052 念願
ミハエル・トーマスの属性魔法は、風がメインでそれを支える地と水だ。
そして相棒のルギ・ストラウスも三つ、火がメインで、風と水が使える。
二人はそれぞれの弱点を補うことができる上に、タッグでの戦いを得意としている。
俺は四大属性を使えないわけではないが、基本的に闇と光を主に使う。
これはミルク先生の教えで、得意な属性を伸ばすほうが結果的に強くなるからだ。
何でもかんでも伸ばそうとするのは逆に効率が悪く、ある程度形が出来てから増やす予定で残している。
対してアレンだが、属性魔法は光に近い性質を持つ。
ただ魔力量がまだ足りないのか、強い魔法は使えない。
有り余る剣術才能はあるが、それにしてもなぜこんなに強いのか、それはまだ測りかねている。
突然ギアが上がったかのように速度が上がるときもあるし、かと思えば弱いときも。
ちょうどいい、ミハエルたちを倒した上で、アレンの秘密も暴いてやる。
『試合開始ぃぃぃ!』
驚いたことに、ミハエルとルギは距離を詰めてこなかった。
デュラン剣術では相手の懐に入るのが基本だ。
この時点で原作と違うなと、俺は気合を入れなおしていた。
俺の左手には鞭が巻かれている。
この決勝戦のために使用をあえて控えていた。
全ては、優勝杯を手に入れるため。
――絶対に勝つ。
【癒しの加護と破壊の衝動】
俺は距離を取られたことを逆手に取って地面に手を置いた。
事前詠唱も必要だが、魔法陣の術式が闘技場を覆って広がっていく。
大会で見せるのは初めてということもあって、観客席から驚きの声が上がる。
アレンは知っているので怯えることはない。
仕方ないが、こいつも味方認定してやるか。
『な、なんだこの魔法陣は!?』
審判が声を上げるのも無理はない。
間近にいることもあって、ミハエルとルギの身体から吸い取った魔力や身体能力が、俺とアレンの体に吸収されているのが視えるのだろう。
「……小賢しい魔法が使えるんだな。少しは認めてやるよ、ヴァイス」
「そりゃありがてえなァ」
だがミハエルは涼しい顔をしていた。この陣の上にいるだけでも相当つらいはずだが、その状態でルギに声をかける。
シンティアもおそらく同じことを思っていたが、俺たちの根本は強くなりたい。
間髪容れず奴らを組み伏すより、相手の出方を見る。
その上で勝つ、それが大事だ。
そして――。
『『魔法障壁』』
二人は全身を薄い魔法膜で覆った。
おそらくローガンの魔法無効の術式に手を加えたものだろう。
ライリーの全方位と違って自由に動き回れるのが見てわかった。
俺の魔法を防ぎきれているわけじゃないが、勉強になる。
「ルギ、時間を稼いでくれ」
「わかった」
さて、次は俺から仕掛けてみるか。
単身で駆けて距離を詰め、ミハエルを狙って下段から袈裟斬のように突き上げた。
人の目は普段見慣れないところからの攻撃に弱い。
それはこいつらにとっても同じだろう。
――どうだ?
するとミハエルではなく、ルギがそれをカバーして防いだ。
「一人でくるとは! 俺たちを舐めるなよ!」
間髪入れずにミハエルが俺に攻撃を仕掛けてくるが、鼻先で回避する。
なるほど、面白い。
「ヴァイス!」
その時、俺とスイッチするかのようにアレンが攻撃を狙う。
こいつとデュランはある意味で相性が良い。どちらも近接タイプだからだ。
だがミハエルは体術だけでアレンの攻撃を捌くと、体勢を組み替えて蹴りを入れた。
かろうじて受け止めるも、アレンは後方に大きく吹き飛ばされる。
まだまだだな。
俺が奴らを――。
「ルギ!」
「ああ――わかってる」
ミハエルの掛け声とともに、ルギが風魔法を放った。
威力よりも風圧を重視した攻撃。
これはシャリーの魔法に近い。
ただの攻撃魔法なら俺の閃光で切り伏せることはできるが、ただの風は別だ。
身体の軸がブレる。その隙を見逃さずに、ミハエルが手加減もせず俺の頭を狙ってきやがった。
俺はそれを難なく剣で防御するが――重い。
原作で勝てなかったのを理解してしまうほどに鋭く、重力を感じる剣だ。
開発陣の絶対に勝たせないという気概を感じるほどの威力。
思わず笑みがこぼれる。どう考えでもやりすぎだが、それがいい。
はっ、これだからノブレスは最高だ。
