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第32話「悪役令嬢、濡れ衣を着せられる」

 王城の玉座の間。

 そこは本来であればこの国で最も華やかで荘厳な場所であるはずだった。

 しかし今その場を支配しているのは、まるで氷のような冷たく張り詰めた緊張感だけだった。


「―――それで、デューク・グリム」


 玉座に深く腰掛けたまま国王アウグストゥス・フォン・アステラリアが、静かに、しかし地の底から響くような低い声で言った。

 その鋭い鷲のような瞳が、目の前で恭しく頭を垂れている一人の男を射抜く。


「其方の申すことは真か?」

「は。このヴィクトール・フォン・グリム、陛下の御前で偽りを申し上げるような真似は決していたしませぬ」


 ヴィクトールは震える声で、しかしその瞳には確信の色を浮かべて答えた。

 彼はそっと懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、侍従へと手渡した。

 侍従がそれを国王の元へと運ぶ。


「……これは?」

「先日よりローゼンシュタイン家の領内で頻発しております魔導通信機を悪用した事件。その首謀者と思われる人物からの”指示書”の写しにございます」


 国王は眉一つ動かさずに、その羊皮紙に目を通す。

 そこには震えるような、しかし子供が書いたような特徴的な筆跡でこう記されていた。


『ローゼンシュタイン家の力を示すのです。一度混乱に陥れた後、それを見事に解決することで我らの名声はさらに高まるでしょう』


「……なんだ、これは」

「筆跡鑑定も済んでおります。これは間違いなく、かのエリーゼ・フォン・ローゼンシュタイン嬢の筆跡」


 ヴィクトールは芝居がかった悲痛な表情で続けた。


「信じがたいことでございます。あの聖女と謳われた幼き少女が、このような恐ろしい計画を立てていたなどとは……」

「しかしこれが現実。彼女は自らの名声欲のために、領民を恐怖に陥れたのです」


 しんと。

 玉座の間が静まり返る。


 国王は黙ってその羊皮紙を見つめていた。

 その表情からは何の感情も読み取ることはできない。

 ただその指先が玉座の肘掛けをととと、静かに叩く音だけが不気味に響いていた。



 その凶報がローゼンシュタイン家の屋敷に届いたのは、それから半日も経たないうちのことだった。


「……なんですって?」


 お父様の執務室。

 王城からの使者がもたらした一枚の書状を読み終えたお父様は、信じられないというように呟いた。

 そのいつもは穏やかな顔が、みるみるうちに青ざめていく。


「エリーゼが……首謀者……? 馬鹿な……! ありえるはずがない!」


 側にいたクラウス様もその報告を聞くや否や顔色を変えた。

 彼のアイスブルーの瞳に、燃えるような怒りの色が宿る。


「……罠だ。間違いなくグリム家の仕掛けた卑劣な罠だ」


 部屋の空気が一瞬で凍りつく。

 お父様とクラウス様の間で、目に見えない火花が散っているようだった。


 そしてその地獄のような雰囲気の中で。

 ソファの上にちょこんと座っていた私は。


(……え? え? なに? なんて言った今?)


 私の小さな頭脳は、そのあまりにも衝撃的な情報量を処理しきれずに完全にフリーズしていた。

 わたくしが?

 この事件の首謀者?

 濡れ衣?

 それも王家にまで告発された?


(…………)


 数秒間の沈黙。

 そして。


(……やったああああああああああああああああああああっ!)


 私の心の中で歓喜のファンファーレが鳴り響いた!

 やった!

 やったわ!

 ついに来たのよ!

 この時が!

 濡れ衣!

 それも王家公認の濡れ衣!

 これ以上に完璧な破滅フラグがあるかしら!?


 ”腹黒い偽聖女”。

 その称号はもう古い!

 これからは”国を欺いた大罪人”よ!

 素晴らしい!

 なんて輝かしい響きなのかしら!


 私の脳内ではすでに断罪イベントのシミュレーションが始まっていた。

 ギロチンはちょっと痛そうだから、できれば国外追放でお願いしたいわ。

 追放された先で小さなパン屋さんでも開いて、穏やかなセカンドライフを送るのよ!

 完璧!

 完璧な人生設計だわ!


「……エリーゼ」


 ふとお父様が震える声で私の名前を呼んだ。

 見るとその瞳は悲しみと怒り、そして深い深い絶望の色に染まっていた。


「……すまない。お前を守ってやれなかった。父さんの力が足りないばかりに……」


(え? なんで謝るのお父様!?)

(むしろ祝杯をあげるべき場面ですわよ!?)


 私がきょとんとしていると、今度はクラウス様が私の前に進み出た。

 そして先日と全く同じように、恭しく片膝をついた。


「エリーゼ様」

 その声は鋼のように硬く、そしてどこまでも真摯だった。

「ご安心ください。貴女様の潔白はこのクラウス・フォン・シュミットが、必ずや証明してみせます」

「貴女様を貶めた卑劣な輩を必ずや白日の下に晒し、法の裁きを受けさせてご覧にいれますと」


 そのあまりにも力強い誓いの言葉。

 私の脳内で鳴り響いていた歓喜のファンファーレが、ぴたりと止んだ。


(……え?)


 ……潔白を証明?

 ……黒幕を見つけ出す?

 ……ちょっと待って。

 それってつまり。


(わたくしの輝かしい破滅フラグが、またしてもへし折られようとしているってことじゃないのおおおおおおおおおおっ!?)


 私の心の中で今度こそ本物の悲鳴が上がった。

 どうして!

 どうしてこの人たちはいつもいつも私の邪魔ばかりするのよ!

 せっかく掴みかけた最高の破滅への切符が、またしても目の前で燃やされようとしている。


 私の穏やかで平和な断罪エンドへの道は、遠く険しいものになりそうだった。

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