086 防衛魔術
「ま、見せたほうが早いかー」
ノブレス学園の広大な体育館。
白衣を着た、けだるそうな女性が、タバコのようなものを咥えて俺たちの前に立っている。
髪はブラウンのショートカット、スタイルがよく、足が長くてタイツが似合う。
ちなみにこの世界にタバコはないので、ただの白い棒だ。
季節は冬真っ盛りということもあって、中庭は授業で使いづらくなっている。
その為、屋根があるこの場所に来ていた。
木を基調していて、内装は一般的な体育館だが、特殊な魔術が施されている。
なので、多少魔法が当たろうがビクともしない。
で、そのビクともしない理由は、過去に防御魔法が付与されているからだ。
ノブレス・オブリージュでは、優先的に剣術や攻撃魔法を習得しようとする人が多い。
それはもちろん魔物が蔓延っているから。
基本的に魔物狩りってのは不意打ちが基本だ。
大声を出して真正面から戦うってのは仕方のない時だけで、普通は隠れた場所から一撃を狙う。
それもあって防御魔法ってのは誰もが疎かになりがちだ。
だが厄災のことあり、今後の危険性を顧みて、学園長が専門の先生をスカウトしてきた。ちなみにこれは、原作にない改変だが、俺はこの人を知っているので驚いた。
「デューク君、大丈夫、手加減なしでいいから」
「え、ええと、はい!」
ノブレスでは学年が上がると、属性魔法の個性を上げる選択授業が増える。
もちろん、一般的な座学や訓練もなくならない。
防御魔法も属性応用が利くものの、基礎となる術式は同じ。
闇防御、風防御、火防御も、元をたどれば一つなのである。
世界広しいえども、防御魔法の専門ってのはかなり稀有な存在だ。
原作でも俺は一人しか知らない。
で、まさかのまさか、その人物が先生になって現れたのである。
名前はココ。
下の名前は、恥ずかしいとのことで教えてくれなかった。
原作でも明かされていない。
「じゃあ準備できたら本気で打ち込んできて」
「え、いいんすか!? 結構強いっすよ!?」
「どうぞどうぞ」
「……うっす! 身体強化!」
デュークが魔力を漲らせる。
ココの喋り方は先生らしかぬのほほんとしている。
原作でも極度の面倒くさがりだったはずだ。登場シーンも、故郷が狙われて仕方なく、とかだった。
どうやって説得して先生になったのかは気になる。
そして生徒たちが見守る中、デュークは更に魔力を漲らせていく。
下級生といえども、奴の力は相当なものだ。
対してココは、静かに魔法を詠唱した。
「防御」
それは、魔法を覚えた初心者が初めに覚える初期魔法。
生徒たちから笑い声が聞こえる。
思わず俺も釣られそうになった。
どういうことだ? と。
当然、攻撃を放つデュークは困惑していた。
「いいからほら、全力できなよ。も――し破れたらポイントいっぱいあげるよ」
「……まじっすか!? なら、遠慮なしでいきまっすッ!」
宣言、デュークは全力で殴りつける。
轟音が響くも――なんと防御魔法は崩れていなかった。
閃光で密かに見てみるが、特殊な術式でもない。
一体、どういうからくりだ?
