第7話:ご主人様、もちの抜け毛に絶望する。
【みのり視点】
「……ふぇ?……ふわぁ……おはよ、もち……」
いつものように眠い目をこすりながら起きた朝。
毛布の端に、ふわふわと白い“なにか”がくっついていた。
それは、もちの抜け毛だった。
「……あれ……?」
寝ぼけていた頭が、少しずつ現実を認識していく。
枕の周りにも、
パジャマの胸元にも、
布団の上にも、
白い毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛毛――!!
「ふぉああああああああ!?!?」
朝から奇声を上げて跳ね起きるOL、ここに爆誕。
いや、マジで白い!どこもかしこも白い!
「もちーっ!? ちょっ、抜け毛やばすぎでしょっ!?」
【もち視点】
ふわあ……今日も平和にゃ……。
ご主人様の布団の上は、実に落ち着く寝床である。
特に最近はポカポカしているから、吾輩、昼夜問わずモフモフ全開である。
……だが。
「もちーっ!? 顔も服も、部屋も全部もちの毛だよっ!? お風呂上がりの体に貼りついてきて地獄なんですけど!?」
にゃ。
どうやら、ご主人様が“換毛期”という季節のことを知らなかったらしい。
そう、吾輩はいま、春の衣替え中にゃ。
冬に蓄えたもふもふを脱ぎ捨て、軽やかな夏毛になるため、全力で毛をばら撒いているのにゃ。
それが猫の宿命――!
「このままじゃ服にコロコロが追いつかないよ……会社のスーツ着られないし……てか、今朝の味噌汁に白いの浮いてたし……」
ふっ、ご主人。
それが猫と暮らすということにゃ。
【みのり視点】
“もち 抜け毛 対策”で検索した結果。
──「ブラッシングしましょう」
うん。そりゃそうだよね。
だって部屋の中が毛嵐なんだもん!
「よし、今日は!ブラッシングをする!爪切りよりはマシなはず!」
リビングの隅に新品のラバーブラシをスタンバイ。
そして、もちを呼ぶ。
「もち~♡ ほら~、ちゅ~るだよ~♡」
……我ながら姑息。
だが、これしか方法がない。
もちはちゅーるを見ると、本能で寄ってきてしまうのだ……!
「にゃぁ~ん(ちゅーるだにゃ~♡)」
来た!
ちゅーるをペロペロしてる間に背後に回り込み、
そっと、そっと、ブラシを背中にあてて……シュッ!
「にゃっ!? な、にゃにゃにゃっ!?」
もち、びっくりしてクルッと振り返る!
でも、攻撃じゃないってすぐ分かったのか、少し戸惑った顔。
「だいじょぶだよ~もち~、キレイにするだけだよ~」
首筋から背中、しっぽのつけ根まで、そっと撫でるように。
……すると。
毛!出る!出る!!出る!!!
「なにこれ!? こんなに毛が取れるの!? ……えっ、もち、これ……もう一匹分あるよ!?」
見ればブラシは真っ白。
これが、布団に、服に、味噌汁に舞ってたのか……。
「でも気持ちよさそうだねぇ……」
もちの顔を見ると、半分目を閉じてゴロゴロ言っている。
ご主人感動。
「……うちの子、ほんと天使だわ……」
【もち視点】
ブラッシング――
最初は警戒したが、これは悪くない。
背中のムズムズも取れるし、何よりご主人様がとても優しく撫でてくれる。
吾輩、うっとり。
「にゃ~……(もっとやるにゃ……)」
吾輩、ゴロゴロマシンと化す。
毛は抜けても、愛は増えていくにゃ。
◆その夜――静かな時間
リビングの隅、白い毛が積もった小さな袋と、
丸くなって眠るもち。
わたしは彼を見ながら、ふと口元がゆるんだ。
「もち、ありがとうね。毛だらけだけど……幸せだよ」
換毛期という試練は、
ちょっぴり大変だけど、
それでも一緒に暮らせることが、嬉しい。
「明日もいっぱい取るぞ~。コロコロも新しいの買ってくるからね!」
……そして深夜。
「にゃあ……(ご主人……)」
もちがそっと私の胸元に顔をうずめて、すやすやと眠り始めた。
服についた毛は、もうどうでもよくなった。
だってこの子がくれるぬくもりは、それ以上のものだから。
次回予告
第8話『朝の惨劇、もちのゲロ大運動会』
――早朝4時。部屋に響く謎の音……「カッ……カッ……ゲボォ!」。吐く、逃げる、追う、ご主人様の地獄の追いかけっこが幕を開ける――!