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第50話「最初の調査」

(……あった)


 私とノエルは顔を見合わせた。

 ランプの頼りない光の中で、互いの瞳に同じ決意の色が浮かんでいるのが分かった。

 これだ。

 これこそが私たちが探していた”シナリオの綻び”。

 この不自然な歴史の断絶。

 この”空白の百年”に一体何があったのか。

 それこそがこの世界の”管理者”に繋がる最初の、そして最も重要な手がかりなのかもしれない。


「……どういうことかしら」

 私は声を潜めて尋ねた。

 その声が興奮とそして得体の知れない恐怖で、わずかに震えているのが自分でも分かった。

「歴史が百年も途絶えるなんて、そんなことありえるの?」


「ありえない」

 ノエルはきっぱりと断言した。

 その声には何の迷いもなかった。

「どんな大きな戦争や災害があっても歴史は完全に途絶えたりはしない。必ずどこかに記録が残るはずだ。たとえそれが勝者によって歪められたものであったとしてもね」

「でもこの国の歴史書はまるで申し合わせたかのように、この百年について口を閉ざしている。これは自然なことじゃない」


(……意図的に消された歴史)


 その言葉の響きに私の背筋をぞくりと悪寒が走り抜けた。

 一体何を隠すために?

 この世界の”管理者”は私たちに何を知られたくないというの?

 その百年の間に何が起きたというの?


「……他の本も調べてみましょう」

「ああ」


 私たちは頷き合うと再び行動を開始した。

 今度は目的がはっきりしている。

 ”空白の百年”以前に書かれた書物。

 そしてその時代について何か触れている可能性のある、神話や伝承に関する本。


 それからどれくらい時間が経っただろうか。

 私たちはまるで宝探しに夢中になる子供のように、黙々と古い書物のページをめくり続けた。

 埃っぽい書庫の中で時間だけが静かに過ぎていく。

 そしていくつかの奇妙な”綻び”を見つけ出すことに成功したのだ。


「……見て、ノエル」

 私が見つけたのは一冊のひどく古びた吟遊詩人の詩集だった。

 その中の一編にこう書かれていた。

 インクがかすれてほとんど読めないその文字を、私は必死に目で追った。


『ああ、我らが月光の女王。その銀の御髪は夜空を照らし、その青き瞳は星々を宿す』


「……月光の女王?」

 ノエルが不思議そうに首を傾げた。

「そんな女王、この国の歴史には存在しないはずだ」


「ええ。この国の王家は初代からずっと太陽を象徴する金色の髪と、大地を象徴する緑の瞳が特徴のはずよ」

 そう。

 まるで私と同じ銀の髪と青い瞳を持つ女王が、かつてこの国を治めていたかのような記述。

 これは一体……?

 偶然?

 それとも……。


「こっちも見てくれ」

 今度はノエルが一冊の古い古い地図帳を広げた。

 その羊皮紙はもはや触れるだけで崩れてしまいそうなくらい脆くなっている。

「この地図、”空白の百年”よりも二百年以上前のものらしいんだけど」


「……え?」

 私はその地図を覗き込んで息を呑んだ。

「大陸の形が……違う……!?」


 そう。

 そこに描かれているアステラリア大陸は、私たちが知っている形とは全く異なっていていた。

 いくつかの島が存在せず逆に今は海であるはずの場所に、大きな半島が描かれている。

 まるで神様が粘土細工でもするように、大陸の形を変えてしまったかのようだ。


「……どういうことなのこれ」

「分からない。でも確かなのはこの百年の間にこの世界は、文字通り”作り変えられた”ってことだ」

「歴史だけじゃない。地理も王家の血筋さえも」


 全てが”管理者”の都合のいいように書き換えられた世界。

 私たちはそんな偽りの舞台の上で、踊らされていたに過ぎなかったのだ。


 そのあまりにも壮大な事実に私はくらくらと目眩を覚えた。

 私がやろうとしていたことなんてなんてちっぽけだったのだろう。

 ”悪役令嬢”として破滅する?

 そんな個人的な問題ではない。

 この世界そのものが巨大な嘘で塗り固められているのだから。


「……見つけた」

 その時ノエルがぽつりと呟いた。

 彼が手にしていたのは一冊のひどく小さな革張りの日記だった。

 持ち主の名前はどこにも書かれていない。

 それは巨大な歴史書の一番最後のページに、挟み込まれるようにして隠されていた。


「……読んで」

「……ええ」


 私たちはランプの光を頼りにそのかすれた、震えるような文字を追い始めた。


『―――空から”星”が降ってきた。それは神の怒りか、あるいは慈悲か。世界は一度終わり、そして新しく”書き換えられる”。我らはもはや我らではなくなる。この記録がいつか真実を求める者の目に触れることを祈って』


 そこで日記は途切れていた。


「……星が降ってきた……?」

「……大いなる”災厄”」


 そう。

 あの年代記に書かれていた言葉。

 ”空白の百年”の始まり。

 それはただの比喩ではなかったのだ。


 その時だった。

 高い高いアーチ状の窓から一筋の朝の光が差し込んできたのは。

 それはまるで舞台の終わりを告げるスポットライトのようだった。


「……朝……!?」

「……時間切れだね」


 私たちは顔を見合わせた。

 やばい!

 早く部屋に戻らないとマリーが起こしに来てしまう!


 私たちは慌てて本を元の場所に戻し、音を立てないように書庫を後にした。

 部屋に戻った私はベッドに滑り込むと、すぐに眠ったふりをする。

 数分後。

 案の定マリーが「エリーゼ様、朝ですわよ」と部屋に入ってきた。

 完璧なアリバイ工作だった。


 しかし私の頭の中は興奮でいっぱいだった。

 眠気などどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 ”空白の百年”。

 ”月光の女王”。

 ”作り変えられた世界”。

 そして”空から降ってきた星”。

 散らばったパズルのピースが、少しずつ形を成そうとしている。


(世界の謎……悪役令嬢として破滅するはずだったのに、どうしてわたくし、こんなにわくわくしているのかしら……?)


 私の知らないところで私の”物語”もまた大きくその脚本を書き換えようとしていた。

 それも私自身の手によって。

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