『な、なんと見事に仕掛けたデュラン側の攻撃でしたが、ヴァイスはその上をいっている!?』
続けざまルギはまた風魔法を放つ。
ミハエルはそのまま後ろに下がると地面に手を置き――なんと己の魔力の殆どを使用し――【癒しの加護と破壊の衝動】の術式を解きやがった。
「……はっ、随分と豪勢な使い方じゃねえか」
しかし驚いたのは事実だ。
この魔法陣が展開されている以上、俺たちは回復しながら攻撃を仕掛けることができた。
「ヴァイス・ファンセント。お前の魔法は認めてやる。だがこれはタッグマッチだ。個々の能力だけで勝てると思うなよ」
そしてミハエルは、ルギの手から魔力を譲ってもらっていた。
無くなった魔素を分け与えることで、大胆な行為ができたというわけか。
「アレン、奴らの動きを止めろ。俺がとどめを刺す」
「いや、僕がやるよ。ヴァイス、君が止めてくれ」
「なんだと? ろくに魔法も使えないくせに口答えか?」
「違う! これは作戦で――」
俺とアレンが言い争いをしていると、ミハエルとルギが距離を詰めてきた。
二人はアレンに対して風魔法を放つ。これもまた距離を取るだけで威力はない。
今まで俺は敵を潰すことだけを考えていた。
だがこいつらは違う。時間を稼ぐことが勝利につながることを知っている。
原作で倒すことだけを考えていたことが、もしかするとこういう戦術が剣魔杯の優勝で必要なことなのかもしれない。
「ヴァイス・ファンセント、お前は強い。だがこれはタッグ戦だ!」
上下左右、ルギと二人で俺に剣を連続で放ってくる。
防ぐことはできるが、反撃をする暇がねえ。
だが――剣だけが俺の能力だと思うなよ。
「! ――ミハエル! 魔力が使えなくなった!」
立ち位置の問題でルギにしか触れさせることはできなかったが、俺は鞭でルギの身体に魔力乱流を流した。
すぐに気づいたのだろう。だがすぐにミハエルに声をかけ距離を取る。
慌ててくれればすぐに組み伏せたが、冷静な奴らだ。
「はっ、小技が多いんだな。さすが魔法に頼ってるだけある」
「どうだろうなッ!」
鞭から逃げたとはいえ、一度乱された魔力はすぐに回復しない。
魔力の通っていない剣なんてこのノブレスではゴミだ。
俺はミハエルに再び駆けると剣を放った。
そこでようやくアレンも戻ってくるが、遅い。
「お前はルギをやれ」
「――言われなくてもっ!」
アレンはルギに攻撃を振り続ける。
望んだ展開、タイマンなら負けるわけがない。
「さっきの威勢はどうした? ミハエル・トーマス。随分と防戦一方だな」
「クッ――」
俺の打ち込みに無駄口を返す暇はないらしい。
当たり前だ。いつも誰と仕合をしてると思ってるんだ?
もうお前から学ぶことはない。
これで――。
「終わりだ」
体勢を崩したところを見計らって、俺は不自然な壁で上に高く舞い上がった。
重力を乗せた一撃。これを食らえばミハエルは終わる。
魔法障壁、防御障壁も詠唱しているが、閃光のおかげで視えている。
全てを破壊し、生身の身体に攻撃を与えてやる――。
「ミハエル!」
だが刹那、奴の身体に攻撃が触れる瞬間、ルギが思い切りミハエルを蹴りつけた。
俺の攻撃はルギの足にぶち当たるが、その瞬間だけ全集中で防御に充てていたのだろう。
とはいえ俺の攻撃はそんな生易しいもんじゃない。この一撃で、ルギの足は使い物にならなくなった。
しかしアレンは罠にかかっていたらしく、地面から生えた植物魔法で身動きが取れなくなっている。
『窮地に思えたミハエルでしたが、それを助けたのはルギ! しかし右足がどうやら動かなくなったみたいです! 果たしてどうなる!?』
冷静な審判の声に、だんだんと苛立ちを覚えてくる。
勝てそうだが押しきれない。
――クソが、足手まといがいなけりゃ。
「アレン、お前はなぜそんな弱い? いつものように全力を出せ」
「出してるよ! ヴァイスが僕に合わせてくれれば!」
「――チッ」
それからもミハエルとルギは人数差を作ることに尽力していた。
威力が弱くても罠や火魔法で分断し、その間に二人で一人を叩く。
単純だが、俺たちは苦労していた。
『さすがデュラン剣術の黄金ペア、窮地ではありますが、懸命に戦っています!』
審判も感じ取ったのだろう。
