妄想の始まり
俺は学校の窓から差し込む朝日を浴びながら、自家製のお茶入りのペットボトルを鞄から取り出した。
お茶を飲むと、コーヒの味がした。間違えて持って来てしまった。
砂糖もないし、味は諦め匂いを味わうか。
大人になったようだ。周りの景色がホテルのラウンジに見えて来た。
椅子が高級な黒い椅子に変わった。
俺の妄想の力、異次元レベルの高さ。鼻をついて香ばしい匂いが、身体中に染み渡る。
この幸せな学校生活を守る為、松岡に完璧な対策を練った。鞄にしまってある、自己防衛グッズ最強のスタンガン。
やつの苦しむ顔が目に浮かぶぜ。来るなら来い…俺のサンダーブレイクガンが、火を吹くぜ。
いや、雷か? どっちでも変わりはしない。
放課後のチャイムが鳴った。
松岡さんよ、俺を追い込んだつもりか?
追い込まれたのは貴様の方だぜ。
鞄を持ち上げ、広げると中身が違った。名前を確認すると七瀬かりんと書かれていた。
あのバカ! 七瀬のやつ…俺の鞄また間違えて持って行きやがった! 2回目だぞ!
腹立ちが募ったが、すぐに天然だと呆れる気持ちが上回った。
一旦落ち着け。椅子に座って深呼吸。その瞬間、突然誰かに肩を叩かれた。
七瀬が鞄の間違いに気がついたのだと思い、後ろを振り向くと松岡が親しみを感じる笑顔で立っていた。目は瞬きせず俺を見据えていた。
「いよ〜神崎ちゃ〜ん。俺とデートしない?」
する訳ないだろ。何がデートだよ。
「おい、返事は? 言っとくが拒否権なんかねーぞ。」
「はい…喜んで!」
本当にこの方中学生? あの…高校と間違えてませんか?
「良し良い返事だ。おい、お前ら行くってよ。」
松岡の背後に2人、人相の大変お悪い方が2人、ニヤリとした表情を浮かべながら俺に近づいて来た。
3人だと? それデートじゃないよね。
いや、問題はそこじゃない。どうやってこの場を切り抜けるか?
これはもう学校には手に負えない……警察だ。スマホで警察に助けを求めよう!
駄目だ。俺のスマホ七瀬の鞄の中だ。
「行くぞ。おい神崎、明日から学校これるといいな? まぁ無理だろうがな。」
俺は背筋が凍った。恐怖で返事をするしか気力がない。
「はい…」
絶望した。俺は被害者神崎として、全国ニュースに載ってしまう。
やむを得ない。先生が来ることを祈り、牛歩戦術と行こうか。
「おい、いつまでノロノロしてやがる。お前が先行くんだよ。」
「あの、足が痺れてて先行っててください。」
我ながら名案だが、きっとやつは言うだろう。知らねーよ、早く行けと。
「知るかよ、早く行け。」
80%の当たりだ。予言者だな。しかし、無駄な予想だ。俺はため息を吐いた。
恐怖で頭が真っ白になり、良い考えが浮かばない。
目の前の教室のドアを呆然と見ると、そこに影が映っていた。
「おい、神崎! 七瀬から連絡があったぞ。お前の鞄間違えたから、困ってるかもしれないとだと。」
先生が息を切らして俺に伝えた。
キター! 救世主現る。その名はえーと、この先生の名前なんだっけ?
先生に助けを求める。察しろ、こいつの極悪人顔を! この前呼び付けたんだから分かるだろ。俺が言うと怒りを買って他の2人にやられる。
「松岡。叱ったばかりなのにまた、神崎に危害加えようとしてるな?」
先生、察しよすぎ。
大好きちゅちゅ。これが女の先生なら胸に埋もれる妄想したのだが。
先生が、松岡やその仲間たちの名前を呼んで、職員室に来るように強く伝えた。
俺の恐ろしさ思い知ったか!
