第4話:お風呂場パニック編
~吾輩、風呂場という魔境に沈む~
吾輩の名前は、もちである。
白くてまるくて、もちもちしているから「もち」。
――これは、吾輩がそう名付けられる、ほんのすこし前の話にゃ。
その日、ご主人様は朝から妙に上機嫌だった。
「今日こそは……あったかいお風呂に入ってやる……!」
と、拳を握って仁王立ち。正直、その姿はかなりキマってなかった。
なぜなら寝癖が右だけでスパーンとはねてて、しかも、Tシャツ後ろ前に着てたにゃ。
「ふふふ……残業終わったし、洗剤あるし、今日は……風呂を、ためるッ!」
ご主人様は決意を胸に、あの白くて謎めいた扉の向こうへ消えていった。
そう、そこは――バスルーム。猫にとっては、未知の領域にゃ。
吾輩はふと思った。
「ご主人様、あそこで何してるにゃ?」
「ぬくぬくの音が聞こえるにゃ……」
「いい匂いするにゃ……」
気がつけば、吾輩の足は自然とそっちに向かっていた。
あの白い扉、ちょっと開いてた。吾輩、ぬるりと潜入に成功。
そこは――もくもくの湯気、ぴかぴかのタイル、そして――
「ふはあ~♡ 生き返る~~♡」
泡だらけで風呂に浸かるご主人様がいた。
目を閉じてニッコニコしてるご主人様を見て、吾輩は思った。
あれは、楽園にゃ……。
湯気の誘惑に負けた吾輩は、浴槽のフチにちょこんと前足をかけた。
「……ちょっとだけ。前足だけ入れてみるにゃ。」
ちょぽん。
……あったかい。天国。
この世にこんな極楽があるとは……!
「もうちょっとだけ……!」
そう思った瞬間――
ずるっっっ!!
「にゃああああああああああああっっっ!!!!」
吾輩、フチで足を滑らせ、豪快にダイブ!
どっぼーん!!
熱い!いや、あったかい?いや、泡ァァアアア!!目ェしみるぅぅ!!
湯の中でばちゃばちゃ暴れる吾輩。ご主人様が目を開けて、絶叫。
「もーーーちィィィィィィィィ!?!?!?!?なんで!?!?!?なんで入ってきたのぉぉぉぉ!!!??」
泡まみれの阿鼻叫喚が風呂場に響く。
ご主人様は慌てて立ち上がろうとして滑り、吾輩はその肩にしがみつこうとしてバランス崩して――
「ぐああああああ!?もち、爪っ!そこっ!痛ァァァ!!!」
ご主人様と吾輩、バスルームで大混乱の舞。
泡は飛び、床は水浸し、もう誰も止められない。
「ひええええええええ!?やめてぇえええ、シャンプー口に入ったァァァ!」
「にゃおおおおおおおおおお!!!!(助けるにゃあああああ)」
最終的に、ご主人様がバスタオルで吾輩をぐるぐる巻きにして捕獲。
びしょぬれのまま、ぜーぜー言いながらリビングに戻る。
「……はぁ。もち……お前、なんで風呂に飛び込んできたの……?」
吾輩はタオルの中で、こくりと首を傾けた。
正直、理由はわからない。ただ――ご主人様が楽しそうだったから、入ってみたかったのにゃ。
「……ふふ、泡だらけでももちもちだったな……うん、やっぱり“もち”だよね……」
ご主人様の手が、吾輩の頭をそっと撫でた。
そのぬくもりと笑顔に包まれながら、吾輩ははじめての“名前”を、胸の奥に刻んだにゃ。
吾輩の名前は、もち。今日から、正式にも、もちなのにゃ。