ミハエルもルギも強いが、今の俺なら絶対に負けない。
だが、それは一対一の話だ。
歓声が聞こえない。
みんな黙っているわけではないが、俺の耳に届かないのだ。
……ああ、クソ、どうするか――。
――そのとき。
「ヴァイス、お前なら余裕だ!」
ひときわ目立つ低声に気づく。
試合中にもかかわらずふと視線を向けると、リンスやカルタ、セシルの後ろに――父の姿があった。
何ともまあ笑えるような垂れ幕を持っている。
はっ、なんだよ『最凶ヴァイス』って。
よくみると、エヴァ・エイブリーも椅子に座って俺を見ていた。
遠くでミルク先生の姿も再び確認した。
――ああ、そうだ。俺は勝つためにここにいる。
それを間違えるな。
己の傲慢さを叩きつけるためじゃねえ。
――そうだよな、ヴァイス。
「――アレン」
「ねえ、ヴァイス――」
俺たちは同時に声をかけた。その目、声、表情、こいつも同じことを考えていたのだとわかった。
竜討伐を終えて、俺たちは研鑽を更に重ねていた。
そして芽生えていた。個々の力で圧倒的に強くなりたいと。
それが足枷となり、この状況を招いていた。
今は殺し合いじゃない、狭い闘技場の上での試合だ。
勝つためには、試合なりの戦略が必要ってことだな。
「……俺が後衛をする。まっすぐに駆けろアレン」
「君が? ふふふ、いや、ごめん。――わかった。信じてる」
「ああ」
勝つためには手段を選ばない。
それが悪役だよなァ。
ミハエルとルギは、距離をとって体力を回復させていた。
おそらくとどめを刺すつもりなのだろう。
だがアレンは駆けた。それもただ真っ直ぐに。
奴に奇策はない。あるのは、俺を信じる心だ。
――はっ、主人公野郎が。その馬鹿正直さは嫌いじゃない。
「最後は無謀な特攻か」
ミハエルは笑みを浮かべた。勝てると思ったのだろう。
だが違う。
俺たちは覚悟を決めた。
――これは、タッグ戦だ。
「不自然な壁――身体強化――黒い癒しの光」
俺は手をかざして、アレンの前方に壁を出現させた。
アレンはそれに足をかけて高く飛び上がる。同時に、癒しと攻撃を与える魔法がアレンに降り注いだ。
今まで一度もやったことがない、他人を強くするためだけの戦略。
もちろんそれだけじゃない。俺も距離を詰めていた。
アレンの攻撃がミハエルに届くと確信したルギは、また助けるために動いていた。
だがそれも俺はわかっている。
瞬時に距離を詰めて鞭を伸ばし、ルギの身体を固めると、足蹴りをして吹き飛ばした。
これでいい。俺が今すべきなのは倒すことじゃない、邪魔をさせないことだ。
更にアレンは、いつもより力を見せた。
魔力が瞬間的に跳ね上がる。
――はっ、こいつまたか。
ここぞって時だけ強くなる。ったく、いやになるほど主人公だな。
「クソ、剣防御」
ミハエルが防御の構えを取るが、アレンの攻撃は剣を――叩き割った。
そのまま肩に一撃を与える。
大きく魔力が失われるが、必死に魔法を放ち、ミハエルは距離を取る。
だが俺たちはそんなに甘くない。
次は俺が一直線に駆ける。
ルギが守ろうと前に出てきて、なりふり構わず剣を前に突き出した。
俺の目を狙ってやがる。回避行動をとることもできるが、構わずに突っ込む。
――一人じゃねえからな。
「させないっ」
目に触れる寸前のところで、アレンが横から弾いた。
アイコンタクトも会話もない、無駄のない動きが刹那を分けた。
俺の狙いは初めからルギだった。
必死で守ろうとする相棒を叩く。
そして俺は、ルギを堕とした。
『な、なんとぉ!? 防戦一方だったノブレスが急遽反転、ここでルギが脱落!』
しかしルギは刺殺の構えを取っていた時には、既に全魔力をミハエルに譲渡していた。
いつのまにか距離を詰めて身体ごとアレンにぶつかると全魔力を使って捕縛し、剣を振りかぶった。
「まずはお前からだ!」
ミハエルの剣が、アレンに届く。
魔力が大幅に放出されていく、数秒後、アレンは堕ちるだろう。
だが俺は、アレンの後ろから剣を振りかぶっていた。
「な、お前、味方ごと――」
俺は悪役だ。味方ごとたたっ斬ることに、なんの遠慮もねェ。
まあ主人公、いい囮だったぜ。
「じゃあなミハエル」
長年の夢が叶う瞬間だ。
挑んだ回数は原作を考えると何千回? 何万回?
