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銀杏の鈴が鳴る日まで  作者: 花音
第1章
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第5行目 ただいま帰りました

「帰ったよ」


 玄関からナツキの声が響いた。時刻はもう間もなく13時30分になる。随分と時間がかかったものだ。

 初めての人の子の子育て。彼なりにたくさん悩んで買ってきてくれたに違いない。運ぶのを手伝ってやろうかと玄関へと足を進めれば……


「いや、多すぎませんか」

「あはは」


 開口一番、感想が飛び出した。

 そこにはエコバッグを両手に3つずつ持ち、背中にはぱんぱんのリュックサックを背負ったナツキが居た。流石に多すぎやしないだろうか。


「お金足りました?」

「いや、これほとんどタダ」

「え……」


 よいしょっと言いながら荷物を下ろたナツキが衝撃発言。それと同時に千景が息を飲み、顔が青ざめた。


「あなたついに万引きを……いつかやるとは思ってました」

「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 違うからね、盗んでないからね。それにこの量を万引きされるとしたら、よっぽどポンコツなお店だからね? 説明するから話聞いて」

「奈央といいあなたといい、警察沙汰は不味いと何度言えば分かるんですか、全く」

「だからぁ、違うんだってば。俺と奈央を一緒にしないでよ」


 千景は全くナツキの言葉が聞こえていないらしい。今すぐ自首した方がいいのではないか、正直に謝ればもしかすると許してくれるかもしれないなど、ツラツラと捲し立てている。


「いいですか! 万引きというのは犯罪なのですよ。お店の方にどれほどのご迷惑が……」


 ここからいかに万引きがいけないのかというありがたい話が1時間ほど続いてしまうのですが、本日は時間の都合上割愛させていただきます。


「すみません、家から二人も犯罪者が出たのかと思ったらつい……」

「だからぁ、盗んだんじゃないんだってば。説明するからちゃんと聞いて」


 では千景が落ち着き、ナツキが事の真相を話し始める場面から再開しましょう。


「まず子供用品ってどこに行けば買えるか分からなくてさ、ご婦人方に聞いたんだよ」


 自信満々に家を出て町に降りてきたのはいいものの、どこへ行けばいいのか分からない。そんな時に、前方に二人のご婦人を発見したナツキ。


「すみません、聞きたいことがあるんですけど少しいいですか?」

「えぇどうぞ」

「あの……多分1歳くらいなんだけど、女の子。いろいろ準備しないといけなくて、だけど俺初めてだから、何を用意していいか分からなくて。でもこれから頑張ろうと思ってさ。どこに行けばそういう物売ってるか知ってたら教えてくれませんか?」


 そうナツキが尋ねれば、しばしフリーズしたご婦人方。しかしその硬直もすぐに解け、爛々とした瞳でナツキに詰め寄る。


「あなたちょっと一緒にいらっしゃい!」

「え、え?」

「いいからおいで!」


 訳も分からず、腕を引っ張っていくご婦人方。ナツキは混乱するものの、なすがままで連れて行かれるしかできない。一体どこに連れて行かれるのだろうと思っていれば……


「ちょっと散らかってるけど、気にしないで。ほら、これとこれと、あとこれも、持って行きなさい。うちの子のお下がりで申し訳ないけど、まだまだ使えるから。新品の方がいいならもちろん無理にとは言わないけど」

「うぇ!? ありがたいですけど、いいんすか」

「もう子供大きくなって使わないからね、いいのよ。あとはこれとそれと……あっちの押し入れにもあったかしらね」

「私のうちにもあるから、後でいらっしゃい。荷物重くなっちゃうけど、頑張るのよ。流石にご飯までお下がりっていうのは無理だから、そこの角曲がって真っ直ぐ行った所で買いなさい」

「ありがとうございます!」

「「いいのよ! 頑張りなさいよ、お父さん」」

「……ウッス」


 おそらくご婦人方の中で、「多分1歳くらい=自分の子供の年齢が分からない」「俺初めてだから=今まで子育てをしてこなかった」「でもこれから頑張ろうと思う=改心して子育てをしようと意気込んでいる」若いお父さんだと勘違いされたようだ。


「ふふっ……お父さん、んふふっ」

「笑うなよ、俺恥ずかしかったんだからな」


 彼らはドラゴンだが今は人間に擬態して生活している。しかもその姿は20代~30代程度。どうしても初めての子育てに挑むお父さんに見えてしまう年代だろう。


「次はもう少し老けて行こう。70歳くらいとかに」

「初孫に喜ぶお爺ちゃんだと思われますよ、ふふっ」

「うるせぇ! とにかくだな、親切な奥様方から子供たちが大きくなって使えなくなったやつを譲ってもらったの。だからりにゅーしょく(?)とかってやつを買っただけで、お金は全然使ってないんだよ」

「優しい方々がいるものですねぇ」

「ほんとにねぇ」


 物を貰えたことはもちろん嬉しいことだが、何よりも困っている人を助けようとするその心が嬉しかった。


「ほんとにたくさん譲ってくれてさ。服だろ、靴に帽子。それとオムツ、あとはぬいぐるみとかおもちゃがたくさんかな」

「スズが喜びそうですね」

「あとで遊んでやろう」


 お子さんのお下がりということで、多少の汚れはあるものの、どの品も可愛らしく愛情込めて購入されたもののように感じる。見ているだけでこちらの頬が緩んだ。


「お! 帰ったかナツキ。腹が減ったぞ」


 一通りありがたい品々を眺め終わった所で、奈央がひょっこりと顔を出す。千景による万引きの説法があったため、時刻はすでに15時になっていた。


「悪い悪い、今作るわ。奈央ちゃんおチビのご飯お願いしていい?」

「あい分かった」

「私も一緒に準備します。さっきみたいな惨事になると大変なので」

「また何かやったのね」


 奈央が何かやらかすのはこの家では日常茶飯事である。ナツキは呆れ顔でお昼ご飯の準備へと向かった。




※※※




「随分待たせちゃったな、悪いことした」


 お昼用に買ってきたお肉と共にキッチンへやって来たナツキ。今日は時間がないので、パパッと作れる鶏肉とタマネギをレモンと塩の味付けで炒める。鶏肉をジューと香ばしく焼きながら、素早くタマネギを切っていた。


「あーそう言えば」


 タマネギが目にしみるなぁと思っていた頃、彼はふと思い出したことがある。


 今スズのために離乳食を作っているのは奈央と千景。実は彼らかなりの不器用なのだ。特に奈央は前回料理担当だった時にとんでもない物を爆誕させた経験がある。そんな彼らはきちんと離乳食を作れるのだろうか。


「んー、心配になってきた。爆発しないといいけども」


 ナツキはそんなことを考えながら、フライパンを振った。

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