第33話「わたくしは、やってませんわ!」
(……いやああああああああああああーーーーーーっ!?)
私の心の中はもはや阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
なんで!?
どうしてこの人たちはいつも、いつも、いつも!
私の輝かしい破滅への道を、ことごとく邪魔してくるのよ!
せっかく掴みかけた最高の破滅への切符が!
王家公認の濡れ衣という、これ以上ないプラチナチケットが!
またしても目の前でこの正義感の塊みたいなヒーロー様によって、燃やされようとしている!
「……クラウス様」
お父様が感激とそして申し訳なさの入り混じった複雑な表情で、クラウス様の肩に手を置いた。
「君のその言葉、ローゼンシュタイン家当主として心より感謝する」
「ですがこれは我が家の問題。君を巻き込むわけには……」
「いいえ、デューク」
クラウス様は静かに、しかしきっぱりとした口調で首を横に振った。
「これはもはやローゼンシュタイン家だけの問題ではありません」
「王家の名代たる私の目の前でこれほどの卑劣な陰謀が行われたのです。見過ごすことは断じてできない」
彼のアイスブルーの瞳が、燃えるような正義の炎できらめいている。
「私は今宵のうちに一度王都へ戻ります。そして独自のルートでこの偽の証拠が作り上げられた経緯を、徹底的に調査する」
「必ずやグリム家の尻尾を掴んでみせます」
(やめてええええええええええええっ!?)
私の心の悲鳴はもはや音量を通り越して、衝撃波となっていた。
だめ!
だめよそれだけは!
この人が本気で調査なんか始めたら、本当に黒幕を見つけ出してしまう!
そしたらどうなるの!?
イザベラ様が捕まってわたくしの潔白が証明されて、めでたしめでたし?
冗談じゃないわ!
それじゃあ私の穏やかで平和な断罪エンドは、どこへ行ってしまうのよ!
止めなければ。
何としてでもこのヒーロー様の暴走を止めなければ!
でもどうやって?
私が「調査なんてやめてくださいまし」なんて言ったらどうなる?
絶対にこう思われるわ。
『ああ、なんてお優しいのでしょう! ご自分を貶めた相手のことまで許そうとなさるなんて!』
って!
もう何を言っても裏目に出る。
この超絶ポジティブ解釈の世界では、私の言葉など何の意味もなさない。
(……いや、待って)
その時、私の脳内に一つの悪魔的な閃きが舞い降りた。
そうだわ。
言葉がダメなら”態度”で示せばいいのよ。
私が犯人だと”思わせる”ような態度を。
例えばそう。
必死に言い訳をする子供のように。
追い詰められて涙ながらに自分の無実を主張する、哀れな子供のように。
そうよそれよ!
私が必死になればなるほど、この冷静なヒーロー様はこう思うはず!
『……怪しい。なぜあんなに必死になっているのだ? まるで何かを隠しているようだ』
って!
(いけるわ! これならいける!)
私の心に再び希望の光が灯った。
よし決めたわ。
最高の演技でこのヒーロー様を欺いてみせる!
私はソファからぴょんと飛び降りると、わざとおぼつかない足取りで三人の前に進み出た。
そして潤んだ瞳で彼らを見上げると、震える声で叫んだのだ。
「わたくしは、やってませんわ!」
どうだ!
このいかにも追い詰められた子供が発するような、悲痛な叫び!
完璧!
完璧な演技だわ!
私はさらに畳み掛ける。
小さな拳をぎゅっと握りしめ、涙をぽろぽろとこぼしながら。
「そんなひどいこと、わたくしがするはずありませんわ!」
「わたくしはただ領民のみんなに喜んでほしかっただけで……!」
「うう……ひっく……! お父様……! わたくし怖いですわ……!」
最後はお父様の足にしがみついて大声で泣きじゃくるという、ダメ押しのコンボまで決めてやった。
さあどうなのよヒーロー様!
このあからさまに怪しい三文芝居を見て、あなたは何を思う!?
しんと。
部屋が静まり返る。
私のしゃくり上げる声だけが、虚しく響いていた。
「……エリーゼ」
最初に口を開いたのはお父様だった。
その声は悲しみとそして燃えるような怒りで震えていた。
彼は私の小さな体を優しく、しかし力強く抱きしめると言った。
「……ああ、可哀想に。どれほど怖かっただろう。どれほど辛かっただろう」
「何も心配するな。この父さんが必ずお前を守ってやるからな」
(……え?)
……あれ?
なんか反応がおかしいわね。
もっとこう、「エリーゼ、お前まさか……」みたいな疑いの眼差しはどこへ?
私はおそるおそるクラウス様の方を見た。
彼はそんな私とお父様の姿を、ただ黙って見つめていた。
そのアイスブルーの瞳に宿っているのは”疑念”ではなかった。
それはもっと別の……何か深い痛みを堪えるような色。
そして彼は静かに呟いた。
「……そうか」
「貴女はそうやって一人で全てを背負うおつもりなのですね」
(……は?)
……せおう?
何を?
何を背負うって言うのよ?
クラウス様はまるで何か神聖なものでも見るかのような、厳粛な眼差しで私を見つめながら続けた。
「……分かりました」
「貴女がなぜそこまで必死にご自分の無実を主張なさるのか」
「貴女はこのクラウス・フォン・シュミットに”調査をさせない”ために、そう仰っているのですね」
(えっ!? な、なんで分かったの!?)
私の心臓がどきりと跳ねた。
この人まさか私の心でも読めるの!?
しかし続いた彼の言葉は、私のちっぽけな理解など遥かに超えていた。
「この事件の黒幕が誰であれそれを白日の下に晒せば、必ず貴族社会に大きな波紋が広がる」
「ローゼンシュタイン家とグリム家の全面対立は避けられないでしょう」
「貴女はそれを恐れている。自らが傷つくことよりも家が、そして国が乱れることを案じている」
「だからこそただ『自分はやっていない』と叫ぶことでこの事件そのものを終わらせようと……。全てをご自分の胸の内に収めて……」
クラウス様はそこで一度言葉を切ると、深く深く息を吸い込んだ。
そしてまるで天に誓いを立てるかのように言ったのだ。
「……なんという自己犠牲の精神」
「なんという気高いご覚悟……!」
「このクラウス・フォン・シュミット、貴女という御方の本当のお姿を今この時まで理解できていなかったことを、心の底から恥じ入ります!」
しんと。
部屋が再び静まり返る。
お父様は感動のあまりもはや言葉も出ないというように、ただ私を強く抱きしめている。
後ろではいつの間にか復活していたマリーが、「ああ、エリーゼ様……! なんて尊い……!」と再び卒倒している。
そして私は。
(…………)
私の脳内は完全に思考を停止していた。
私の必死の三文芝居が。
怪しいと思わせるための渾身の演技が。
このヒーロー様の超絶斜め上な解釈によって、”国を憂う聖女の悲壮な決意”に変換されてしまった。
もうダメだ。
この世界はもう本当にダメだ。
私の輝かしい破滅フラグは今度こそ完全に、跡形もなく消し炭となってしまったのだった。




