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第2話「悪役令嬢、庭を改革する」

 言葉による悪意が通じない。

 この事実は、私の悪役令嬢計画に大きな影を落としていた。


(口で言ってダメなら、行動で示すしかないじゃない……!)


 私はベッドからガバッと起き上がると、窓の外に広がる美しい庭園を睨みつけた。

 色とりどりの花が咲き乱れ、手入れの行き届いた芝生が広がる、絵画のような風景。

 ローゼンシュタイン公爵家の自慢の一つだ。


(……ふふふ)


 悪役らしい笑みが、自然とこぼれる。


(これよ! これを破壊すれば、さすがに皆ドン引きするはず!)


 美しいものを愛でる心など、悪役令嬢には不要。

 むしろ、それを踏みにじってこそ、真の悪役というものだ。


 計画は決まった。

 あの美しい庭を、私のための、私だけの、わがままな遊び場に変えてもらうのだ!


「マリー! 庭師の長を呼んできなさい!」


 ◇


「お呼びでしょうか、お嬢様」


 しばらくして、私の前に現れたのは、日に焼けた実直そうな顔つきの、初老の男性だった。

 土の匂いがする、庭師の長、トーマスだ。


(よし、こいつに絶望をプレゼントしてやるわ!)


 私はふんぞり返り、腕を組んで宣言した。


「トーマス。今日限りで、この庭の花をすべて引っこ抜きなさい!」


「……は?」


 トーマスの目が、点になる。

 まあ、そうでしょうね。

 丹精込めて育ててきた花を、5歳の子供に全部抜けと言われたのだから。


「聞こえなかったの? この庭はもう飽きたわ」


「わたくしだけの、特別な遊び場にするのよ!」


「だから、そこにある邪魔な草木は、一本残らず処分なさい!」


 どうだ!

 自然を愛する庭師にとって、これ以上ない冒涜的な命令!

 きっと彼は涙ながらに抗議し、私の非道さを公爵様に訴えるに違いない。


 しかし、トーマスはしばらく呆然とした後、ごくりと喉を鳴らした。

 そして、その目に、じわじわと尊敬と感動の色が浮かび始めたのだ。


(……ん? またこのパターン?)


 嫌な予感が、背筋を駆け上る。


「お、お嬢様……! まさか、この庭の土が持つ、”本当の価値”にお気づきに……?」


「は?」


 今度は私が、目を点にする番だった。

 土の価値? 何の話?


「この庭の美しさは、あくまで表面的なもの! その下に眠る、生命を育む大地そのものにこそ、真の可能性があるのだと!」


「お嬢様は、そう仰りたいのですね!?」


(言ってないわよ!?)


 何この人!

 私の言葉を、どういうフィルターを通して聞いているの!?


「わたくしはただ、遊び場が欲しいだけで……」


「なんと謙虚な……!」


 トーマスは、ぶるぶると感動に打ち震えている。


「遊び場、というのは隠れ蓑! きっとお嬢様は、この痩せた土地で、新たな農作物の栽培法を試そうとされているに違いない!」


「このトーマス、お嬢様の深遠なるお考え、しかと受け取りましたぞ!」


(だから違うんだってば!)


 私のツッコミは、またしても心の中だけで空しく響いた。


 ◇


 それからのトーマスの行動は、早かった。

 彼は庭師たちを総動員し、庭の一角をものすごい勢いで耕し始めたのだ。


 もちろん、私はただの遊び場が欲しかっただけなので、具体的な指示など出せるはずもない。

 だから、前世で聞きかじった、家庭菜園レベルの知識を適当に並べ立ててみた。


「こ、こっちの土は固いから、もっとふかふかにするのよ!」


「日当たりの良い場所と悪い場所で、植えるものを変えたらどうかしら?」


「同じものばかりじゃなくて、色々な種類を混ぜて植えなさい! その方が見た目も楽しいでしょう!」


 完全に、素人の思いつきだ。

 悪役令嬢として、庭師をめちゃくちゃに振り回して困らせてやろう、という魂胆だった。


 しかし、トーマスたちは、私の言葉をまるで神託のように受け取った。


「土壌の改良! さすがお嬢様!」


「日照条件に合わせた作物の選定! なんという慧眼!」


「コンパニオンプランツの概念をご存じとは! まさに天才!」


 彼らは私の適当な指示を、なぜか最新の農法として解釈し、見事に体系化してしまったのだ。


 そして、数週間後。


「旦那様! 大変です!」


 私がすっかり庭のことを忘れかけていた頃、トーマスが血相を変えてお父様の執務室に飛び込んできた。


「エリーゼお嬢様の『実験農園』から、とんでもないものが……!」


 ◇


 トーマスに連れられて庭に出た私とお父様は、目の前の光景に絶句した。


 そこには、私が知っている家庭菜園とは、まったくの別物が広がっていた。


 一つ一つが、ありえないほど大きく、瑞々しい野菜たち。

 宝石のように輝く果物。

 嗅いだことのない、芳醇な香りを放つハーブ。


 明らかに、普通の畑ではありえない、異常なほどの豊作だった。


「……エリーゼ」


 お父様が、震える声で私を見た。

 その目は、昨日までの溺愛とは違う、畏敬の念すら含んでいる。


「お前は……一体、何者なんだ?」


「わ、わたくしは、ただの悪役令嬢で……」


「悪役令嬢が、飢饉に苦しむ一地方を救えるほどの、革新的な農業技術を生み出せるというのか!?」


(え、そんなすごいことになってるの!?)


 どうやら私の「わがまま」は、ローゼンシュタイン領の農業を根底から覆すほどの、とんでもない内政チートになってしまったらしい。


「素晴らしい! さすがは私の娘だ!」


 お父様は、私の小さな体を軽々と抱き上げ、高らかに笑った。


「お前の名は、今日この日から領民たちの間で、”豊穣の聖女”として語り継がれることになるだろう!」


(せ、聖女……!?)


 悪役令嬢を目指していたはずが、なぜか聖女にジョブチェンジしてしまった。


 私の計画は、またしても、私の意図とは真逆の方向へと、暴走を始めたのだった。

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