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第37話「悪役令嬢、指揮を執る(?)」

(……帰りたい)


 その一言が私の心の全てだった。

 お父様の執務室はもはや私の知っている静かで落ち着いたあの場所ではなかった。

 今は”エリーゼ様を救う会”の熱気に満ちた作戦司令室。

 そしてその中心の豪華なソファにふかふかのクッションを背中にあてがわれ、鎮座させられているわたくしは。

 言うなればこのプロジェクトの最高責任者 (ということになっている)。


(嫌よこんな責任……!)


 ひっきりなしに伝令の騎士たちが部屋を出入りする。

 床に広げられた領都の地図の上をアルフレッド君が持ち込んだ、よく分からない機械の部品が駒のように並べられていく。

 私の隣にはリリアーナ様が甲斐甲斐しく控えていて、「エリーゼ様、お紅茶のおかわりはいかがです?」「エリーゼ様、肩が凝っておいででしょう。お揉みしますわ」などと至れり尽くせりのお世話を焼いてくれている。

 その純粋な善意が今の私には何よりも重かった。


「報告します!」

 また一人騎士が部屋に駆け込んできた。

「王都のクラウス様より伝令です! 王家の許可が下り”指示書”の原本の借り受けに成功したとのこと!」


「おお!」

 お父様が力強く頷く。

「よくやった! すぐにアルフレッド君の研究室へ運ぶように伝えよ!」


「はっ!」


 騎士が敬礼をして部屋を出ていく。

 すごいわ。

 すごい連携プレーだわ。

 まるで一つの生き物のように組織が機能している。

 その全てのきっかけが私のただの独り言だったなんて誰が信じるだろうか。


 ああ、もう退屈だわ。

 わたくしここにいても何もすることがない。

 ただ座ってみんなの邪魔にならないようにしているだけ。

 いっそ眠ってしまおうかしら。

 そう思ったその時だった。


「……しかし」

 それまで黙って地図を睨みつけていたお父様が、難しい顔で唸った。

「問題はもう一つの方だ。”偽造屋”の行方が全く掴めん」


 その一言で部屋の熱気が少しだけ冷えた。

 そうそれこそが今作戦が直面している最大の壁だった。

 フェリックスが情報網を駆使して捜索しているが、犯人はよほど用意周到らしく全く尻尾を掴ませないらしい。


「このままではインクの証拠だけでは決め手に欠けるやもしれん……」

「くっ……! あの忌々しいグリム家め……!」


 お父様の悔しそうな声。

 リリアーナ様の心配そうな顔。

 部屋に再び重苦しい空気が流れ始める。


(……あら?)


 その時私の悪役令嬢としての魂が、ぴくんと反応した。

 これってもしかして。

 もしかしてチャンスじゃないかしら?

 この作戦が頓挫すれば、わたくしの潔白は証明されない。

 つまり破滅エンドへの道が再び開かれるということ!


(いけるわ! ここでわたくしが適当なことを言って、作戦をさらに混乱させてやれば!)


 私の心に邪悪な光が灯った。

 よし決めたわ。

 最高のアドバイス(のふりをした妨害工作)でみんなを絶望の淵に叩き落としてさしあげましょう!


 私はわざと気のないあくびを一つすると、まるで今思いついたかのようにぽつりと呟いた。


「……そんなの簡単ですわ」

「え?」


 部屋中の視線が一斉に私に集まる。

 よし食いついたわね。

 私は続ける。


「犯人が見つからないなら”作って”しまえばよろしいのですわ」


「……つ、作る……?」

 お父様が怪訝な顔で聞き返した。


「ええ」

 私はにっこりと悪役令嬢スマイルを浮かべた。

「そのへんの浮浪者でも捕まえてきて、『お前が偽造屋だ』と”自白”させればいいのですわ」

「もちろん口止め料ははずんでさしあげますわよ?」


 どうだ!

 この悪魔のごとき提案!

 無実の人間に罪をなすりつけろという、この非人道的な作戦!

 これぞ悪役令嬢の真骨頂!

 さあ幻滅なさい!

 わたくしの本性を知って絶望するがいいわ!


 しんと。

 部屋が静まり返る。

 お父様もリリアーナ様も、ただぽかんと口を開けて私を見ている。


(ふふ……ふふふ……! やったわ! さすがに今のはドン引きよね!)


 私の勝利を確信したその時だった。


「…………おお!」


 最初に沈黙を破ったのはお父様だった。

 その顔には幻滅の色などどこにもない。

 あるのは娘の天才的な発想に、心の底から感服したという尊敬の念だった。


「なるほど……! なるほどエリーゼ! そういうことか!」


(……え? なにが? なにがそういうことなのよ?)


 私の脳内が「?」で埋め尽くされる。

 お父様は興奮したように地図を指差した。


「『犯人を作る』……! それはつまり”おとり捜査”のことだな!」

「我々が『偽造屋を捕らえた』という偽の情報を流す!」

「それを聞いた本物の黒幕……グリム家は必ず焦る! 口封じのために捕らえた偽の偽造屋に接触してくるか、あるいは本物の偽造屋を始末しようと動くはずだ!」

「そこを、一網打尽にするということだな!」


(…………)


 ……おとりそうさ?

 ……いちもうだじん?

 ……なにそれ?

 わたくしそんな難しいこと一言も言ってませんけど?


「まあ……!」

 隣でリリアーナ様が感嘆の声を上げた。

「なんて大胆な作戦なのでしょう……!」

「敵を欺くにはまず味方からと申しますものね!」

「エリーゼ様はそこまでお考えになって……!」


(考えてません! 全くこれっぽっちも考えてませんから!)


 私の心からの悲鳴はもちろん誰にも届かない。

 私の非人道的な提案はこの超絶ポジティブ親子によって、「敵の裏をかく天才的な知略」へと見事に変換されてしまった。


「よし!」

 お父様が再び力強く立ち上がった。

「作戦は決まった! すぐにフェリックスを呼び戻せ!」

「エリーゼの”神の一手”を実行に移すぞ!」


 部屋は再び熱気に包まれた。

 私のおかげで停滞していた作戦は、一気に最終局面へと動き出してしまった。

 それも私が最も望まない形で。


 私はただ一人。

 その熱狂の中心で静かに天を仰いだ。


(……もうわたくし何もしません)

(もう金輪際一言も口を利きませんわ)


 固く固く心に誓う、エリーゼ・フォン・ローゼンシュタイン五歳。

 その悲壮な決意がまた新たな勘違いを生むことになるなど。

 今の彼女には知る由もなかった。

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