「はい、ありがとねー」
「み、右手が痛てえ……」
とぼとぼと肩を落とすデュークを、アレンとシャリーが慰める。
なんかかませ犬みたいだな。いや、実際その役目だったが。
「どういうことなんですか? ココ先生」
「あっは、いいね先生って。でもねー、何でも質問しちゃだめ。もう少し考えてみよっか」
そして俺たちは頭を悩ませる。
ミルク先生が言っていた魔力密度だろうか、いや、それにしては魔力を感じられなかった。
「魔力を二倍こめた!」
「はい残念ー」
「特殊な防御魔法!」
「はいそれも残念ー」
俺と同じような解答が続き、誰もがわからなかった。
やがて静かになった後、セシルが静かに手をあげる。
「魔力が丁寧で、術式が細やかに感じられました。ただ、それだけですが」
何を言っているかわからないと生徒たちは首を横に傾げるが、ココはタバコっぽいのを加えたまま笑みを浮かべ、落としそうになって慌てながらも立て直す。そして、笑みを浮かべてサムズアップ。なんか、自由だなこの人。
「セシルちゃん、正解。5ポイント追加」
「ありがとうございます」
しかし意味はさっぱりわからない。
その後、ココは、俺たちにわかりやすいようにゆっくりと指でなぞるように、空中で防御魔法を展開する。
「攻撃と違って防御ってのは、みんなが思ってるより難しいのよ。形が少しズレただけでも、効力は半減、いや、もっと低くなる。問題は誰もそれを理解してないってこと」
理屈はわかったが、それでも信じられない。
そして次に名指しされたのは、最強の魔法砲を放つ女子生徒。
「ええと、そうだね、カルタちゃん。そこからでいいから、魔法を撃ってみて。今度は、魔法防御に特化してるから」
「え、ええ!? ど、どのくらいの強さですか?」
「うーん、全力でもいいんだけど、噂は知ってるし、半分くらいで様子見しよっか?」
カルタの魔力砲は凄まじく、その威力は下級生なら誰でも知っている。
半分といっても、また初期魔法だ。
そんなもので防げるのか?
もちろん、全員が目を離せない。
当然、俺もだ。
カルタの表情が切り替わり、魔法を放つ。
速く、鋭く、そしてデカい。
凄まじいほどの威力だった。
だが――。
「ドゴォオォオォオン!」
直撃したかと思えば、カルタの魔力砲が四散する。
防御魔法は、一切崩れていない。
「すげえ、ココ先生!」
「初期魔法で防げるのかよ!?」
衝撃はデュークの時以上だった。
カルタの魔力砲はダンジョンボスのセイレーン、スタンピードでも活躍していた。
それを簡単な防御魔法で防ぐとは……。
俺も不可避領域を自動展開し、永続的に身体を覆っているが、これは緊急用みたいなものだ。
使わされると魔力がごっそりと減る。だがココの言っている防御魔法は、詠唱が必要な分、ごく少ない魔力で防ぐことができる。
なるほど、丁寧か……。
原作でも、こういう細かい所は描かれていないので、かなり勉強になる。
それから俺たちは、防御術式を丁寧に指でなぞりながら詠唱していく。
ココが順番に攻撃魔法を放ち確認していくが、どれも簡単に破られる。
丁寧とは簡単に言ったが、1ミリも誤差がなくということだろう。
「――ふうん、綺麗だね」
そのとき、俺の術式を見たココが、足を止めた。
ミルク先生の元で弟子をしてきたのだ。
やり方さえ理解すれば模倣は可能。
だが――。
「えいっ」
ココは指先に魔力を集めて、俺の防御魔法をぶち壊した。
「ま、及第点かな」
その割にはやけにあっさり壊されてしまったが……。
そしてココが一番褒めた生徒は、俺ではなかった。
名前は――。
「シャリー、とても綺麗な術式だわ」
「ありがとうございます!」
彼女の得意技である魔法付与は繊細な術式だ。
シャリーなら普通かなとも思ったが……それも失礼だな。
彼女も日々訓練を重ねている。
俺も原作にない知識とはいえ、もっと理解を深めるべきだ。
「はい、ダメダメ―」
「ぐぅ……」
どうやらアレンは苦手らしい。
まああいつは、繊細とはほど遠いもんな。
結局、授業が終わるまでに褒められたのは俺とシャリーだけだった。
放課後、俺は体育館を借りて防御魔法の練習をしていた。
満足がいく結果ではなかったからだ。
「ふうん、意外にマジメ君なんだ」
そこに現れたのは、ココだった。
気だるそうな声、だがどこか笑みを浮かべているような表情で、近づいてくる。
「……暇だったので」
「なるほど、なるほど」
ココはふむふむと何かを呟いていた。
