お散歩
朝食を食べて準備が整ったら町に繰り出してジョギングついでに人助けをしてみるか。
「ご馳走さまでした!」
美味かった!
もう朝と昼の間で中途半端な時間だがシェフは快く俺のために腕を奮ってくれた。
我が家のシェフは元三ツ星の洋食レストランで二十年腕を振るっていたらしく、俺(カぬ咲イリ)の記憶喪失の話を何処かで聞いたらしく回復祈願にと好きなものを作ってくれた。
ならばと俺もシェフの気持ちに答えるためハンバーグ、カレー、オムライス、カツレツ、サラダにオニオンスープと高カロリーなものを注文し全てを食べ終えた。この体すげえな…あれだけ食べてもまだ余裕があるぞ…?
久々に全力を出した!と良い顔をするシェフに感謝の念を伝え俺は意気揚々と自室へ向かおうとしていたのだが…
「坊ちゃま、そっちは客室のエリアですよ?お部屋は此方にございます。」
と灰猫たんに首元を掴まれ自室へ連行される。
客室のエリアってさ…広すぎんだろ、この屋敷!
少し休んだらジョギング…はさすがに灰猫たんに止められたので、ウォーキングがてら灰音たん同行の元、近所を回ることにした。
それなりに大きな町の中心部に構える我が家の…というより屋敷を見て言葉が出ない。
灰猫たんは末席とか言ってたけど、それでも華族の一員なのであって、平民の数十倍は裕福な暮らしをしている。
改めて天道家って凄いんだなーと感心しながら護衛されて町へ繰り出した。
外観は何かこう…一言で表すとしたら、ぐちゃぐちゃだ。
日本家屋が軒を連ねている間に突然ヨーロッパテイストな建築物、中華街みたいなアジアンテイストも散見されると思えば見たことない様な形式で建てられた家もあった。
螺旋状の円錐形に沢山のドアがあってそこで暮らしているらしい人達が会話するのが見えた。
あれが異界の民がもたらしたものかな?
不思議ではあるが興味をそそるには十分な不思議建築である。
「ほえー。何か見てて面白いな!心が踊るよ!」
「そうですか、楽しそうで何よりです!あい、あの螺旋建築物…ドリラーハウスは被災者用の簡易住宅地なんですよ。国が異界の技術を吸収していまして、ヴィラルが現れて住み家を失った被災者用に配給されるんです。空からスーパーコンピューターが自動で位置を特定、高々度から射出し残骸など細かく分解してーー」
凄いな、これが異能に特化した人達。
とんでも技術であんな大きな建造物まで宇宙から射出してしまうのか…いつの世も人は逞しいとは誰が言った言葉だったけ?
感心しながらも灰猫たんの引く手によろけつつも町並みを楽しんでいた、そんな時だった。
ピロピロピローンという音が町中のあちこちから響き渡る。
『緊急事態発生、緊急事態発生、赤碕通りにてヴィラルド進攻を検知。周辺の住民は直ちに当該避難所へと避難してください。繰り返しますーー』
「うぉっ、なんだこれ?!」
「緊急速報です!赤碕通りはこの先ですね…坊ちゃま我々も避難しましょーー」
「悪りぃ。俺、止まれねえんだわ…!ヒーロー目指すって決めたからにゃ立ち止まれねえ…!灰猫たん…いや、灰猫は住民の避難を手伝ってやってくれ!行ってくる!!」
灰猫を振り切ると俺は駆け出した。
スマホっぽい端末で周辺の地図がホログラムで現れる。
今から向かう赤碕通りって所は赤く表示されている。
分かりやすいからいいんだが、さっきから近くの避難所やらヴィラルドが何処方面に接近やらログが騒がしい。
とりあえず近くにいるヴィラルドを避けて救助者を見付けたら避難所に押し込むって感じで良いよな?
ウオォォアー!止まれねえ、助けるんだ!そして誰かのヒーローになってやる!
