第17話「悪役令嬢、試される」
(来た来た来た来たァ!)
私は、内心で歓喜のガッツポーズを繰り返していた。目の前に座る完璧超人ヒーロー、クラウス・フォン・シュミット。そのアイスブルーの瞳が、私を射抜くように見つめている。
間違いないわ。あの目には、これっぽっちの好意も、信頼も、宿っていない。あるのは、冷徹なまでの疑念と、値踏みするような侮蔑の色だけ。
(最高じゃないの!)
私の家族や領民たちとは、わけが違う。彼になら、きっと私の本当の邪悪さ(を目指している心)が伝わるはず!
さあ、いらっしゃい! あなたのその正義の刃で、わたくしの化けの皮を剥がしてみせなさいな!
そんな私の心の叫びを知ってか知らずか、クラウスは、家族の謎フォローによって生まれた和やか(?)な空気を、その冷たい声で一刀両断した。
「公爵閣下。失礼ながら、噂の真偽を確かめるのが、殿下より拝命した我が任務です」
「いくつか、エリーゼ嬢ご本人にお尋ねしたいことがございます」
「おお、もちろんだとも! なんなりと聞いてくれたまえ!」
お父様は、娘の優秀さを披露できるとあって、上機嫌だ。
(お父様、ごめんなさいね。あなたの期待は、今から木っ端微塵に打ち砕かれるのですから!)
クラウスは、その氷のような視線を、再び私に向けた。
「エリーゼ嬢。巷では、あなたを”聖女”や”女神”と呼ぶ声があると聞く。その知性は、国政を左右するほどだと」
「……それが、なにかしら?」
私は、わざと退屈そうに、爪を眺めながら答えてやった。
(いいわよ、いいわよ、その冷たい目! もっとわたくしを疑いなさい! あなたのその疑念、わたくしが確信に変えてさしあげますわ!)
「では、お尋ねする」
クラウスは、試すように、挑むように、私に問いを投げかけた。
「為政者が、国の平和を永続させるために、最も重要視すべきことは何だとお考えかな?」
(……で、出たわー! 子供にするとは思えない、超絶意地悪な質問!)
五歳児に、国の統治論を語れですって? 普通の子供なら、泣き出してしまってもおかしくないわ。
だが、今のわたくしにとっては、これ以上ない最高のパス!
(よし、ここで、最高に愚かで、自己中心的で、性悪な答えを返してやればいいのよ!)
国の平和? そんなもの、悪役令嬢の知ったことではないわ。
わたくしが一番大事なのは、わたくし自身の欲望だけ!
考えろ、わたくし! 最高に頭の悪い答えを!
そうだわ、食べ物のことしか頭にない、愚かな子供を演じればいいのよ!
私は、にんまりと口の端を吊り上げると、自信満々に答えた。
「そんなの、決まっていますわ」
「毎日、国民全員に、甘くて美味しいお菓子を配ることよ!」
「そうすれば、皆、文句も言わずに、静かになるでしょう?」
どうだ! この、為政者にあるまじき、思考停止したかのような、愚かな答え!
民を、お菓子で黙らせる家畜程度にしか考えていない、この傲慢さ!
これには、あの正義感の塊も、きっと「この国は終わりだ」と絶望するに違いないわ! さあ、軽蔑の眼差しを、わたくしに!
しかし。
「……なんと」
クラウスは、私の答えに、一瞬、息を呑んだ。そのアイスブルーの瞳が、驚愕に見開かれている。
(……え? なんで驚いてるの? 呆れてるんじゃなくて?)
私の困惑をよそに、隣に座っていたお父様が、ポン、と膝を打った。
「おお! エリーゼ! お前は、もうそこまで理解していたのか!」
「え?」
「『甘くて美味しいお菓子』、それはつまり、民衆の生活の安定、最低限の幸福の保障を意味するのだな!」
「そうだ! 為政者の最も重要な務めは、民を飢えさせず、ささやかな幸せを与えること!」
「それこそが、不満の芽を摘み、国の安寧を築く礎となるのだ!」
(……はああああ!?)
お菓子が、最低限の幸福の保障!? なんで、そんな壮大な話に飛躍するのよ!
わたくしはただ、お菓子が食べたいだけの、食いしん坊な悪役令嬢を演じただけですのに!
「まあ、エリーゼ。パンがなければお菓子を食べればいい、という、故事の本質を理解しているのね。素晴らしいですわ」
「そうだね。小難しい理想論を語るより、まずは民の腹を満たせ、か。実に、本質を突いた答えだ」
お母様とお兄様まで、感心したように頷いている。
(違う! 違うのよ! わたくしはただ、甘いものが食べたかっただけなの!)
私の心の絶叫は、誰にも届かない。
私は、恐る恐る、再びクラウスの顔を盗み見た。彼は、先ほどの冷徹な表情はどこへやら、何か信じがたいものを見たかのように、呆然と私を見つめている。
その瞳に宿るのは、もはや軽蔑や疑念ではなかった。それは、理解を超えた存在に対する、畏怖と、そして……ほんのわずかな、興味の色。
(……あれ? おかしいわね?)
私の悪役令嬢計画、またしても、とんでもなく嫌な方向に、舵を切ってしまった気がする。




