第34話「仲間、集う」
(……もうだめだ。おしまいだわ)
私の輝かしい破滅計画は今度こそ完全に跡形もなく、消し炭となってしまった。
お父様の腕の中でぐったりと脱力しながら、私はただ遠い遠い目で天井の豪華な装飾を見つめていた。
もはや抵抗する気力すら残ってはいない。
私の渾身の三文芝居はあの正義感の塊みたいなヒーロー様によって、「国を憂う聖女の悲壮な決意」という超絶斜め上な解釈をされてしまった。
潔白を証明するなどと息巻いて王都へ向かってしまった彼の背中を、私はただ呆然と見送ることしかできなかったのだ。
もう何をしても無駄。
この世界は私が悪役令嬢として破滅することを、断固として許してはくれないらしい。
「……エリーゼ」
お父様が私の髪を優しく撫でながら、力なく呟く。
「大丈夫だ。父さんがついている」
(その父さんが一番の障害なんですけど……)
とはもちろん言えるはずもなく。
私はただぐったりと、お父様の胸に顔を埋めた。
その時だった。
執務室の重厚な扉がまるで破壊されるかのような勢いで、どーん! と開かれたのだ。
「公爵閣下!」
そこに立っていたのは髪は鳥の巣のようにくしゃくしゃで、着ている白衣はあちこち煤で汚れている一人の男。
天才魔道具師アルフレッドだった。
そのいつもは気弱そうに伏せられている瞳が、今かつてないほど血走っている。
「アルフレッド君! どうしたというのだそんな慌てて!」
「慌てずにはいられましょうか!」
アルフレッドは部屋に駆け込むと、私の目の前でばたりと土下座をした。
「おお、女神様……! このアルフレッド、万死に値します……!」
「わ、私の生み出した魔導通信機が、貴女様をこのような苦境に陥れるなど……!」
「この罪、万死をもってしても償いきれませぬ!」
(いやあなたのせいじゃありませんからね!?)
むしろ元凶はわたくし(の勘違い)ですから!
私が内心で全力でツッコミを入れていると、アルフレッドはがばりと顔を上げた。
その顔には狂信者のそれと同じ熱が宿っていた。
「ですがご安心ください、女神様!」
「このアルフレッド、我が女神を貶めた愚かなる輩を炙り出す”神の目”を、すでに完成させております!」
「通信を逆探知し発信源を特定する装置です! これさえあれば黒幕など一瞬で……!」
(やめてええええええええええええっ!?)
まただ!
また私の破滅フラグをへし折ろうとする邪魔者が現れた!
しかも今度は科学の力で!
私が青ざめていると今度は扉の外から、もう一つ凛とした声が響いた。
「失礼いたします!」
入ってきたのは私の従者であるフェリックスだった。
その小さな手には彼の身長ほどもある木剣が握られている。
「エリーゼ様!」
フェリックスもまた私の前で恭しく片膝をついた。
「このフェリックス、エリーゼ様より賜りし”女神の剣技”をもって、貴女様をお守りいたします!」
「たとえこの身がどうなろうとも、貴女様に指一本触れさせはしませぬ!」
(その女神の剣技って、ただのデタラメ剣道のことよ!?)
そしてダメ押しのように。
「エリーゼ様!」
涙ながらに部屋に飛び込んできたのは、ヒロインであるリリアーナ様ご本人だった。
その手にはなぜか大量の薬草が握られている。
「お聞きしましたわ! なんてひどいことを……!」
「わたくし何もできませんけれど、せめて心労でお疲れのエリーゼ様の、お体を癒す薬湯をお持ちしましたわ!」
狂信的な天才発明家。
狂信的な少年剣士。
そして狂信的なヒロイン。
私の知らないうちにいつの間にかこんなにも”仲間”が集っていた。
それも全員私の潔白を信じて疑わない、厄介すぎる人たちばかり。
「……皆」
お父様が感動したように部屋を見渡した。
「エリーゼのためにこれほど集まってくれるとは……」
お父様の執務室はいつの間にか”エリーゼ様を救う会”の作戦司令室と化していた。
アルフレッドが何やら難解な設計図を広げ、フェリックスが屋敷の警備計画を提案し、リリアーナがみんなに手作りのクッキーを配っている。
そしてその中心にいる私は。
(……なんでこうなったの?)
ただ一人、絶望の淵に立っていた。
私が望んだのは孤独な悪役令嬢としての断罪エンド。
こんな仲間たちと力を合わせて悪に立ち向かうみたいな、熱血少年漫画のような展開では断じてない。
私の破滅への道はいつの間にか仲間たちとの絆と友情の物語へと、すり替えられてしまっていた。
それも最悪の形で。