そして――魔力を込めた右手で頭を殴ろうとする――。
だがそこで不可侵領域が発動した。
魔力が大きく漏出するも、ココは目を見開く。
「何するんです――」
「……驚いた。初めて見たときからあり得ないと思ってたんだけど、これ、君の創造魔法なんだよね?」
「そうですけど……」
闇と光を組み合わせた魔法だ。魔力消費が悪すぎるのでいつか術式を改良しようと思っていたが、まだそこまで手が回っていない。
「あっははは、真面目君で天才君で努力君って、属性多すぎない? へぇ、でもこれ、おかしいね。だって――二人いないと成立しないよね」
そしてココは、驚いたことにすべてを見破るかのような言葉を言った。
思わず心臓が鼓動する。
「……何の話ですか?」
「ふふふ、まあいいや。それより、これ、もう少し手直ししてみる?」
「どういうことですか?」
「これ、かなり魔力の消費が悪いでしょ? 力の強弱の判断術式が甘いからだよ。永続なのはいいけど、もう少し魔力で取捨選択したほうがいいかも」
あまりの言い草に笑ってしまいそうになるが、ココからすればそうなのだろう。
「強い攻撃も弱い攻撃も防いじゃうのは良くないよ。――やる気があるなら教えてあげるけど?」
「ありがたいですけど……一人の生徒にそこまで目をかけていいんですか?」
ミルク先生は俺の師匠だ。それはみんな知っている周知の事実。
だがココは違う。
俺の噂はまだ学園内で完全に消えたわけじゃない。
ココだって、それくらいは知っているだろう。
しかしココは気にしていないかのように、にへへーと笑う。
「だって、君の魔法がおもしろいから」
「ははっ、それはわかりやすいですね」
そういえば、ココは面倒くさがりだが興味があることには前向きだった。
原作でもアレンに興味を持ってからからやる気が出ていたはず。
「一つだけ聞いていいですか? どうして、先生になったんですか?」
「なんでだと思う?」
「わかりません」
「ふふふ、秘密だ」
「なんですかそれ……」
「ま、色々あるんだよ」
言いたくないことは誰にだってあるか。
しかし願ってもないことだ。
「それより、教えてもらいたいのか? もらいたくないのかい?」
「だったら、お願いします」
「はーい。その代わり、あとで永続術式教えてね。多分私じゃ使えないと思うけど、術式だけでも頭に入れておきたいし」
「俺……生徒なんですけど」
「細かい事気にするな少年。じゃあまずは、攻撃魔力の数値を術式に組み込んでみよっか」
それから俺は、なんと朝までココと一緒に術式の改良に励んだ。
彼女は、驚くほど一生懸命に教えてくれた。
「――それじゃあ、いくよ」
「はい」
ココが左手で魔力砲、右手で、小さな石ころを、俺に向かって投げ放つ。
その二つが、俺に直撃する瞬間――不可侵領域は発動した。
だが、魔力砲だけだ。石ころは、俺の頭にこつんと当たる。
これは、脅威じゃないと、自動で判断されたからだ。
さらに術式の構築を変えたので、魔力消費が格段に減っていた。
あまりの凄さに、俺は笑ってしまう。
「おお、完璧だ。――って、冷静に考えると君、強すぎないか?」
「ココ先生のおかげですよ」
「ふふふ、わかってるじゃないか。よし、じゃあ次は私に永続術式を教えてくれたまえ」
「体力おばけですか……」
それからまた二人で術式について話していると、ココ先生が――。
「――さっきの質問だけど、私の知り合いが亡くなったんだよ。魔族もどきにやられてね」
「……そうだったんですか」
魔族もどきは、原作よりも活発化している。
その噂は、このノブレス学園にも届いてきていた。
これは、改変ではなく、改悪だ。
「……私の魔法が、少しでも多くの人を助けられたなって思ってね。それが、先生になった理由だよ」
ノブレス・オブリージュが人気だった一番の理由は、魅力的なキャラクターにある。
前だけしか見ない主人公に、それを取り巻く仲間、最強の先輩、そして、大勢を支える教員たち。
少しの変化で、本筋は大幅に変わっていく。
「ヴァイス・ファンセントくん、君の噂は知ってるよ。昔のじゃなく、今のね。――もし誰かに、何かあったりしたら、助けてあげて」
「……考えておきます」
「ふふふ、生意気な少年め」
俺はやっぱりこのゲームが、いやこの世界、ノブレス・オブリージュが好きだ。
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