「はぁ…はぁ…こ、こっちか?」
スマホっぽい端末くんが便利だ。
正式名称をホログラムフォンと言って避難区域に入ると要救助者などの表示が出てくれる。
途中ご老人が動けなくなっていたのを見付けて背中に背負い、一番近くのホロフォ持ちの救助者を助けたら一度避難所に向かうか…
「ムッ…あれは?」
クワガタみたいな顎を持った鳥が俺の真上を飛び回る。
あいつもしかして仲間に俺の事を知らせて…
待てよ、その仮説が正しければあいつを倒すなり引き離さなければ狙われっぱなし?避難所に向かう方が危険か…
ならば…闘るしかないよな…
「お婆さん、少しそこに隠れていて貰っても良いですか?」
「坊や、危険だよ!」
「なに、体力には自信が有ります。それよりもこれを持って居てください!ヒロイックか周辺の勇敢な方がもしかしたら助けてくれるかも知れません。では!」
「ちょっと!坊やーー」
ホロフォを救難信号状態にし、お婆さんに無理矢理押し付けた。
建物の隙間に隠れさせたし、有志の人が近くにいるから多分何とかなるだろう。
「さて…やりますか…!〈身体強化〉おっ、これで良いんだな!」
異能を発動すると身体が軽くなる。
これならあの鳥クワガタ野郎に届きそうだ。
路地に入り壁ジャンプ、凄いなこの能力は。もう一個も試してみたいけどそれは後で良いか。
ギチギチギチッ
威嚇するかのように顎を動かし、音を立てる鳥クワガタ。
取り敢えず全力だ!
下から拳を握り大きく振りかぶって打撃!バガァァアアンという凄い音が響き鳥クワガタが吹っ飛んでいく。
「ええぇー!?」
自分で放った攻撃に思わず驚きの声を上げる。これはヤバい…もう少し加減しないとオーバーキルも良いとこだ。
「坊や!携帯ありがとね!ここに置いとくよぉー!」
「あ、はい!お婆さんお気をつけて!」
自由落下のまま下に落ちていると、お婆さんが有志の方に背負られ連れて行かれるのが見えた。
よし、俺はこのまま探索を続けよう。っとその前に着地…ふぅ、何とか上手く降りれた。
ホロフォを拾い上げ救難状態を解除、探索に戻る。
「うへぇ…地獄かよ」
路地裏からメイン通りに戻るとうじゃうじゃとヴィラルの群れがその辺を彷徨っている。
なるべく交戦しないで救助者を探さなくちゃ。
石を拾い投げて視線誘導を行い、身体強化で駆け抜ける。
この方法を繰り返し回避出来なさそうな奴は音を立てないようにバックアタックで処理。
よしよし…今のところ順調だ。
あと十メートルほどだろうか?
ゆっくり忍び足で近づいていく。
その時…
「だ…誰かいるの?た、た、助けて!」
救助者らしき少女の声が聞こえる。
その声に反応したヴィラルドが一瞬にして此方を向く。
ヤバい…!
俺は異能のゴリ押しで救助対象の少女へ近付くと声を掛ける。
「ここから抜け出します!急いで!」
怪我がないのを確認する時間も惜しい。
少女の手を掴むと俺は走り出した。
後方を何度も確認しながらヴィラルドの群れの隙間を縫い、来た道とは逆方向へと駆け出した。
迫るヴィラルドの群れ。
息を切らして倒れそうな少女を元気付けながら掛けていく。
狭い路地に入り、無作為に右へ左へ曲がり追手を撒く。
「はぁ…はぁ…すみません、手荒な事をして。俺は…カイと言います。救助者信号を見て貴方を助けに来ました。」
「い、い、い、いえ!わわわ私なんかを助けに来てくれてありがとごじゃましゅ…」
少女はテンパっているのか、吃りながらも頭を下げてくれる。
でも私なんかってのは頂けないなぁ。
「貴方を助けることが出来て良かった。命は等しく平等で、自分を軽んじるのはあまり褒められた行動ではありません。」
「えと…ほほほ報酬はどうすれば…?」
話を聞けば有志者は自らの命を掛けて救助者を助けに行く。
ので、有志者はその代償に十万円から二十万円前後の報酬を救助者から貰う。
それを知って俺は内心憤った。
そんなのヒーローじゃない、と。
だから俺は決めた、今のこの腐った価値観をぶっ壊してやる、と!
「報酬は入りません…いや、一つだけお願いが有ります。もし無事に俺が貴方を護りきって避難所なりに送り届ける事が出来たならその時は貴方の笑顔を見せてくれませんか?」
「えええ笑顔?そ、そんなもので良いんですか…?おおお金は…?」
「要りません。貰ったら俺の望むヒーローではいから。ええ…っと、そろそろ移動しましょう。デカブツが来てます。」
表示されていたデカブツ…七段階のうちの上から三番目と表示されている。
〈身体強化〉で拡張された知覚をフル活用して地揺れを感じ、少女の手を引く。
いや、抱えた方が良いか。
「失礼します」
「え?ひゃっ!きゃあ!」
膝に手を回して抱き抱える。
お姫様抱っこって奴だ。
少女は変な声を上げたが、今は逃げるのが先決だ。




