デベル/カーヤ・ハインツェ
第二次世界大戦でドイツ軍の採用していたワルサー社の拳銃、P38の先進的な安全機構に衝撃を受けた銃器大国アメリカで、リボルバー拳銃のシェアを伸ばしていたスミス&ウェッソン社はP38と同じくダブルアクショントリガーによる安全性と即応性を備えた自動拳銃、モデル39を完成させる。以後、S&W社はこのモデル39をベースに様々なバリエーションを展開していき、新型拳銃M&Pシリーズが開発される21世紀まで同社の自動拳銃のセールスを支えていた。
──
惑星イサッジム・秩序警察港湾署──刑事課のオフィスから出て来たプラチナブロンドの女がパーカーに袖を通しながら廊下を歩いていると、髪の薄い刑事が話し掛けてくる。
「ハインツェ、今日はパトロールか」
「ええ。違法薬物の売人の件も片付いたし、今週はタレ込みも無いから14区辺りをもう1度周ってみる」
「相棒は?」
「昨日から盲腸炎で入院してる」
「14区ってギャングの縄張りだろ?俺が一緒に行こうか?」
「結構、折角1人なんだからのんびりやらせて」
「サボるなよ?気を付けてな」
刑事と別れたハインツェは駐車場に出ると覆面のアウディS4に乗り込み、警察署から出た。
14区――アウディS4がビルの合間の路地へ入り、徐行する。運転席のハインツェは助手席に置いた紙袋から細長い包み紙を取り出し、包みを開けてボスナー(カレー風味のホットドッグ)に齧り付いて、モグモグとしばらく咀嚼をしながらアウディS4をゆっくりと流す。十分に咀嚼した後に嚥下すると、またボスナーに齧り付く。
「嫌っ!あっち行って!!」
路地に響く女の声。ハインツェは声のした方へと視線を向けると、若い女性を複数の男が取り囲んでいるのが右の角の奥に見えてきた。
ハインツェがその様子を助手席側のサイドウィンドウ越しに見据えつつ車載されている無線機に手を伸ばすと、ハインツェの真後ろ、運転席側のサイドウィンドウのすぐ外から散弾銃のボルトを動かす音が聞こえた。
「止めときな刑事さん、このまま引き金を引けばその綺麗な顔が跡形も無く吹っ飛ぶぜ?」
ハインツェは無線機に伸ばした手をゆっくりと引っ込め、徐に両手をハンドルに置いて振り返ると、頭にバンダナを巻いてグレーのスウェットを着た男が、レミントン社の散弾銃、M31を構えていた。
「やっぱりあんたか……この前も来てたよな?うちのリーダーがあんたにお熱でさ、連れて来いって言ってる。惚れっぽいんだよな、彼奴も……」
男はそんな事を話しながらニヤニヤと笑っていたが、真顔になる。
「さて、ガンを車の外に捨てるんだ。左手で、ゆっくりとな」
ハインツェはパワーウィンドウを下ろすとショルダーホルスターからS&W社のステンレス製の自動拳銃モデル639を左手で抜き、弾倉を抜いてから車外に落とすと、男の指示でアウディS4の外に出て、女を囲っている男達の方へと歩かされる。
――
俺はカーウッド。イサッジムの港湾エリアが俺のシマだ。ヴァステート帝国が世界征服?笑わせんな。俺のシマは誰の手出しもさせやしねぇ。
先週、そのヴァステート本国からやって来たっていう女刑事を初めて見た。お高く留まってるが、中々の上玉だ。俺達は相棒の男の刑事を拉致して入院させた。
そいつから色々聞き出すつもりだったが、まさか向こうからまたやって来てくれるとはな……。
「お手柄だなジェシー。よし、御褒美にこの女の最初はお前にやるぜ」
俺はジェシーが取り上げた女刑事の拳銃を受け取って、さっきまで犯そうとしていた女をあてがう。
「よっしゃ!流石カーウッド、話が分かるぜ!」
「ポール、ジェシーの代わりに見張れ」
「そりゃないだろ?カーウッド……これからヤろうって時に……」
「見張りを立てるのはいつもの事だろうが!文句言わずに行け!!」
「わかったよ……」
ポールが見張りに出て、ジェシーにさっき捕まえた女を渡すと、それを見送った女刑事が口を開いた。
「いつもこんな事してるのね。今からでも遅くないから署に出頭しなさい。まだ弁護士は付けられるわよ」
「威勢が良いねぇ。でもガンが無い事忘れてねーか?俺達の方は持ってるぜ?」
俺はジェシーからさっき受け取った女刑事の拳銃を彼女に向けると、女刑事は「そうね」なんて言って、澄ました顔で返事をしながらパーカーを脱ぐ。へっ、ガンを突き付けられちゃどんなクールを気取っても、そうするしか無いよな。シャツの上のホルスターが色気無ぇけど。
女刑事はズボンの中からシャツの裾をゆっくり引きずり出す。普段そんな事するはずもねぇ女がこういう事するのたまんねぇ~なぁオイ!
