第3話:もちのトイレ大冒険編
吾輩は猫である。
名前はもち。
生後おそらく一ヶ月とちょっと。お腹の調子も良くなり、体もほんのりふっくらしてきた。
そして今日は、ついに――
人生初の猫トイレ体験の日なのである!!(ドララララァン!)
……だが、それは、地獄の入口でもあった。
「もち、ほら。こっちだよ~、こっちにちっちするの~」
ご主人が、なにやら白い粒々の箱を指差してにこにこしている。
吾輩はそれを「トイレ」と呼ばれても、ピンとこなかった。
いや、正直に言うと、最初は――
「えっ、これ、砂場じゃん!遊んでいいの!?」
と、完全に勘違いしていた。
ざっざっざっざっ!!!
テンション爆上がりで砂をかきまくる吾輩。
顔はニヤけ、しっぽはぶんぶん。
「わあっ!? や、やめてもちぃぃ!! あっちこっち飛び散ってるってば!」
ご主人、悲鳴。
砂、床に散乱。
ミニ掃除機が早くも召喚される。
「そっちじゃないの!違うの!えーとね……説明が難しいんだけど……そこに“する”の!遊ぶ場所じゃないのぉおお!!」
にゃあ?
ますます混乱する吾輩。
とりあえずまた掘ってみる。掘って掘って掘って……埋蔵金探しレベル。
「いや、もち……出してないのに埋めようとしないで!? それ逆なの、順番!」
完全に理解が追いつかない。
ご主人の焦った顔は、まるで某バラエティ番組の罰ゲームコーナーのようだった。
それから数分後。
ようやく、「しゃがんで用を足す→砂をかける」という一連の流れを理解した吾輩。
「……もち、天才かも……!!」
しっぽをぶんぶん振る吾輩に、ご主人はうるうると目を潤ませる。
「これで、もう……床に粗相される心配もない……!お布団にされたらと思って昨日寝る前に3回祈ったけど……!」
よしよしと撫でてくれるその手が、あったかい。
でも……この瞬間が、嵐の前の静けさだった。
そして、事件は起こった。
夕方――吾輩は、ふたたび用を足そうと砂場へ向かった。
昨日の復習もバッチリ。
自信満々にザッザと砂を掘って……しゃがんだ。
ところが。
「ぎにゃああああああああ!!!」
一瞬、下腹部に冷たい感触!!
「え!? もち!? え、ちょ、どうしたのもち!?」
あわててご主人が駆け寄る。
そう――その正体は、ヒヤッと冷えた砂の下のプラスチック板。
この季節、ボロアパートの室温は低く、床は冷たい。
その影響で、トイレの底が完全に冷蔵庫のようになっていたのだ!
驚いた吾輩は、トイレからスライディング脱出。
ご主人の足元で転がるように震えた。
「え、冷たかった!? もしかして底冷え!? ごめん、マット敷くの忘れてたぁぁ……!」
急いでトイレの下にクッションマットをセットし、ご主人は震える吾輩をふわふわのブランケットで包んでくれた。
「もぉ~~、おトイレって一筋縄じゃいかないね……私も人間用トイレでスリッパ滑ってコケたことあるから、分かるよ……」
たぶんそれとは違う気がするけど、うん、気持ちは分かる。
その夜。
無事に再挑戦を終えた吾輩は、ご主人の膝で丸くなった。
「もち……えらいねぇ。今日もいっぱい頑張ったね」
にゃあ。
「……それにしても、あんな勢いよく飛び出すとは……しかも砂で部屋が砂浜になりかけたし……」
吾輩は、すやぁと寝息を立てながらこう思った。
――人間も、猫も、トイレの修羅場は避けられぬ。
だが今日も、吾輩は一歩、成長したのである。