第4話「悪役令嬢、経済を回す」
豊穣の聖女。
技術革新の女神。
(……もう、あだ名が増えるのは勘弁してほしいわ)
私は自室の天蓋付きベッドの上で、膝を抱えてうずくまっていた。
悪役令嬢になるという固い決意とは裏腹に、私の評価は日に日に上がっていく一方だ。
このままでは、国外追放どころか、歴史の教科書に偉人として載ってしまうかもしれない。
(言葉による威圧は、可愛らしい我儘に。行動による妨害は、天才的なひらめきに)
私の三十年分の社会人経験と常識が、この世界ではなぜかすべて”チート能力”として変換されてしまう。
もう、普通の手段では嫌われることは不可能に近い。
(こうなったら……最終手段よ!)
私が思いついた、次なる悪事。
それは、”浪費”だ。
悪役令嬢といえば、湯水のように金を使うもの。
民が飢えているのを尻目に、宝石やドレスを買い漁り、贅沢三昧の限りを尽くす。
これぞ、民衆や貴族の反感を買う、最も手っ取り早い方法じゃないかしら!
(よし、ローゼンシュタイン家の財産を、食い潰してやるわ!)
幸い、私の「聖女ムーブ」と「女神ムーブ」のおかげで、領地の財政はかつてないほど潤っているはず。
使い甲斐があるというものだ。
◇
「お父様!」
私はお父様の執務室のドアを勢いよく開け、仁王立ちで呼びかけた。
「おお、エリーゼ。どうしたんだい、そんなに慌てて」
ペンを置き、優しい笑顔を向けてくれるお父様。
その笑顔を、今日こそ曇らせてやるわ!
「わたくしに、自由に使える”資産”をお与えなさい!」
「ははは、資産かい? 威勢がいいな。まずは、お小遣いから始めたらどうだね?」
「お小遣い、ですって?」
私は、心底呆れたというように、はあとため息をついてみせた。
「そんな子供だましのはした金のことではありませんわ!」
「わたくしはこの家の令嬢。家の財産を、好きに使って当然の権利がありますのよ!」
「さあ、帳簿をお出しなさい! わたくしが、その使い道を考えてさしあげますわ!」
どうだ!
家の財産を私物化しようとする、強欲で傲慢な娘!
これには、温厚なお父様も……。
「……なんと!」
お父様は、驚きに目を見開いた。
そして、次の瞬間、その顔がぱあっと喜びに輝いた。
(……はいはい、またこの反応なのね)
もう、慣れたものよ。
「エリーゼ! お前は、もう財政にまで興味を持つようになったのか!」
「素晴らしい! さすがは我が娘! その歳で、すでに為政者の視点を持っているとは!」
(だから、違うのよ。ただの浪費なのよ)
私の心のツコミは、もはやお約束だ。
「いいだろう! 見せてやろう! これが、我がローゼンシュタイン領の財政状況だ!」
お父様は、分厚い帳簿の束を、ドン、と机の上に広げた。
◇
「……なるほど」
帳簿に目を通した私は、思わず唸った。
農業改革と魔導通信機によって得られた利益は、想像以上だった。
金庫には、使い道のない金が唸りを上げている。
(これは……好都合だわ)
これだけあれば、派手に浪費できる。
私は帳簿の一項目を、ビシッと指差した。
「お父様、この『商業ギルドへの助成金』が、少なすぎますわ!」
「ほう? ここにかね?」
「ええ! こんなはした金、商人たちにくれてやりなさい!」
「きっと、あっという間に使い果たして、何の成果も残らないでしょうから!」
私の狙いは、こうだ。
将来性のない、小さな個人商店に金をばら撒き、ドブに捨てる。
公金を私物化し、無駄なことに使う。
これぞ、悪役の所業!
しかし、お父様は私の言葉に、ほう、と感嘆の息を漏らした。
「……エリーゼ。お前は、”金は天下の回り物”ということを、すでに理解しているのか」
「は?」
「金は、ただ貯め込んでいるだけでは価値を生まん」
「それを市場に流し、循環させることで、経済全体が活性化するのだと……そう言いたいのだろう?」
(言ってないわよ!?)
「素晴らしい着眼点だ! 我々は、有り余る資金をどう運用すべきか、決めかねていた!」
「だが、お前の言う通りだ! 未来への”投資”こそが、今我々がすべきことだったのだ!」
お父様は、すぐさま執事を呼ぶと、矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「ギルド長を呼べ! 助成金の大幅な増額を伝える!」
「さらに、新規事業を立ち上げる者には、無利子での融資を行うと布告しろ!」
「エリーゼの言う通りだ! この金で、商人たちに夢を買わせてやるのだ!」
(ああ、もう、話がどんどん大きくなっていく……)
私のささやかな浪費計画は、いつの間にか、領地全体を巻き込んだ大規模な金融緩和政策へと姿を変えていた。
◇
数ヶ月後。
ローゼンシュタイン領の経済は、爆発的な成長を遂げていた。
私のせいで市場に流れ込んだ大量の資金は、商人たちの意欲を刺激し、次々と新しい事業や特産品を生み出した。
活気付いた市場は、さらに多くの人を呼び込み、領地はかつてないほどの好景気に沸いていた。
商業ギルドのギルド長は、私の前で感涙にむせびながら、深々と頭を下げた。
「エリーゼ様! あなた様こそ、我らが”商売の女神”にございます! このご恩、一生忘れません!」
「ふん、当然ですわ。もっと稼いで、わたくしを楽しませなさいな」
「ははーっ! そのお言葉、肝に銘じまする!」
(なぜ、今の言葉が発破をかけることになるのよ……)
お父様は、そんな私とギルド長のやり取りを、誇らしげに見つめている。
「豊穣の聖女にして、技術革新の女神」
「そして今、”経済を司る女神”の称号まで手に入れるとは……」
「エリーゼ、お前の器は、もはやこの国にすら収まりきらんかもしれんな」
「……もう、どうでもいいですわ」
私がぽつりと呟くと、お父様はさらに感動したように目を見開いた。
「なんと謙虚な! 自分の功績に驕らないとは! やはり我が娘だ!」
(……もう、好きにして)
私は、すべてを諦めたように、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
悪役令嬢への道は、今日もまた、遥か彼方へと遠のいていくのだった。




