序章 転生?いいえ、憑依です
俺は漫画やアニメのヒーローが好きだ。
危機的状況の際、突然現れて敵を倒してお礼も受け取らず颯爽と去る。
胸を熱く焦がし、戦うことの厳しさを教えてくれる俺の人生の教科書だ。
そんな姿に幼い子供時代から釘付けだった。
気付けば俺も十五歳…中学三年だ。それでもヒーローに憧れていた。
漫画やアニメも買い漁り好きな作品の情報を集めたりと、本当は学業に専念しなくちゃいけないのにこの情熱は止まらない…止められない!
そんな風に生きていたら周りのご学友達から【ヒーローオタク】なる称号を賜った。それでも憧れの存在に近付けるのならば…となるべく気にしない様に生きてきた。
でもそれは無駄じゃなかったんだ。
突然町中に敵が現れたり、大雨が降る中、巨大な怪獣が町を襲ったり。
それに対して何処からともなく現れて敵や怪獣を倒して去っていく。
そんなヒーローが目の前に現れた。
そんな非現実的なフィクションが現実に訪れるなんて…夢にも思ってなかった。
「はぁ…はぁ…なんなんだよ、これぇ!なんなんだよぉ!」
気付けばひたすら走っていた。
途中で見つけた見知らぬ少女の手を引いてフラつきながらもそこから離れるように前へ進む。
「ヤバい…ヤバいって…!」
一刻も早く逃げなくちゃ…追い付かれる!
◇
時は少し戻る。
何時ものように宿題を終え、歯磨きをしてベッドに入り眠りに着き、起きたら見知らぬ場所で寝ていた。
「…ここは?」
周囲を見渡しても自分の部屋とは比べ物にならない程のハイセンスで綺麗に掃除も行き届いた場所。
そんな所で俺は目を覚ました。
鏡を見たらそこにはベッドに腰かける細マッチョの金髪のイケメン。
これが俺…?
「おはようございます坊ちゃま。朝食の準備が済んでおりますが、如何されますか?」
ノックと共に部屋に現れたのはメイド?
白のエプロンにフリルがあしらわれた紺色のシックなスタイルのメイド服だった。
そのメイドさんは顔が整っていてこれまで見てきたクラスメイトや道行く人、アイドルすら霞んでみえる超絶美人だった。
目元に泣き黒子があって少しつり上がった目、耳も尖ってる?しかも長い銀髪に褐色肌だ!ハーフかな?
っと、あんまりじろじろ見ると失礼に当たるので俺は口を開こうとしたんだが…
坊ちゃまというのは俺を指す言葉、それにメイドを雇えるくらいのお屋敷…なのか?
なんて答えようか…
「すまない…自分が誰なのかすら分からないんだ…ここはどこで俺…私は誰で、貴方は一体誰だ?」
困った時の記憶喪失ってね。何とかなるっしょ。
「カイリ…坊ちゃま?このハイネを忘れたと…?私をからかっている訳ではないでしょうね?お医者さまと御当主様達を呼ばなければ…!お、大人しくしていて下さいませ!」
メイドさんはハイネって言うのか…うん、覚えた。
慌てて飛び出したメイドさんを見送りここからどう話を持っていくのか考える。
思い付きで記憶喪失のふりをしたが、失敗したか?
このカイリなる少年の家族がこれから来るんだ。気を引き締めないと。
人を騙す事に抵抗はあるが、そうしないと俺は路頭に迷う事になるだろう…慎重に行かなければ。
「カイリ!目覚めたのか?ハイネが慌てていたが記憶喪失というのは本当か?」
「…すみません…。何も分からなくて…」
「あぁ…カイリ…なんてことなの…?」
「アマネ!」
母親?らしき人が名前を呼ぶや否やふらついてダディらしき人が慌てて支えた。
すごく申し訳ない…けど、俺が生きるためにはこのくらいでへこたれてちゃダメだよな…?
そうこうしていると美人な眼鏡のお医者さんがやって来て色々問診されたが悪いところは見付からないと言われる、その通りなんだけどさ。
とりあえず今日のところは自室で安静にしておいて欲しいと言われ医者と両親、ハイネは出ていった。
『……なので…話し掛け……』
『……そうだな…では……時間』
『……あぁ……カイリ……』
扉の外から会話する声が聞こえる。なるべく集中して聞き取れないかな…と意識を傾けると先ほどよりも鮮明に聞こえてきた。
『暫くは絶対安静にしてあげて下さい。ふとした瞬間に記憶が蘇る可能性もあります。先ほども伝えましたが色々と思い出や写真を見せると良いかもしれません。』
『暫く…と言うことは学園への入学は見送りと言うことになりますね…坊ちゃま、あれだけ楽しみにしていましたのに…おいたわしや…』
『あの子は少しやんちゃだけど、優しくて誰よりもヒロイックに憧れていたのに…』
「学園…入学?もしかしてこの体の主は俺と同世代か?確かに背格好は似ているかも知れないけど…」
ベッドから立ち上がり、腕や身体中を触って確認する。
鍛えられているし、無駄な贅肉もない。
良く引き締められた身体だ。
「ではそのように…坊ちゃま、少しよろしいですか?」
「大丈夫だよ」
「失礼しま…ってえぇ?な、何をされてるんですか?!」
「何って自分の身体の確認だよ。記憶を失くしたとは言え、身体能力の確認は必須だろ?」
「そ、そういうのは人を入れない時にやるべきなのでは…?」
などと言いながらも顔を手で覆い隠しながらその指の隙間から俺の身体をめに焼き付けようとしている。
ふふっ…借り物の身体とはいえ、あまり見つめられると照れちゃうな。
「誰かに見せるのもまたモチベーションになるんだよ。っと、それよりハイネさん、だっけ?色々と教えてくれないかな?」
「っぁ…!はい!それと私の事はハイネたんとお呼び下さいませ!昨日まではそう呼ばれていた気がします…!」
「そうかそうか、ハイネたん。気がするんだね…中々大胆かつスマートな交渉術をお持ちのようで…色々と教えてくれないかな?今日は何年何月何日なんだ?」
「むふー!カイリがウチをハイネたんって…くぅぅぅう…!ふぉおおあぁぁあぁあ!」
なにやら勝手にテンションが上がっているようだが、そろそろ色々教えて貰おうか。
また今日は覚醒歴102年一月十八日らしい。
聞いて分かった事は俺のこの体の主のステータスや世間一般の事柄だった。
天道 廻理15歳12/25生まれの山羊座のB型で趣味は鍛練、好きな言葉は初心貫徹。
好きな食べ物は鶏肉のささみとブロッコリー、好きな女性のタイプはハイネたん…と。最後は多分嘘だな。
というか暗示とかそういうのでは?
