黒猫ツバキと船上の少女……では無くて、船上な少女
作品③キャラクターが登場するときの描写を考える
※最初に、長い前書きパートがあります。
ここは、ボロノナーレ王国の王城。
魔女コンデッサ(20代前半・赤い髪の美人さん)は1ヶ月ほど前、嵐の海で遭難しかけていた王国の船を、得意の魔法で救助した。その功績は広く世間より称賛され、このたび、王城で国王から直々に勲章を授与されることとなったのである。
表彰式が行われる広間へと入る、コンデッサ。彼女の使い魔である黒猫のツバキ(ヒトの言葉が喋れるのだ!)も、供をする。
室内には国王の他に、その日の特別な式典を見ようと多くの参列者が詰めかけていた。人々の中に、コンデッサもツバキも見知っている人物が居る。コンデッサがかつて家庭教師役を務めた、伯爵家の令嬢チリーナである。チリーナはコンデッサの、魔法における弟子なのだ。
現在17歳、魔女高等学校の生徒であるチリーナ。彼女は昔から今に至るまで長年慕い続けている〝コンデッサお姉様〟の晴れの舞台を見守るべく、とても張り切って、お洒落な装いをしてきていた。
チリーナを一目見て、コンデッサは驚愕した。
♢以上、前書きでした。これより本編です。
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薄紫の豪華なドレスを身に纏っている、チリーナ。上半身の部分は身体にピッタリしているものの、スカートは大きく膨らんで、裾は床に引きずってしまうほど長く伸びている。アーモンド型の瞳は煌めき、シッカリと手入れをしてきたらしいツインテールの青い髪は艶やかな光を放っていた。全体的にキラキラしている……のは良いのだが、なんと彼女は奇態にも、頭の上に船を載っけていた。
――船を!
船……人の顔と同じくらいの大きさの、帆船の模型だ。トレードマークの〝2つの髪の尻尾〟を逆さまにして挟み込み、強引に絡め、縛り、更にリボンやらヘアピンやらを駆使して頭上に固定してしまっている。
「ご主人様。ニャニ? アレ」
少女の異様すぎる姿に恐怖を覚えたのか、ツバキの声は震えている。
コンデッサは恐る恐る、元教え子へ近づいた。
感激のあまり頬を赤らめる、チリーナ。
「まぁ、お姉様! こんな大勢の中から、すぐさま私を見つけてくださるなんて、やっぱりお姉様と私は、運命の赤いロープで結ばれているんですわ!」
コンデッサは思う。
(いやいやいや! チリーナよ。気付いていないのか? お前はこの広間の中で、誰よりも目立っているぞ。それこそ国王陛下さえ、その存在が霞んでしまうほどに)
「あ~、チリーナ。頭は大丈夫か? いろんな意味で」
「もちろん、大丈夫ですわ!」
少しも、大丈夫では無い。
「その……重くは無いのか?」
「オモイ――お姉様への〝想い〟は、私は誰にも負けません!」
そんなことは訊いていない。
「お姉様が難破しかかった船を救った、偉大な功績を称えるための式典ですもの。私、気合いを入れて服装を整えて参りました!」
気合いを入れすぎだ。
式の間中、コンデッサもツバキも(おそらく国王も、全ての参列者も)、チリーナの頭の上が気になって仕方が無かった。何せ船の模型が重すぎるのか、最初から最後までズッと、チリーナの頭はグラグラと揺れ動いているのだ。
(チリーナのやつ、まるで酔っ払っているみたいだな。これが、いわゆる〝船酔い〟という状態なのか……いや。何か違うような――)
式典は無事に終わった。
そそくさと帰ろうとするコンデッサを、チリーナが呼び止める。
「お姉様。このあと、私とお茶をしに参りませんか?」
「スマン。ちょっと用事があって。また今度な、チリーナ」
コンデッサが立ち去ったあと、チリーナが呟く。
「お姉様に、フられてしまいましたわ」
「それは、当然ニャン」
「あら、駄猫」
チリーナの足もとには、ツバキが居た。少女と黒猫は知り合いなのだ。
「チリーニャさんは、頭の上に船を載っけているニャン。〝難破〟する船には、誰も乗りたくは無いのニャ。その格好でご主人様を〝誘った〟から、断られてしまったのニャ」
「なるほど! つまり、この髪形がマズかったのですね」
「それ以前の、常識の問題だと思うニャン」
乗船(船にノる・船をノせる)は慎重に――後悔(航海)先に立たずな、チリーナなのであった。
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♢以下、後書きです。
◯コンデッサとチリーナの会話・その①
「……で、チリーナは、どうして、その髪形にしたんだ?」
「お姉様が、危機に陥った船を救った記念です。その船をそのまま小さくした模型を、こしらえてみました!」
「それは良いとして、なんで頭の上に載せる必要が?」
「お姉様は、ご存じありませんの? これは最新の流行ファッションなんですのよ」
「ハ?」
「おふらんす王国のマリリン・アンアントワネット王妃様のお名前は、お姉様も耳になさったことがおありのはず」
「ああ。王妃ながら魔女でもあり、おふらんす王国が飢饉に見舞われた際には『パンが無ければ、お菓子を食べれば良いじゃない?』と仰って、魔法でお菓子の家をドッカンドッカン建てて、国民を飢えから救って大人気となっている方だな」
「そのマリリン王妃様が近頃なさっているのが、このヘアスタイルなんです」
「正気か? マリリン……」
◯コンデッサとチリーナの会話・その②
「しかし、そんな精巧な船の模型を、よく作れたな?」
「職人に依頼したんですけど、随分と費用が掛かってしまいました。借金で、首が回らなくなりました。あと、模型を頭に長時間、載せていたため、やっぱり首が回らなくなりました」
「どちらにしろ、首は回らないのか……。借金して、大丈夫なのか? チリーナ」
「お父様から、10年分のお小遣いを前借りすることになってしまいましたわ。可哀そうな、私……」
「お前、27歳まで父親から小遣いを貰うつもりなのか。可哀そうな、伯爵様……」
◯コンデッサとチリーナの会話・その③
「チリーナよ。お前は頭が浅薄(センパク)にすぎるぞ」
「ハイ! 私の頭は船舶(センパク)です!」
「……ダメだ。頭の中身が、あまりにも軽い」
「頭の外側が重いので、バランス的には、ちょうど良いと思います」
「そんなモノを載っけているお前が〝バランス〟を口にするとは……少しは反省しろ」
「お姉様。頭上のコレは、『ハンセイ(反省)』では無くて『ハンセン(帆船)』です」
◯コンデッサとチリーナの会話・その④
「疲れているみたいだな。チリーナ」
「この髪形の影響で、肩が凝ってしまいました」
「湿布を貼ったら、どうだ?」
「シップ(ship=船)で凝った肩を、シップ(湿布)で癒やすのですね! お姉様、ジョークがお上手です!」
「冗談を言ったつもりは無いぞ」
ツバキ「おしまいなのニャ。チリーニャさんは、伯爵様のためにも、ちゃんと孝行(航行)すべきニャン」
※……というわけで〝登場するときの描写を考える〟対象のキャラは、チリーナでした。
チリーナの髪形は、マリー・アントワネット(18世紀のフランス王妃)のヘアファッションを参考にしました。本当に船の模型を、頭の上に載っけています。
それとタイトルにある「〝船上の少女〟では無くて〝船上な少女〟」とは「〝船の上に居る少女〟で無くて〝船が上にある少女〟」という意味です(爆)。