鬼の様な形相で俺を睨んでいた松岡達。
無駄な睨みつけだ。ただ、俺が勝手に腰を抜かしただけだ。
しばらくその場から動けず。
「おーい、神崎君!」
顔を呼びかけられた方に向くと、七瀬が手を振る。俺の状態に気がついて、不思議そうに指を頬に当てて心配そうに呼びかける。
「なに尻餅ついてるの?」
「七瀬……おんぶ。」
「無理ですけど?」
七瀬……おんぶ。」
「無理ですけど?」
それはそうだな。良いよと言われたら、最高だが、世の中そんなに甘くない。
倒れた理由を説明するか迷った。結局彼女に心配させまいと、黙っていた。
彼女に腕を掴んで貰いようやく立ち上がった。
七瀬との談笑のおかげで、その日はすっかり晴れやかになった。そしてその気分のまま、翌日の学校を迎えた。
背後から肩に手を置かれた感触があった。
悪夢を呼び覚まされた俺は、恐る恐る振り返り、その男の顔を確認した。
「やぁ、ヒーロー。この前は助かったよ。」
なんだ後藤かよ。脅かしやがって絶対わざとだろ。俺のリアクション芸そんなに見たかったか? それともドッキリYouTuberにでもなるつもりか?
しかし、顔が良いなこいつ、本当に。
それより返事だ。さっきなんて言ったけ?
ヒーローがどうとか。誰と勘違いしてやがる。ヒーローは先生…だろ?
ここは、正直に言うか。
「俺は何もしてない。助けてくれたのは先生だろ?」
七瀬を救ったのは、事実俺じゃない。
自分の無力さに苛立ちを募らせた。
それを振り払うかのように、何度も頭を振る。
「はは、神崎って本当ヒーローだよな。その考え素晴らしいよ。」
なんだこいつ? 恍惚とした表情で拍手したぞ?
はは〜ん? 俺と同じく妄想してやがる。きっと自分に酔ってるんだろう。
少し分かるぜ。俺も妄想したいとこだが、ここは鬼ヶ島…松岡って鬼が潜んでるせいで気が散る。
ところで何の用だこいつは。無視して良いか?
後藤悟が、腕を組んで次の言葉を発しようとしたその一瞬、彼の背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「神崎君、ちょっと話があるの。」
誰? 女子か…話って急だな。告白されるのか俺も遂に。
断り文句考えないと。悪いな、今は勉強に専念したいんだ。気持ちは嬉しいとでも言おうか。
「分かった…ここでは無理な話だよね?」
「うん、ここでも良いけど、人にはあんまり聞かせたくない。」
彼女が邪魔そうに後藤悟を見る。
それに気がついたのは、俺だけじゃなかった。
少し困ったようにため息を吐き、彼が交互に俺と彼女を見て手を上げた。
俺も同じように手を振り別れを告げる。
「後藤またな。」
ああ、また。」
俺は席から立ち上がる。彼女がグラウンドのベンチの辺りで話をしようと、案内するように背を向けた。
人見知りなのか、話すことが思い浮かばない。仕方なく俺は、黙ってその後ろについて行った。
グラウンドに着くと、茶色の砂が風に舞って目に入ってきた。目薬持ってくればよかったなと、後悔した。
彼女が立ち止まって辺りを見回して、静かに口を開いた。
「神崎君話って言うのは、他でもないの。」
他でもない? 主語がないぞ。
きっと寝不足のせいだな。俺に告白する時間あるならさっさと寝ろ!
「松岡君と仲良いよね? 私彼の事好きで、紹介して欲しいな〜なんて。」
なに? 悪魔に魂売る手伝いしろだと? 悪党がモテるのは、腹が立つぜ。この子妄想で土に埋めてやろうか。
「ところでなんで俺に紹介頼むの? 他にいるでしょ? 仲良い人。」
「えっ? でも神崎君この前、松岡君にデートしようぜって笑顔で言われてたよね? 私聞いてたから。」
仲良くないんだが、それ皮肉だぞ。でも、この子をうまく松岡の彼女に仕立てれば、あいつを俺のしもべにできたりしないかな?
出来ないだろうな。だが恩を売ることより、関わりたくない。
怖い、絶対無理!
