プロローグ
《…愛してるって…訳か。なぁ…ユイ。》
俺は神崎直哉、素直だがへそ曲がりだ。
目指すは人類最高の頭脳を持つ男になること。
学業成績もちろん1位だ。
その頭脳でイマジナリーを作った。妹設定の彼女と真剣な話をしている。
【なんですか?】
《父さんみたいに……いきなりいなくなるなよな?》
イマジナリーなのに大切な存在…そして父は…もういない。
【はい、突然いなくなったりしません。ずっとそばに居ます。】
《ありがとう…ずっといろよ。》
【はい、お兄様。】
彼女が俺に微笑んでくれた。照れ臭くなり鼻をさすった。
《へへ…なんか急にしんみりしちゃったな。》
【はい、お兄様私…目から花粉が。】
《花粉症? 冬だけど…目から涙だろ?》
【お兄様との初デート、今からイマジナリーでします。】
ユイが右手を挙げて言う。
《なんだよ、それ初めてにならないだろ?》
初デートって…どっちの意味だろ? 俺との初デートなのか、俺がしたことないデートを始めて奪うってニュアンスだろうか?
【良いんです。私がそう思えたら問題ありません。お兄様は目を閉じて、私の話を聞いててください。】
《はいよ。》
俺は今図書館にいる…なので、静かに彼女の言葉に耳を傾けられる。
ユイに身を委ねて、俺は静かに目を閉じた。
【雪に覆われた森が、白狼の毛並みのように輝き、神秘的で雄大な姿を見せていた。】
【その森を私とお兄様2人でいます。】
【お兄様の服装は、黒いダウンに黒いズボンを履いていて、靴はグレーのブーツで雪を溶かすように歩いています。】
《雪女みたいだな。》
そうお兄様が皮肉混じりに私を褒めたたえます。
私はそれを聞いて、綺麗だなと照れ隠しで行ったと見抜き、頬を赤く染めました。
【雪がモンシロチョウの様に、自由奔放に動いて、地面に降り立ちました。】
ザクザクと音を鳴らしながらお兄様は歩き、空を見上げて雲を指差しながら、にっこりと微笑みました。
《雲が白い、まるでユイの肌の様に綺麗》
流し目で俳優の様にカッコよく言いました。私はうっとりとお兄様を見つめ、バレないよう、そっと…雪で赤くなったほっぺに…キスをしました。
けれどお兄様の肌に触れられない。温もりも感じられない。虚しさにただ、胸が締め付けられる。
《キスしたな?》
お兄様が言って自分の頬を触っていた。
そうだ、肌に触れられなくても、心で繋がってるんだ。胸がスッと楽になった。
まるで子供が親とはぐれ心細さを感じた後、親に再会して安心たかのよう。私は堰を切ったように涙が溢れた。
凍てつく吹雪がお兄様の鼻を赤くする。
けれど、嫌な寒さではなく、矛盾した温かみのある風が、眠気を誘う。
けれど私は直接その寒さにあたっているわけではない。あくまでもお兄様の、感覚から感じ取っているに過ぎない。
お兄様とこれから山荘でお泊まり。もちろんお母様もご一緒だけれど。そこは未成年なので、しっかりとしなければ。
でも今は、デートスポット巡り。雪の中でしばらく歩くと、ゴンドラに着来ました。
黒のワイヤーが目的地を教えてくれるかの様に付いています。
店員さんに促されてゴンドラに乗り込みました。
私はお兄様の隣に座り、肩に顔を預ける。
お兄様の繊細な指に重ねて乗せる。心臓の鼓動が、激しく耳に届く。
《なんだよ、今日は凄い甘えるじゃないか。》
《お兄様、本当は毎日甘えたいのです。幸せすぎていつまでも涙が止まらず、目が噴水になってしまいました。》
お兄様は吹き出して、黙って頭を撫でてくれた。
【にゃにゃ。】思わず猫の様な声が漏れてしまった。
慌てて誤魔化すようにお兄様に外の景色を一緒に見ましょうと提案した。
するとどうだろう。そこには、砂糖で埋め尽くされた様な森が、美味しそうに広がっていた。
まさに絶景。お姫様になったかの様な気分になれる。
【綺麗ですね、お兄様。】
《美味しそうって思ったろ?》
見透かすようにお兄様は、私の心に問いかけました。
【飴細工で作られたような、巨大な木で美味しそうで綺麗なんですよ。】と私は答えた。
《食いしん坊かな? でも食べれないのか。》
お兄様が眉間に皺を寄せて、ため息を吐いた。
可哀想とそんな表情を表していた。
【大丈夫です私の口…甘さが広がってます。】
それは、美味しそうな木を見たからだろうか? それともお兄様の愛情の甘さからだろうか?
