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銀杏の鈴が鳴る日まで  作者: 花音
第1章
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第2行目 おじいちゃんと孫

「おかしい」


 窓の外を眺めながら、一人の男性が悩ましげにポツリと呟く。彼の目線の先に広がるのは、のどかで静かな景色。風に揺られてひらりと銀杏の葉が舞い落ちていた。


「奈央が帰ってこない」

「散歩してくると出て行ったので、そんなに遠くには行っていないはずですが」


 もう一人の男性も加わり、窓の外を見るが、待っている人物の影は見えない。一体どこに行ってしまったのか。


「何かあったのでしょうか。ナツキが声をかけてから30分は経ってます」

「いつもなら5分もしないうちに帰ってくるのに。朝ご飯冷めちゃったよ」


 今日の朝食はスクランブルエッグにウインナー、そしてバターがたっぷり塗られたトースト。普段なら食いしん坊な彼はそそくさと帰ってくる。そのはずなのに、今日は朝ご飯が冷え切って尚、姿を現さない。


「ついにあれか、認知症か。もう歳だもんな」

「あり得ますね。自分の家が分からなくなったのかもしれません」


 この家で暮らす四人……いえ四匹の中で、奈央は最高齢の1000歳越え。長命なドラゴンと言えど、おじいちゃんと表現しても差し支えない年齢だろう。

 認知症は人間でよく聞く病ではあるが、ドラゴンにもその病は当てはまるのだろうか。そして当てはまるとしたら、彼はついに発症してしまったのだろうか。


「あー探すの面倒くさい」

「同感です。放っておきましょう」

「そうしよう、そうしよう」


 どうやらあまり心配はしていない二人。のんびりと食後の珈琲を楽しみ始めた。

 それもそのはず、奈央たちは生態系の頂点に君臨するとされるドラゴンなので、たとえ熊などに襲われたとしても返り討ちにできる。怪我をしたり、死んでしまうといったことは全くもって心配ではない。

 だけどただ一つだけ心配事があるとすれば……


「まさか人里の方には行ってないよな?」

「んー、町で問題を起こされるのは厄介ですね。私たちの存在がバレるのは困ります」

「バレたら引っ越さないとな。あーあ、せっかく好奇心を刺激しないギリギリのラインを攻めて妙な噂流し続けて、少しずつ霧を発生させて濃くして、方位磁針も効かないようにいろいろ弄って、やっと人間が来ない静かな住処になったのに」


 人々が恐れてきた噂の根源はどうやらこの子のせいのよう。長年人間たちの間で謎だった真実がひょんなことから判明した。


「町で何か問題を起こしたら、きっとゼンが何とかしてくれるんじゃないでしょうか」

「だといいけどさ。今あいつ仕事中だろ?」

「おーい、帰ったぞ」


 そんな話をしていれば、程なくして玄関から元気な声が響いた。件の奈央の帰宅である。

 果たして彼は認知症を発症してしまったのか。それとも人里へ降りて問題を起こしてしまったのか。どちらの展開でも面倒くさいなと思っていれば……


「何か居るな」

「居ますね」


 ドラゴンという性質故、異常に高い二人の嗅覚が奈央以外の匂いを感じ取った。帰りが遅くなった原因はそれだろうか。二人の間にピリッとした緊張感が漂う。

 ドスドスと音を響かせながら近づいてくる主を待っていれば、キッチンの扉が元気にガラリと開いた。


「ほほほ、人の子を拾ったぞ」


 ババーンと勢い良く開いた扉の先に居たのは、満面の笑みの奈央とその腕に抱かれている幼い女の子。1歳手前くらいだろうか、くりりとした可愛らしい翡翠色の瞳でこちらを見ている。


「ほほ、可愛いだろう。さっき拾った」

「返してきなさい、クソじじい」

「今すぐお返ししなさい、クソじじい」

「そんなこと言うなよ、二人とも。こんなに愛らしいのだぞ」


 デレデレと鼻の下を伸ばしながら、少女を見つめる奈央。その図はまさに孫とお爺ちゃんのよう。もちろん本当に孫とお爺ちゃんであれば微笑ましい光景でしかないのだが、実際は赤の他人同士。確実に通報案件である。しかし本人はそのことを自覚していないのだろうか。幸せな空間を壊すのは忍びないが、どうしても伝えなければいけない。


「奈央、誘拐って言葉知ってる? これはね、犯罪なの、逮捕されるよお前」

「人の世は複雑だと聞きます。可愛いからという理由で連れて帰るのは、やってはいけないことなのです」

「きっと今頃この子の親必死になって探してると思うよ」

「最近の警察の技術は凄いようですよ。すぐにここの場所を突き止めるに違いありません」

「まぁ正直なこというと、お前が逮捕されるのはどうでもいいんだけどな」

「ですがこの家や私たちの存在がバレるのは厄介なことになりそうなので、その子を早く居た場所に返してきてください」

「俺らは静かにのんびりと過ごしたいの。だから捕まるなら一人で捕まって、俺たちを巻き込まないで」


 後半はかなり辛辣な言葉が並んだ。しかし当の本人は特に気にしていない様子。奈央は困ったように頭を掻いた後、徐に懐から一枚の紙を取り出した。


「戻してくると言ってもそれが出来ぬのだ」「なんで?」

「おチビは鳥居よりこちら側、銀杏の木の下に居たんだよ。この紙と一緒に」


 奈央の出した紙には「拾ってください」とだけ書いてある。それを見た瞬間、二人の顔から表情が消えた。


「鳥居よりこちら側に捨て子」

「この山が危険な山と知った上で捨てたのでしょうね」


 冒頭でもお伝えした通り、鳥居の先には人食いドラゴンが住まうとされている。さらには獰猛な野生動物たちも。そんな山に危険を冒してまで入山し、子供を放置するとは。そこまでしてこの子と離れたかったということか。


「な? 連れて帰るしかあるまい」

「事情は分かりましたが、どうするつもりです? まさかとは思いますが……」

「ここで育てる!」

「……そう言うと思いました」


 ドヤッと胸を張る奈央にため息が止まらない二人。しかし一度連れ帰って来たのにまた山へ置き去りにするというのも後味が悪い。さらに捨て子のため誘拐ではなく、自分たちの存在が人の世に知れ渡ることもないだろう。二人にはこれ以上反対する理由がなかった。それに……


「良かったなぁ、チビ」

「うー」


 満面の笑みで少女と戯れている奈央。その光景を見ていると、一緒に暮らすというのは案外楽しいのかもしれない。そんなことを考えながら、二人も少女の方へ足を進める。


「初めましておチビさん。俺ナツキ、よろしくな」

千景ちかげです。これからよろしくお願いします。今は居ませんがこの家にはもう一人暮らしています。帰ってきたら挨拶しましょう」

「あーうあー」


 自分たちの指と少女の小さな手のひらで握手を交わした彼ら。小さいながらもギュッと握りしめてくれる少女の仕草に、自然と笑みが零れた。


「うむうむ、よろしく頼むぞおチビ」


 四人……いえ四匹男子の共同生活。賑やかな彼らの日常に、小さな小さな命が加わった。

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