それでも彼女を引き合わせないで後で付き合ったら、痛い目見るな。
俺はため息を吐き、覚悟を決めて、彼女に伝えた。
「職員室で紹介させてください。」
首を傾げて、不思議そうに彼女が尋ねた。
「どうして先生がいるところ?」
どうしてって、この愚か者! 怖いからに決まってるだろ! だけど正直に言えないけど、他の場所はあり得ない。
地獄耳の先生が噂してくれて、背中を押してくれるかもしれない。
俺が黙っていると、痺れを切らしたように、彼女が咳払いした。
俺が見ると笑顔で言った。
「神崎君職員室で待ってるから、松岡君呼んで来てね!」
彼女が手を振ってステップしながら、押し付けるように足早に去って行った。
おい…待てよ。話が違うだろ! なんで俺が呼ぶんだよ! 決闘になっちゃうよ! 宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘だ。
いやどうでも良いわ! なんで俺が。
重い足取りで教室に戻り俺は、松岡に恐る恐る話しかけた。
「松岡さん、職員室で先生が呼んでるよ。一緒に行こう。」
大嘘野郎になってしまった。それも全て松岡の仕業だ。
「ああー? クソが。」
うわっ、口悪っ。吐き気を催す邪悪な口だ。その中にはきっと、魔族住んでる。
魔族に乗っ取られないかな? その方が平和になるだろうに。
職員室のプレートを見て、すぐに逃げ込めるという安心感を覚えつつ、大嘘を誤魔化すには、どうするかを考えた。
そもそもあの女の子誰だ? 名前すら確認していないぞ? それで紹介するって、俺も間抜けだな。
俺のことは知っていたようだが、あの子には見覚えがない。
まさかイマジナリー? 職員室の扉を少し開けて見る。いた…命が助かった。
まずは女の子紹介して、松岡を待たせて先生に相談。これがベスト
ゴーゴー、レッツゴー! 神崎号発進!
「神崎です、入りまーす!」
俺は彼女に頭を下げて挨拶をした。
「松岡さん、紹介するよ、女の子。」
名前は知らん。
「佐々木明里です。」
彼女は元気よく微笑みながら自己紹介した。
なんと! 佐々木小次郎の子孫だったか!
それじゃ、この横にいる鬼を退治してくれるのか?
「ああ? だからなんだよ? なに、おたく。こいつの知り合い?」
松岡が首を掻きながら、面倒くさそうに言う。
「はい、神崎君の友達です!」
明かりがついた様な笑顔だ。
「興味ない。」
うわっ、冷た。やはりこいつは、ラスボス。今すぐ先生に封印してもらおう。
「そう…ですか。」
ガクッと肩を下げて彼女の表情がこれまた良い表情だ。悲しそう…彼女の表情の七変化に俺は爆笑した。
「ぶぅぶぅ〜! 私振られたのに爆笑するとか失礼じゃないですか?」
振られたとか自分で言うのポンコツ! こいつ。まだ振られる土俵にも立ってないのに…お嬢様かもしれない。能天気だ。
いや、笑ってる俺が言う資格ないな。
視線を感じる。先生が眉をひそめて俺たちを見て、怒鳴った。
「職員室では静かに!」
「すみません。」2人で謝った。
「あー? 別に振ってねーけど? おい、神崎どの先生が呼んでる? 嘘だったらどうなるか、分かってるよな?」
分かりません!
ピンチなのは分かるがな。嘘だよバーカと、言えれば楽だがね。
「すみません、先生を紹介じゃなくて女の子紹介でした。お詫びして訂正させていただきます。」
「なるほどな。俺たち仲良しだもんな? お前は帰って良いよ。明里ちゃんと話するからよ。」
鬼の目にも涙? 察したんだ、奴は。俺が彼女を献上した事に! 罪悪感が残るが、両思いなら問題なし。さようなら。
俺は職員室の外に出た。
「では失礼致します。」
ふぅ、疲れた。ダークサイドに落ちたな俺も。
「闇の力が使えるかも…はぁー!」
俺は両手をかざして言った。
すると、彼女が腰を下げて、口を開けて俺をまじまじと見つめる。
「神崎君、何やってるの?」
「…はぁー!」
七瀬に向かって2発目のダークパワーを放った。
「神崎君…アニメ見過ぎだよ。現実に戻っておいで。」