――夢が叶うぜ。
俺は魔力を瞬間的に爆発させると、身体強化と閃光に力を入れた。
「クソ、クソ、なんでお前らなんかに!」
俺の剣は、大勢の想いが乗ってんだよ。
――じゃあな。
『しょ、勝者、ヴァイス・ファンセント、そしてアレン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! なんと最後は味方ごと切り伏せ、勝利を手に入れました! 学園対抗、第十二回、ノブレス剣魔杯、下級生の部優勝は、ノブレス魔法学園です!』
審判の声が響き渡る。
その後――歓声が上がった。
「うおおおおおお、ヴァイスぅぅぅぅ!」
「アレン!!!!」
「やったあ! ノブレス優勝だああ!」
「最強だー! 流石だぞー!」
「やったあああああ!」
「しかしやりすぎだぞー! でもいいぞー!」
流石に疲れすぎた俺は、その場で剣を杖に膝をつく。
はっ、どいつもこいつもうれしそうじゃねえか。
「ヴァイス様、さすがですー!」
「ヴァイスくんー!!!」
「ファンセントくん、凄い!」
リリス、カルタ、セシルも喜んでくれている。
まったく、俺のほうが嬉しいんだけどな。
「我が息子よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
その後ろで号泣しながらゼビスに抱き着いているのは、我が父、アゲートだ。
いや……まあ、うれしいけどね?
そ、そんな泣かなくても……。
そしてエヴァはにっこり微笑んで去っていく。
はっ、見届けてくれてありがとうよ。
最後にミルク先生に視線を向けると――。
『ま、よくやった』
と口を動かしていた。
……はっ、ありがてぇ。
そのとき、アレンのうめき声が聞こえた。
どうやらぎりぎり意識は途切れてないらしい。
まあ、主人公のおかげでもあるか。
俺はゆっくり近づいて、手を伸ばした。
「立てよ、優勝者が寝てたら恰好つかねえだろうが」
「……そうだね。けど、後衛って話はどうなったの?」
「勝ったんだからいいだろ?」
「ははっ、その通りだ」
そして――アレンが立ち上がったとき、再び歓声が上がった。
ああ――クソ、嬉しいじゃねえか。
……つうか、本当に勝てるのかよ、このイベント。
俺が……証明できたのか。
「君のおかげだ、ヴァイス」
けたたましく響く歓声の中で、アレンの声だけは良く通った。
その時、俺の心の深いナニカが揺れた。
この感情は、俺のじゃない。
ヴァイス、お前か。
ああ、そうか。
お前も嬉しいのか。
ったく、素直なところもあるんだな。
「ま、今回はお前も頑張ったかもな」
俺たちは拳を合わせた。
一人の力じゃ奴らに勝てなかっただろう。
それは間違いない。
俺はまだ足りない。
努力も、魔力も、戦闘力もそして――仲間も必要だとわかった。
対する厄災戦は、俺とセシルだけで攻略は不可能だ。
それを確信した。
全てを話すわけにはいかないが、信頼できる面子には話すべきだろう。
『それでは、優勝杯の授与がありますので、少し休憩を取ります!』
審判の声の後、俺とアレンは自陣に戻ろうとした。
しかし気絶から目を覚ましていたミハエルが、俺たちに声を掛けてくる。
「待ってくれ」
「あァ?」
だが以前とは違う顔つきだ。
悔しそうだが――。
「今回は俺の……いや、俺たちの負けだ。来年は必ず勝つ」
「僕もだ。次は負けないぞ」
ミハエルとルギが、負けた癖に俺たちより嬉しそうだった。
「はっ、負け犬にしちゃいい気概だな。――せいぜい頑張んな」
軽口を叩いたが、驚いていた。
こんなことを言う奴じゃなかったはずだ。
傲慢で、他人を絶対に認めないミハエル・トーマス。
これが、優勝者だけに見られる未公開シーンか。
……悪くねえな。
「やりやがったなあ、お前らぁ!」
「ほんと、凄いわ!」
そしてシャリーとデュークが走ってくる。
シンティアは俺に向かって微笑んでくれた。
――気づいたことがある。
ヴァイス、お前は確実に俺の中にいる。
それがわかった。
溢れんばかりの歓声が聞こえている。
みんなが俺たちを祝福してくれている。
これは、お前が見たかった光景なんだろう?
どうだ? 嬉しいか?
まあ見てな。
俺が、全てを叶えてやるからよ。
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