第14話「天才、暴走する」
(……もう、どうすればいいのよ……)
私は自室のソファで、完全に燃え尽きていた。
机の上には、王家からの夜会への招待状。
そして、私の脳裏には、狂信的な光を宿した瞳で「我が女神!」と叫ぶ、忠実すぎる従者の姿が焼き付いて離れない。
(嫌われるためにやったことが、全部裏目に出てるじゃない!)
(聖女だの女神だの、あだ名だけが増えていって……わたくしの悪役令嬢ポイント、今、絶対マイナスに振り切れてるわよ!)
もう、いっそ全てを投げ出して、部屋に引きこもってしまいたい。
そうすれば、誰もわたくしに関わらなくなるはず……。
そんな、私のささやかな希望を打ち砕くように、部屋のドアがとんでもない勢いで、バーン!と開かれた。
「お嬢様ァァァァァ!」
「ひっ!?」
そこに立っていたのは、私の家庭教師、アルフレッドだった。
以前会った時よりも、さらにボサボサになった髪。目の下の隈は、もはや隈というより黒いゴーグルのようだ。
しかし、その眼鏡の奥の瞳は、星のように、いや、超新星爆発のように、ギラギラと輝いていた。
「な、なんですの、アルフレッド! ノックもなしに入るなんて、無礼ですわよ!」
(よし、今の、ちょっと悪役令嬢っぽかったんじゃない?)
しかし、今の私に怯えるアルフレッドではなかった。
彼は、分厚い書類の束を抱えて、ずかずかと部屋に入ってくると、私の目の前のテーブルにそれを叩きつけた。
「お嬢様! できました! ついに、理論が完成したのです!」
「は、はあ……」
「全ては、あの日、お嬢様が私に与えてくださった、あの天啓のおかげ!」
(天啓……? ああ、パンの値段がどうとかいう、あの面倒くさい質問のことかしら)
私がうんざりしているのもお構いなしに、アルフレッドは興奮で唾を飛ばしながら、捲し立て始めた。
「『需要と供給』! あの概念を魔力に応用した結果、私はついに『魔力偏在の法則性における可逆的情報伝達理論』を完成させたのです!」
「これにより、魔力子に直接情報をエンコードし、空間を介さず対象に転送することが可能に……!」
(……だめだわ、何を言っているのか、一ミリも分からない)
私が完全に置いてけぼりを食らっていると、アルフレッドは懐から、手のひらに乗るほどの小さな水晶玉を取り出した。
「これをご覧ください!」
彼が水晶玉に魔力を込めると、ふわり、と空中に小さな光の窓が浮かび上がった。
そして、そこには……。
「……これは、庭の薔薇?」
そう、光の窓には、庭園に咲いている薔薇の花が、リアルタイムで映し出されていたのだ。
「その通りでございます! これは、私が開発した『千里眼の水晶』の試作品!」
「従来の大規模な中継設備を必要とせず、単体で遠隔地の情報を取得できる、画期的な魔道具です!」
(……え、なにこれ、すごい便利じゃない?)
前世で言うところの、超小型監視カメラみたいなものだろうか。
「素晴らしいでしょう! これも全て、お嬢様の『なぜ?』という、万物の根源を探求する、その気高い知性のおかげなのです!」
「ああ、エリーゼお嬢様! あなた様こそ、我が”知の女神ミネルヴァ”の化身にございます!」
アルフレッドは、その場にがくりと膝をつくと、祈るように私を見上げた。
(また女神が増えたわ……しかも、具体的な名前付きで……)
私は、なんとかしてこの狂信的な天才をいなし、この発明を自分の手柄ではないと否定しなければならない。
そうだわ、ケチをつければいいのよ!
「……ふん。大したことありませんわね」
「な、なんと!?」
「こんな小さなもの、わたくし、すぐに無くしてしまいますわ」
「それに、この水晶の色も気に入りませんわね。もっと、こう……情熱的な色にはできませんの?」
どうだ!
世紀の大発明に対する、このしょうもない言い掛かり!
これには、さすがのアルフレッドも呆れて……。
「……はっ!」
彼は、雷に打たれたかのように、目を見開いた。
「な、なるほど……! そういうことでしたか!」
「え?」
「『小さい』、それはつまり、これが”完成品”ではなく、様々な魔道具に組み込むための”コアユニット”に過ぎないということを示唆されているのですね!?」
「そして、『情熱的な色』……! まさか! 特定の波長の光、つまりは赤色光を使うことで、魔力情報への干渉を防ぎ、通信の秘匿性を高めよと!?」
(……言ってないわよ、そんな難しいこと!)
私の適当なケチは、なぜか彼の頭の中で、超絶高度な改良案へと変換されてしまったらしい。
「さすがです! さすがはお嬢様! 私の浅はかな考えなど、全てお見通しだったのですね!」
「このアルフレッド、感動で打ち震えております!」
彼は、涙ながらに私の足元にすがりつくと、震える手で一枚の羊皮紙を差し出した。
そこには、「特許譲渡契約書」と書かれていた。
「お嬢様! この発明に関する、全ての権利を、あなた様に献上いたします!」
「いえ、させてください! この栄光は、全てあなた様のものなのですから!」
(いらないわよ! そんなもの!)
私の心の絶叫は、またしても、この狂気の天才には届かなかった。