それからハイネたんのことも教えて貰った。
平原 灰猫14歳2/14生まれのA型で俺と同い年。好きな食べ物は甘いもの全般、好きなタイプは俺ことカイリ、得意な事は家事、料理、カイリの世話らしい。
それとBWDを提示されたがそれは彼女の個人情報保護のため伏せておこう。だが、Bの値は少し盛ってるな、俺には分かるぞ偽乳メイドめ。
俺の実家こと天道家は華族の末席らしくそれなりに裕福とのこと。
第二次世界大戦で多くの男性が亡くなり、異世界からもたらされた超技術により異能力と遺伝子に何かしらの細工がされ、男女比が1:5となっているらしい…
そして混沌としたこの世界には人類の敵が現れた。
名を次元渡航敵性体ヴィラルド。
後の話に繋がるが人類にヴィラルドととの戦うための術を異世界側の神が授けた。
それが異能力、またの名を祝福。
それを用いて人類はヴィラルドとの戦いを百年以上しているらしい。
またヴィラルドが現れた年から暦は覚醒歴と呼ばれ始めた。
西暦で言うと2057年。
この世界は女性同士で結婚をし子を生むのが一般的で、世代を重ねるごとに異能は強くなり人類は戦うための牙を研いできた。
世は正にヒロイック時代、という奴だ。
男性はかなり優遇されていて上層部の上澄み、華族などは働かずとも老衰で死ねるくらいの厚待遇だ。
男女比の話はまぁ分かった。けど異能力だと?
「ハイネたん!俺にも有るのか?異能力ってのは?!」
「え?えぇ、有りますよ。私は一恵の〈癒し手の力〉です。坊ちゃまは二恵で…あぁ、二恵というのはそのままで異能力を二つ宿している極数パーセントのみが持つ力です。三恵や四恵などは天文学数値の割合となりますね。まぁ形骸化された呼び名なんですが…」
「なるほど…なぁ…うーん。」
ハイネたんが教えてくれたのは二つの能力。
〈身体強化〉と〈変身〉だ。だからこの体は鍛えていたのか。
どうやら六歳の時に異能力を区役所などの地域行政に赴き、血を媒体に色々と調べるという法律があるらしい。
この検査は毎年四月に6歳、10、14、18歳と四年毎に無料で行われ、18歳時点で最終となり個人情報として国に管理されるという。
今は一月下旬でもう半月もすればハイネたんは16歳の誕生日を迎えるので俺が次に異能検査を受けるのは二年と三ヶ月後ということだ。
「まぁ…異能の事は分かった。それとさっきドアの裏で話していた学園というのは?」
「国立桜嶺大学附属高等女学園…この国の未来を担う英雄の卵が数多く輩出される名門です。坊ちゃまはこの桜嶺を経て英雄を目指される途中でした。」
「ん?」
英雄という単語に俺の耳が反応した。
英雄…まさかヒーローの事なのか?
そうだよな、そうだと言ってくれ!
「えぇ、世間一般ではヒロイックと称します。怪人や怪獣…その他は全て引っくるめてヴィラルと呼ばれていますね。」
「そう…か…」
「ど、どうなさったのでしょう?御体の具合が優れませんか?」
「クク…クハハハ!良いね、良いね!正に俺好みの世界って訳だ…!こんなの笑うしかねえ、よな!」
「坊ちゃま?…カイリ!?ど、どないしよ!お医者さん…お医者さん呼ばなきゃ!」
「まぁ待てハイネたん。俺は至って冷静だ!なってやろうか…」
「え?何がやねん?」
この子たまに関西弁出るな…関西の出身かな?
「世の中に認められる様な、世界が求める英雄って奴に俺は成る!」
「廻理…?」
決めた、決めたぞ!俺はこの世界で!
前世には成し遂げられなかった英雄になるんだ。
その為には特訓だな。
朝食を食べて準備が整ったら町に繰り出してジョギングついでに人助けをしてみるか。




