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第13話「従者、忠誠を誓う」

 ローゼンシュタイン公爵家に仕える騎士見習いたちが集う、朝の訓練場。

 木剣がぶつかり合う甲高い音と、少年たちの荒い息遣いが、朝の冷たい空気を震わせていた。


「そこまで!」

 教官の鋭い声が響き、少年たちは一斉に動きを止める。

 その中心で、一人、圧倒的な強さを見せつけていた少年がいた。

 燃えるような赤い髪を持つ、フェリックス・マーテルだ。


「またフェリックスの勝ちか」

「ああ、最近のあいつは、まるで別人だ」

 周りの見習いたちが、畏敬と少しの嫉妬が混じった声で囁き合う。

 ここ数ヶ月、フェリックスの実力は、まさにうなぎ登りだった。

 以前の彼は、決して弱いわけではなかったが、ここまで突出した存在ではなかったはずだ。


「フェリックス」

 教官が、訝しげな目で彼に問いかける。

「貴様の剣、マーテル家流とは、少し型が違うように見えるが……一体どこでその動きを習った?」

 フェリックスの剣術は、奇妙だった。

 騎士の剣術にあるまじき、最小限の動き。

 まるで、体の軸を全くぶらさずに、手足だけがしなやかに伸びてくるような、異質な剣筋。

 だが、その一撃は、重く、速く、そして何より効率的だった。


 問いかけに対し、フェリックスは誇らしげに胸を張った。

「はい! これは、我が主、エリーゼお嬢様より直々に御指南いただいた、新たなる剣技にございます!」

「……お嬢様から、だと?」

 教官も、周りの少年たちも、一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。

 あの、聖女とも女神とも噂される、まだ五歳のご令嬢から? 剣を?

 冗談だろう、と誰もが思った。


「信じられない、というお顔ですな」

 フェリックスは、ふっと笑みを漏らす。

「ですが、これがお嬢様の”深淵”なのです」

(あの日、お嬢様が示してくださった、あの神速の太刀筋……)

 フェリックスの脳裏には、エリーゼがデタラメに木剣を振るっていた光景が、スローモーションで再生されていた。

(常人には、ただの素振りにしか見えなかったかもしれない。だが、俺の目にははっきりと見えた! あの動きに秘められた、究極の合理性が!)


 彼は、あの日からずっと、エリーゼの動きを研究し、反復し、自分なりに体系化してきたのだ。

 そして、ついにその一端を、己の技として昇華させることに成功したのである。


「お嬢様の御名は、いずれ”剣の女神”として、大陸全土に轟くことになるでしょう!」

 フェリックスは、天を仰ぎ、高らかに宣言した。

 その狂信的なまでの瞳を見て、もはや誰も、彼をからかうことはできなかった。



 その日の午後、私は自室で静かにお茶を飲んでいた。

 王家からの夜会への招待状は、机の上に置かれたままだ。


(どうすれば、行かずに済むかしら……)

 仮病を使う? いや、すぐに侍医が呼ばれて嘘がバレるわ。

 いっそ、何か問題を起こして謹慎処分に……いや、それもどうせ美談に変換されるに決まっている。

 八方塞がりの状況に、深いため息をついた、その時だった。


 コンコン、と力強いノックが響き、許可を待たずにフェリックスが部屋に入ってきた。

 その目は、朝の訓練の時とは比べ物にならないほど、爛々と輝いている。


「お嬢様!」

 彼は、私の前に進み出ると、その場に恭しく跪いた。

 そして、騎士が主君に誓いを立てる、最も格式の高い礼を取った。


「……なんですの、急に。したたかに頭でも打ったのかしら?」

「いいえ! 俺は、今、かつてないほど正気です!」

 フェリックスは、顔を上げ、真っ直ぐに私を見つめた。

「本日、俺は、お嬢様より賜りし剣技の一端を、ついに体得いたしました!」

「そのおかげで、騎士団の誰よりも、強くなることができました!」


(……なんですって?)

 私が適当に振り回した、あの剣道もどきのこと?

 あれを、本気で研究してたっていうの?


「この御恩、万死に値します!」

「このフェリックス・マーテル、今日この日より、我が剣のすべてを、エリーゼお嬢様に捧げることを誓います!」

「我が主は、あなた様お一人。我が女神もまた、あなた様ただお一人のみ!」


 彼の忠誠心は、ついに限界点を突破し、信仰の域へと達してしまったようだった。

 私の最初の騎士なってしまったは、こうして、誰よりも熱烈な信者として、爆誕したのである。


(……もう、本当に、どうすればいいのよ……)

 私の周りには、まともな人間が、一人もいなくなっていく気がした。

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