第8話:朝の惨劇、もちのゲロ大運動会
――それはある静かな朝、いや、まだ夜と言ってもいい午前4時に起こった。
【みのり視点】
「んん……うぅ……さむ……」
もそもそと毛布をかぶり直しながら、寝返りを打とうとしたその瞬間。
「カッ……カッ……カッ……」
え、何その音?
耳が覚えてる。目覚ましより正確に私を飛び起こす、あの“音”。
「ちょっ、まって、もち!?それ今、吐くやつじゃない!?待って待って待って、やめてーーー!」
跳ね起きた私は、薄暗い室内を見回した。
そして見つけた。そこにいた。
もち。うちの愛猫。
ちっこいくせに生命力だけは無駄に強い、雑種の白黒モフ毛玉。
その毛玉が、いま、喉を振り絞るようにゲロの予兆を奏でていた。
「カッ……カッ……カッ……ゲボッ!!」
「ぎゃああああああああ!!!やっぱり布団の上ぃぃぃぃ!!!!!」
【もち視点】
吾輩、昨夜のカリカリがなんか変だった気がするにゃ。
いや、悪くはなかったけど、ちょっと調子に乗って食べすぎたのかにゃ……?
それが、こんな事態になるとはにゃあ。
「カッ……カッ……ゲボォ!」
……出たにゃ。全部、出たにゃ。
ふぅ。すっきり……にゃ?
って、ご主人様が白目むいてるにゃ!?
なぜにゃ!?布団が温かかったから、そこ選んだのににゃ!?
「にゃー!(吾輩、悪くないにゃ!)」
【みのり視点】
悪びれもせず、「出したったにゃ」って顔してるんだけど!?
いくら可愛くても今だけは許さんぞ、もちぃぃぃ!
しかし、神は更なる試練を私に与えた。
「カッ……カッ……」
――あれ、第二波来てない?
「ねえ嘘でしょ!?もっち!もう一発くるの!?それはフローリングにお願いしまぁぁす!」
「にゃっ!?(急かすにゃー!?わからんにゃー!)」
【もち視点】
なんか怒ってる!?でも吾輩も必死にゃ!
次がくる!でも場所がわからにゃい!
ふわふわの上はだめ?
でも、にゃにゃ!?こっち行けと指示されてるにゃ!?
「ゲロはこっちー!!フローリングなら拭けるからー!!」
「にゃにゃにゃー!(パニックにゃー!)」
夜明け前のアパートで繰り広げられる、吐きたい猫と誘導する女の鬼ごっこ。
――誰が想像しただろう、OLと猫の共同生活が、
こんな“スリリングな”夜明けを迎えるとは。
【みのり視点】
やっとのことで、もちを床に誘導。
第二波を、奇跡的にフローリングで受け止めた私は、すでに瀕死。
「ゲボォ……ふぅ……」
もちも、出すもん出しきって、なんかしょんぼりしてる。
そのまま、ぺたんと座り込んで、
私のことを、ちょこんと上目遣いで見つめて――
「にゃ……(おわびにゃ)」
「……ずるい、それはずるい……!」
怒りがふわぁっと消えていく。
怒る気持ちより、心配の方が大きくなる。
もち、大丈夫?どこか痛くない?お腹こわした?
「ごめんね、大声出して……」
そのままもちが、とことこ膝に乗ってきて、
ちょこんと座って、丸くなった。
「にゃぁ……(許してにゃ……)」
思わず、ぎゅっと抱きしめる。
「もう……仕方ないなぁ……もち……でもさ」
私は小さく笑った。
「次からは、吐くならフローリングでお願いね?」
「にゃっ。(善処するにゃ!)」
【もち視点】
吾輩、反省したにゃ。
あれは布団の上でするもんじゃないにゃ。
次は気をつけるにゃ……多分にゃ。
それより、ご主人様、ずっと吾輩のこと心配してたにゃ。
怒ってたけど、泣きそうな顔もしてたにゃ。
吾輩、ちゃんとわかってるにゃ。
だから、そっと寄り添うにゃ。
ちょっと毛はつくけど、それが吾輩の愛にゃ。
「にゃぁ……(でも、ごはんは減らさないでほしいにゃ……)」
次回予告
第9話:吾輩、キャットタワーの頂に立つ
狭いアパートに突如届いた巨大キャットタワー! ご主人様の家計がピンチ!? それでもてっぺんを目指す吾輩の野望、いま始まる!