第6話:ぽんこつご主人、もちの爪切りに挑む
――我が家の平和は、たった一本の“白くて尖った武器”によって脅かされていた。
そう、猫爪である。
【みのり視点】
「いてぇぇえええっ!!」
月城みのり、25歳、OL。趣味はコンビニの新作スイーツチェック、特技は残業。
そんなわたしの足首に、今朝、一本の傷ができた。真っ赤で、ピリッとしみるやつ。
犯人は――
「……もちー……アンタ、爪、伸びてる……」
布団の上で丸くなる白猫。“もち”と名付けた我が家の王子様だ。
彼は無邪気に毛づくろいしているけど、前足には立派なフック型爪が……!
これは……もう見過ごせない。
「よし、今日は!ついに!“爪切り”やるからねっ!」
己の指を抑えながら宣言する。
だが、その時の私はまだ知らなかった。
――猫の爪切りが、こんなにも壮絶な戦いになるなんて。
【もち視点】
――あれは朝のことだったにゃ。
吾輩は、まだ眠っているご主人様の足元にいた。ふわふわで、ぬくくて、実に良い寝床。
でも、寝返りでうにゃっと動いたご主人様の足に、つい、爪がカツンと当たってしまった。
「いてぇぇぇっ!!!」
その直後、ご主人様が目を見開いて起き上がり、吾輩を抱きしめ――そして、こう言ったのだ。
「もち、爪切るよ……今日こそ……!」
……不穏にゃ。
この人、トイレ砂も間違えて“木製チップ”買ったし、餌皿もなぜか二個買ったし、
極めつけは自分で買ったキャットタワーの組み立てを途中で諦めたようなポンコツにゃのに。
そんな者が吾輩の爪を切ると……?
爪だけじゃ済まない気がするにゃ!!
吾輩、警戒モード全開!!
【みのり視点】
午後二時。
Amazonで“初心者用猫爪切りセット”を注文し、昨日届いた箱を開けた。
中には、ピンクの小さなハサミと、なぜか“おやつで気をそらそう作戦”用のチュールも同梱されている。
よし。作戦はこうだ。
『作戦:ちゅ~るトラップ』
もちをひざに乗せる
チュールで油断させる
前足をそっと握る
爪をチョキチョキ……で完了!
「ふふふ……完璧……」
いざ、もち、捕獲!!
「もち~、おいで~。ほら、チュールだよ~♡」
【もち視点】
……吾輩、完全に見透かしてるにゃ。
その声の裏にある企みを。
だが、チュールには抗えぬ。なにせあれは、猫界最強のうまうま。
「にゃーん……(ちゅーる、ちゅーる……♡)」
トテトテと近づき、ぺろり。
……しかしその瞬間、ご主人様の手が前足をつかんだ。
「にゃぬっ!!」
ギリギリで逃走!部屋の隅へジャンプ!!
「まって、もちー!? いま、いま切らせてよ~!」
その後の20分、ボロアパートは戦場となった。
家具の隙間に逃げ込む吾輩。
チュールで釣ろうとするご主人様。
隙あらばバスタオルで包もうとするが、吾輩、華麗にスルー。
一進一退の攻防が続いた。
【みのり視点】
「……はあ、はあ……もち……つ、疲れた……」
気がつけば、部屋の中央でバテているわたし。
その向こうで、タンスの上からこちらを見下ろすもち。
目が言っている。
《未熟者め、にゃ》
くっ……!
でも、このままじゃ足が傷だらけになる……!
ここで、閃いた。
「……もち、寝てるときならワンチャン……!」
◆夜――そして奇跡の一歩
時刻は午後11時半。
もち、爆睡中。
お腹を上にして、へそ天ポーズでぐーぐーいってる。
今しかない。
わたしは息を潜めて近づき、爪切りをそっと取り出す。
「よし……前足……そぉ~っと……」
ぷにぷにの肉球を押すと、小さな白い爪がにゅっと顔を出した。
「ここか……これが戦争の火種……!」
慎重に、パチン。
もち、少しだけ動く。でも……起きない!!
「いける……!次……!」
パチン。パチン。
そして――
「やった……!両前足……成功!」
感動して、涙出そう。
だが、次の瞬間。
「にゃーーーーー!!」
もち、跳ね起きて逃走!!!
後ろ足は無事だったけど、今日はここまで。
「……でも……やったよ私……!」
こぶしを握る。これは確実な一歩だった。
【もち視点】(深夜)
吾輩は、ふと目が覚めた。
……あれ?なんか……爪が、軽い。
「にゃ……?」
まさか……!この寝てる間に……!!
「……ご主人、やるにゃ……!」
悔しいが、一本取られたにゃ。
でも、なんだかスッキリして歩きやすい。
吾輩は、ご主人様のそばにトテトテと歩いていき――
すやすや寝ているその顔に、そっと額をこすりつけた。
「にゃ……(次は、負けないにゃ)」
その夜、吾輩は夢の中で爪切りから逃げる大冒険を繰り広げていたにゃ。
次回予告
第八話『ご主人様、もちの抜け毛に絶望する。』
――白い毛、毛、毛毛毛毛毛!着る服すべてが白くなる。もちの“換毛期”という名のテロが、ご主人様の平穏を揺るがす――!