」


 どうだ!

 基礎も学ばず、自分の感性だけを信じる傲慢な芸術家気取り!

 きっと、とんでもない駄作を生み出して、皆を呆れさせてやるわ!


「まあ……!」


 お母様は、私の言葉にうっとりと目を細めた。


(はいはい、どうせまた褒めるんでしょう?)


「エリーゼ……あなたは、芸術の本質を理解しているのね」


「技術に囚われず、魂の叫びを表現することこそが、真の芸術……」


「わたくしも、昔はそうだったわ。あなたを見ていると、忘れていた情熱が蘇ってくるようです」


(……なんか、お母様のスイッチまで入れちゃったみたい)


 お母様は元王女であると同時に、芸術にも深い造詣があることで知られている。

 そのお母様に、私の悪だくみは「真の芸術」と解釈されてしまったようだ。


 ◇


 すぐに用意されたアトリエで、私は思う存分、”芸術”を爆発させた。


 まず手掛けたのは、お父様の肖像画。

 キャンバスに、赤、青、緑、黄色と、原色をこれでもかと塗りたくる。

 お父様の顔は、紫色の絵の具でぐちゃぐちゃに描き、目は不気味な黄色に。

 口は、まるで裂けているかのように、真っ赤な線で引き裂いた。


(ふふふ、完璧ね!)


 これを見れば、お父様への悪意と、私の美的センスの壊滅っぷりが一目瞭然だわ!


 次に、粘土で彫刻を作った。

 テーマは「愛」。

 ぐにゃぐにゃと歪んだ塊に、鳥の羽根や枯れ枝を突き刺し、最後に金色の絵の具をぶちまけた。

 見る者に不安と不快感を与える、呪いのオブジェの完成だ。


「できましたわ!」


 私は、胸を張って家族をアトリエに招き入れた。

 さあ、絶句するがいいわ!


「……おお」


 最初に声を発したのは、お父様だった。

 彼は、自分の肖像画(という名の何か)の前で、立ち尽くしている。


「エリーゼ……これが、お前の目から見た、私なのか……?」


 その声は、震えていた。


(そうよ! あなたなんて、こんな醜い怪物にしか見えないってことよ!)


「なんと、情熱的な色彩……!」


(は?)


「紫は、古来より高貴さの象徴! そして黄色い瞳は、未来を見通す知性を表しているのだな!」


「この裂けたような口は、民を想う私の、魂の叫びか!」


(……全部、ポジティブに解釈されたわ)


 お父様は、感動に打ち震え、涙ぐんでいる。


「お母様、素晴らしいですわ……!」


 お兄様は、呪いのオブジェをうっとりと眺めている。


「歪んだ形は、愛の複雑さを。羽根と枝は、その多面性を。そして金色は、愛の尊さを表現しているのですね!」


「まさか、抽象芸術でここまで深いテーマを描き切るとは……!」


(もう、何でもアリね、この人たちの解釈……)


 私の醜悪アートは、なぜか家族の心を打ち、深い感動を与えてしまったらしい。


 ◇


 数日後。

 城には、王都で最も高名な芸術評論家、ムッシュ・ピエールが招かれていた。

 お父様が、私の作品をどうしても鑑定してほしいと、大金で呼びつけたのだ。


「ふむ……」


 ピエールは、片眼鏡を光らせながら、私の作品を食い入るように見つめている。


(さあ、言いなさい! こんなものは芸術ではない、と!)

(プロの目から見て、私の才能の無さを断罪してちょうだい!)


 やがて、ピエールはゆっくりと振り返ると、震える声で言った。


「……革命だ」


「え?」


「これは、芸術の革命ですぞ、公爵様!」


 ピエールは、興奮で顔を紅潮させている。


「既存の価値観をすべて破壊し、感情そのものをキャンバスに叩きつける、全く新しい表現!」


「私は、この新しい芸術様式を、こう名付けたい!」


「”アンファン・テリブル(恐るべき子供)”……いや、お嬢様の御名から、”エリーゼイズム”と!」


 その日を境に、ローゼンシュタイン領から、新しい芸術の波が王都を席巻した。

 私の描いたぐちゃぐちゃの絵は、貴族たちの間で高値で取引され、呪いのオブジェは、王立美術館に飾られることになった。


 そして、私はまた一つ、新しい称号を手に入れた。


 ”美の女神”、と。


(……もう、本当に、どうすればいいのよ……)


 私の悪役令嬢への道は、もはや完全に閉ざされたように思えた。

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