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第3話「悪役令嬢、技術に手を出す」

「豊穣の聖女」。

 それが、今の私の新しい呼び名だった。


(……どうしてこうなったのよ)


 自室の豪華なソファに深く沈み込み、私は大きなため息をついた。

 悪役令嬢を目指して庭を破壊しようとしたら、なぜか領地の農業革命を成し遂げてしまった。

 結果、領民からは聖女様と崇められ、お父様やお兄様からの溺愛はますます加速している。


 嫌われるどころか、尊敬と畏敬の念まで向けられる始末。

 これでは、平和な追放生活どころか、将来は国の重要人物として祭り上げられかねない。


(言葉もダメ、行動も裏目……もう、打つ手がないじゃない!)


 いや、まだだ。

 まだ諦めるわけにはいかない。


(もっとこう、誰の目にも明らかな”悪事”を働かないと……)


 そうだ、悪事といえば、やっぱり「妨害工作」よね!

 人の努力を、その成果を、無慈悲に踏みにじる行為。

 これぞ悪役の真骨頂!


 ターゲットは……そうね、ローゼンシュタイン家が今、最も力を入れている事業がいいわ。


 ◇


「……また、失敗か」


 書斎から聞こえてきたのは、お父様の疲れたような声だった。

 私はこっそりとドアに耳を寄せる。


「ええ。魔力伝達の効率がどうしても上がらず……このままでは、王家への献上にも間に合いません」


 お兄様の冷静な声にも、焦りの色が滲んでいる。


 二人が話しているのは、ローゼンシュタイン家が総力を挙げて開発中の「魔導通信機」のことだ。

 遠く離れた場所と、リアルタイムで会話ができるという画期的な魔道具。

 これが完成すれば、国の情報伝達網は飛躍的に向上する。


 ゲームの知識によれば、この魔導通信機は、いずれローゼンシュタイン家の権勢を支える大きな柱となるはずだ。


(……ふふふ、見つけたわ)


 これよ、これ!

 国の未来を左右するような一大プロジェクト。

 これを妨害し、失敗に終わらせれば、さすがに「聖女様」なんて言っていられないでしょう!


 今度こそ、真の悪役として、皆を絶望の淵に叩き落としてやるわ!


 ◇


 その夜、私はお父様の書斎に忍び込んだ。

 目的は、魔導通信機の設計図だ。


(あった……!)


 机の上に広げられた羊皮紙には、複雑な魔法陣や術式がびっしりと書き込まれている。

 前世の知識があるとはいえ、魔法工学なんて専門外。

 正直、何が書いてあるのかさっぱりわからない。


(でも、それでいいのよ!)


 素人だからこそできる、無茶苦茶な妨害がある。

 私はインク壺にペンを浸すと、設計図の上に大胆に線を引いた。


(この一番複雑そうな魔法陣と、こっちのシンプルな魔法陣を、えーい、繋いじゃえ!)


 意図は単純。

 一番重要そうな部分を、適当な線で繋いでぐちゃぐちゃにしてやろうという、子供のようないたずらだ。

 これで回路がショートでもして、開発が大きく後退すれば万々歳。


「ふふん、これでどうよ!」


 満足のいく”破壊工作”を終え、私はこっそりと書斎を後にした。


 ◇


 翌朝。

 ダイニングホールは、異様な緊張感に包まれていた。

 お父様もお兄様も、目の下に隈を作り、難しい顔で黙り込んでいる。


(ふふふ、効いてる、効いてるわ!)


 きっと私のいたずらのせいで、設計図が台無しになったのね!

 さあ、私を叱りなさい! この悪事を糾弾するがいいわ!


「……エリーゼ」


 沈黙を破ったのは、お父様だった。

 その声は、なぜか震えている。


「昨夜、書斎の設計図に、何か書き込みをしたかね?」


(来た!)


 私はふん、と胸を張って答えた。


「そうよ! わたくしがやったわ!」


「なんて退屈な設計図なのかしらと思って、もっと面白くしてあげたのよ!」


 どうだ!

 反省の色ゼロ!

 開き直って、さらに挑発するスタイル!

 これには温厚なお父様も、きっと激怒するはず……!


 しかし。


「……レオナルド」


「はい、父上」


 お父様とお兄様は、顔を見合わせた。

 そして、次の瞬間。


「「うおおおおおおおおおっ!!」」


 二人は、椅子から立ち上がると、雄叫びを上げて抱き合った。


(……は?)


 え、何?

 どういう状況?


「エリーゼ! お前は、やはり天才だ!」


 お父様は、興奮で顔を真っ赤にしながら私を抱きしめた。


「あの複雑な主魔法陣と、補助魔法陣を直接繋ぐだと!?」


「そんな発想、我々にはなかった! まさにコロンブスの卵だ!」


 お兄様も、目を輝かせながら捲し立てる。


「あの接続方法なら、魔力伝達のボトルネックになっていた第三回路を完全にバイパスできる!」


「効率は……計算上、これまでの十倍以上に跳ね上がるぞ!」


(……なんですって?)


 私が適当に引いた一本の線。

 それは、開発の行き詰まりを打破する、革命的なブレークスルーだったらしい。


「素晴らしい! これなら王家への献上どころか、すぐにでも国内全土への配備が可能になる!」


「ローゼンシュタイン家の名は、歴史に刻まれることになるだろう!」


「すべて、我が娘、エリーゼのおかげだ!」


(……ああ、もう)


 天を仰ぐ。

 空は、どこまでも青かった。


 悪事を働こうとすればするほど、私の評価は天元突破していく。

 豊穣の聖女に続き、今度は「技術革新の女神」とでも呼ばれるのだろうか。


 私の目指す「嫌われ者」への道は、果てしなく遠い。

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