直後に轟音が響き渡り、ルドロゥが倒れる。女刑事はシャツの下から別のガンを抜いていた。今俺の手にあるやつより一回り小っこいやつだ。
「テメェ!!?」
既に銃口は女刑事に向いている!俺はそのまま引き金を引いた!……だが弾が出ねぇ?!
スライドを引くと排莢口から実包が出て来た……不発か?!
――
S&W39シリーズにはマガジンセイフティと呼ばれる安全装置が組み込まれている。弾倉を抜くと引き金を引いてもその動作が撃鉄に伝わらないようになっているため、発砲する事が出来ないのである。
――
咄嗟にクライドとネイトがガンを抜いたが、女刑事はそれぞれに3発ずつ撃ち込んで2人共あっけなく倒れた。
俺は一旦引いてビルの裏口に駆け込む!後ろから2発の銃声が聞こえたが、俺には当たらなかった!!
俺は廊下を走り、階段の下で息を整えながら自分のガンを抜く。グロック――コイツなら不発なんて事は無ェ!
外で何発か銃声が聞こえた。あの音、ポールのマグナムか……?
廊下から裏口を伺うと、俺の通ったビルのドアを蹴り開けられた!あの女刑事だ!!ポールじゃ倒せなかったか?!
直後に外からジェシーの散弾銃の銃声もしたが、女刑事は5発撃ち返し、そのまま逃げる様子でも無くこっちへ向かって来た!ジェシーも殺られたか!?
「チッ!これでも喰らえェッ!!」
俺は廊下に飛び出てグロックの引き金を引き、そのまま廊下の向かいの部屋に飛び込むッ!
クソッ!あの女刑事何発撃った?!小さいガンだ、そろそろ弾切れになるはずだ……!
俺は廊下に向けて壁越しに6発撃つ。俺のグロックにはまだ7発の弾が残ってる!さぁ、来れるもんなら来てみやがれ!
立ち上がって改めてガンを構えたところで、俺が撃ちこんだ弾の痕から撃ち返してきやがった!?
俺はデスクの陰に引っ込むが、2秒と経たずに次の弾が撃ち込まれてきて立つ隙も無ぇ、一体いつになったら弾切れになるんだ?!
10秒後、銃声が止んだ……へへ、ようやく弾切れかッ!?
「銃を捨てなさい」
後頭部に熱い銃口を突き付けられる。
「ヘッ……ヘヘヘッ……格好付けやがって……弾切れだろ?あれだけ撃ってたm!?!」
グロックを握っていた手を撃たれたッ!??俺の手とグロックに穴が……!
「手間取らせないでよね……ほら、自分で手錠掛けなさい。キツくしとけば出血を抑えられるわよ」
「クソォッ!!」
俺は女刑事に投げ渡された手錠を自分で嵌めた。
――
ハインツェはジェシーに渡された女性を保護して応援を呼ぶ。やがて数台のパトカーがやってきて、カーウッドは逮捕。警察署へと連行された。
――
ハインツェがシャツの下のインサイドパンツホルスターに予備として携帯していた拳銃はデベル。チャールズ・ケルシーとケン・ハッカーソンという銃職人がスミス&ウェッソンのモデル39(もしくは59)を小型・軽量化したカスタムモデルで、軽量化のためスライドに彫られた左右4本の溝、そしてシャンパンシルバーの仕上げがアクセントとなっており、銃身、引き金、弾倉挿入口等、細かな部分でもオリジナルのモデル39/59よりアップグレードされている高級カスタム拳銃だ。
最近の自動拳銃より装弾数は少なく、モデル39をベースにしたデベルの弾倉容量はたったの7発、ベースとなったモデル39の弾倉も8発しかないのだが、デベルにはもう1つの特徴として残弾が確認出来る透明アクリルの窓が備わったマイカルタ製のグリップが装備されており、ハインツェは残弾を確認しながら適切なタイミングで弾倉を交換して発砲を続けていたのだった。
――
14区のカーウッドが取り仕切るギャングは、ハインツェの活躍により、ほぼ壊滅状態となった。
デベルとは別のモデルですが、S&W PC5906HTSというカスタムモデルを海上保安庁の特殊部隊SSTに提供したのもケン・ハッカーソンらしいですよ。