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第20話「悪役令嬢、突き放す」

(……なんで、なんでこのヒロインは、わたくしの悪意を善意に変換する特殊能力を持っているのよ!?)


 私の脳内はもはやツッコミと絶望で飽和状態だった。

 目の前ではリリアーナが「エリーゼ様は、なんてお優しい……!」と、うっとりした瞳で私を見つめている。

 そして部屋の隅では、あの氷のヒーロー様が面白そうなものを見る目で、じっとこちらを観察している。

 まるで珍しい虫でも観察するかのような、あの目が腹立たしい!


(もう、こうなったら実力行使しかないわ!)


 言葉でダメなら、行動で示すまで!

 私はリリアーナに向かって、ずい、と一歩近づいた。

 その一歩に、悪役令嬢としての全ての決意を込めて。


「……もう、結構ですわ」


「え?」


「あなたのお顔を見ていると、気分が悪くなるの」


(嘘よ! 天使かと思うくらい可愛いわよ! 後光が見えるわよ! むしろ、この空気が気分悪いだけですわ!)


「もう、お帰りなさいな。二度と、わたくしの前に現れないで」


 私は彼女の華奢な肩に、そっと手をかけた。

 ここよ! ここで、ぐいっと突き飛ばすのよ!

 そう、突き放すのよ! 物理的にこのヒロインを、わたくしのテリトリーから排除する!

 これなら、いくらなんでも「優しさ」とは勘違いできないでしょう!


 しかし、その時だった。

 リリアーナを突き飛ばそうと勢いよく踏み込んだ私の身体は、幼さゆえにバランスを崩してしまった。


「わっ!」


 前のめりになった私の身体は、すぐそばにあった背の高い飾り台に、ゴン、とぶつかってしまった。


 ガタン、と鈍い音がして、台の上にあった大きな陶器の花瓶がぐらりと大きく傾いた。

 白地に青い花の描かれた、優雅な、そして非常に重そうな花瓶が。


(あ、やば……)


 そう思った瞬間には、もう遅かった。

 傾いた花瓶はバランスを失い、横倒しになるようにして、すぐ隣に立っていたリリアーナめがけて滑り落ちてくる。


「きゃっ!」


 リリアーナは突然の出来事に、動くこともできずに立ち尽くしている。

 その大きな瞳が恐怖に見開かれるのを、私ははっきりと見た。


(……まずいわ!)


 ここでヒロインが大怪我でもしたら、ゲームのシナリオがどうなるか分からない!

 最悪、ヒロインを害した悪役令嬢として即断罪ルート直行かもしれない!

 突き飛ばそうとしたところに花瓶が落ちてくるなんて、状況証拠は真っ黒じゃないの!

 それだけは、絶対に避けなければ!


「……っ!」


 私の身体は、思考よりも先に動いていた。

 突き飛ばすはずだったリリアーナの身体を、逆に力いっぱい引き寄せ、抱きしめるようにしてその場から飛びのいた。

 幼い身体の、ありったけの力を使って。


 ガッシャーン!


 直後、私たちがさっきまでいた場所に花瓶が叩きつけられ、けたたましい音を立てて粉々に砕け散った。

 陶器の破片が飛び散り、水と色とりどりの花が、美しい絨毯の上に無残な模様を描いている。


「……あ……」


 腕の中のリリアーナが、呆然とつぶやく。

 花の甘い香りと土の匂いが、私の鼻をついた。

 私ははっと我に返ると、慌てて彼女を突き放した。


「な、なんですの! わたくしは、ただあなたが邪魔だっただけですわ!」


「あなたを助けたわけでは、断じてありませんから!」


(完璧なツンデレ台詞! 違う、そうじゃないのよ! なんで、こんな時だけ悪役令嬢のお手本みたいなセリフがスラスラ出てくるのよ、わたくしの口は!)


 私の脳内は、自己弁護と自己ツッコミで大混乱だ。


 しかし私の腕から離れたリリアーナは、その大きな瞳に、今までにないほどの熱い涙を浮かべていた。

 それは、恐怖の涙ではなかった。

 感動と、そして絶対的なまでの信頼を物語る、熱い涙だった。


「……エリーゼ様」


 彼女は震える声で、私の名前を呼んだ。

「わたくし……わたくし、一生、あなた様についていきます!」


(なんでそうなるのよおおおおお!)


 冷たく突き放したかと思えば、次の瞬間には身を挺して危険から守ってくれる。

 私の行動はリリアーナの目には、最高にドラマチックな「ツンデレな優しさ」として、完璧に映ってしまったらしい。

 彼女の私に対する思慕は、もはや尊敬を通り越し、信仰のレベルに達しようとしていた。


 私は助けを求めるように、部屋の隅に立つ唯一の常識人(であってほしい人物)に視線を送った。

 クラウス・フォン・シュミットは、相変わらずの無表情でこちらを見ている。


 しかしそのアイスブルーの瞳の奥で、ほんの一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ、困惑と、そして……何か温かいものが灯ったような気がした。

 それはまるで、凍てついた湖の氷が春の陽光に一瞬だけきらめいたような、そんな場違いな光だった。


(……もう、本当に、勘弁して)


 私の悪役令嬢計画は今日、完全に、取り返しのつかないところまで来てしまったようだった。

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