《どんな甘さかな?》
お兄様は、わたしのことを無視することも、バカにすることもなく…寄り添うように質問してくれた。
ガタンゴトンとゴンドラの音が聞こえ、一瞬の間が終わると、お兄様と視線が重なった。
【お兄様、とても甘くて、溶けるような白チョコを食べてるような感覚です。
《俺もその甘さ共有しようかな。》
お兄様がゴンドラの窓に手を触れ、その景色を真剣な表情で見つめていた。
【はい、共有しましょう。でも、私もう失神しそうなぐらい、目と心が限界です。】
【幸せすぎてこれが全部、嘘なんじゃないかって、怖くて手が震えて来ます。】
私は自分の手を見つめる。寒さのせいじゃない。
《嘘だったとしても、今の気持ちは、嘘じゃない。》
お兄様の一言で、私の不安は掻き消された。
【…優しい。その言葉だけで充分です。】
アイコンタクトで微笑んで、冬の寒気すら、存在を否定するほど…2人で暖かい空間を作り出した。
【お母様が許しくれたのが奇跡ですね。私存在しないのに、1人で遊ぶ許可貰えたんですから。】
《存在しないなんていうなよ、寂しいだろ。ユイは俺の心の中にちゃんと存在してる。》
お兄様が、胸を張って私を労る。
ああ、なんて素敵な人なんだろう。夢なら覚めないで欲しい。私は景色ではなく、お兄様を見ることに夢中になってしまった。
《いつまで見てるんだよ? 照れるだろ。》
お兄様が、私の視線を手で遮る。けれど、口元は緩んでいた。
嫌な感じはしなかった。照れてるのだと、お兄様の仕草ですぐに気がついたから。
【見ますよ、恋する乙女に見るなというのが無理というものです。】
妹設定だろと、いつものように私の感情を遮断する。
そのガードいつか、崩してやると手に力を込めて、私は決意を新たにする。
ゴンドラの音が止まり、目的地の展望台に着いた事が分かり、お兄様と降りる。
胸をときめかせて、お兄様と歩いている。そう、それだけの事なのに、お兄様の愛情の温かみで顔が溶けそう。
両手で顔を必死に抑えた。お兄様の着いたよと一言で私は我に帰って、展望台の景色を眺める。
するとそこには、水色の水晶が虹に溶かされたような海が広がっていた。
ノルウェーの雄大な自然。日本と同じく治安も良いから、お兄様も安心して一人で観光できます。
【綺麗ですね、お兄様。】
《ユイもって言わせるなよ?》
素直じゃないお兄様。でもそれがあなたらしくて、惹かれる部分なのです。
私は素直なのだろうか? 意地悪なのは間違いないけれど。この関係が心地良いと感じる。
だけど、それで満足したらお兄様は幸せだろう。私は? 胸が切なくなる。
イマジナリーとして、これ以上深い関係になるのをお兄様はきっと望まない。私もお兄様の幸せを願えば、存在する人と深い関係になって欲しい。
それが私の本当の気持ちだろうと、偽りだろうと、私の存在理由はお兄様が幸せで有れなのだ。
お兄様…この続きは、私に恋するまでお預けです。
お預けか…我慢出来るの?
無理…ですね…ええ。
またしよう…ユイが俺の幸せを望んでるように、俺もユイの…幸福を願ってるよ。
ありがとうございます…お兄様…イマジナリー最高でした。
……
プロローグ:おしまい
そして…全ての始まりは、ちょうど1カ月前のあの日だった。