051 研鑽
デューク・ビリリアンは、原作において最強格の一人だ。
攻防一体の身体強化、無尽蔵の体力、そして筋肉。
全てにおいて無駄がない。
だがそれは終盤の話だ。
この段階でデュークはまだ発展途上、相手は既に完成されている、アイザック・エルド。
二刀流の使い手で、火と水を剣に強化魔法を付与して戦う。
これはノブレスの特殊なステータス数値の話になるが、魔法剣と通常剣では防御において大きくかかわってくるところだ。
俺の剣にも闇と光の性質を多少付与しているが、それによって相手は魔法耐性に魔力を割かないといけなくなる。
耐性ってのは鎧みたいなもので、手薄になっている部分を切られるとダメージがより入る。
かといって身体の全体を覆うと効率が悪くなるし、そのあたりは調節が非常に難しい。
ゲーム上では、闇耐性20、光耐性20、みたいな形でわかりやすかったが、感覚だと随分と違う。
だからこそ属性が多いほど相手は強いし、逆もまた然り。
そんな相手と戦うのだから大変なことは間違いない。
だがデュークは魔力が他人と比べて少ない。
そのため、基本的には魔法を使わず肉体を強化して戦う。
アイザックとの相性はあまり良くないが、デュークは対策を練っていたのか、俺も見たことがない自前の武器で戦っていた。
「オラァ! なんだぁ? 大したことねえなあ!? それがデュラン剣術か!?」
「クソ、この野蛮人が!」
アイザックが幾度となく剣を打ち込んでも、デュークが拳で防ぐ。
金属音が響き渡る。アイザックが驚くのも無理はなく、デュークはメリケンサックのようなものを装着していた。
凄いところは度胸だ。
腕を切られる、指を切られることを怖がらずに、拳で剣を防ぐなんて普通はできない。
だが奴はどんな攻撃からも目をそらさない。
アイザックが放つ凄まじい剣にも臆することなく進み、そして、受け止める。
アイザックは着実にダメージを受けて、魔力を失っていた。
体力にも明らかに陰りが見える。
「ゴブリンみたいに突撃ばっかりしやがって!」
「おお、いいねぇ。誉め言葉じゃねえか」
デュークの攻撃にたまらずアイザックは、魔法を放って距離を取った。
剣術主体のデュランとは思えない、なりふり構わない戦術だ。
だがそれでも勝ちたいのだろう。
こいつらの凄いところは、剣術ばかり練習していると思いきや、魔法の理解度も高い。
対魔法特化で戦うには、魔法使いよりも研鑽を積まなきゃならない。
血反吐を吐き、そして研鑽を重ねているのだろう。
「この近接野郎が! これで終わりだ。凍てつく火――」
アイザックはプライドを捨てて、魔法を放つ。デュークは遠距離が苦手だ。
以前までは――。
「ちょっと前の俺なら、そうだったかもな」
デュークは魔法を回避した後、右拳をその場で振りかぶった。
以前は魔法生成武器で弓を作っていたが、そうではなく魔法で拳を飛ばしている。
……こいつも創造魔法を編み出したというのか。
アイザックは慌てて二刀で防御するも、それは囮だ。
直後に縮地、デュークは距離を詰めていた。
奴の魔法はまだ威力が弱い。普段のアイザックなら初見でもそれがわかっただろう。
だがそれを悟らせないほど、デュークのプレッシャーが凄まじかった。
距離を詰めたところで、懐に入り込む。
「悪いな。やっぱり俺はまだ、近接野郎なんでな」
「クソ、二刀防御――」
「遅いぜ」
絶大な威力を誇る右ストレート。
もし生身でもらっていたら、アイザックの顎は砕けていただろう。
『試合終了! 勝者、デューク・ビリリアン!』
これで二勝、次勝てば問答無用で俺たちの勝利が決定する。
「シャア! 余裕だったぜ! と、言いたいところだが、危なかった……」
戻ってきたデュークの右腹部には、訓練服が破れかけていた。
おそらくどこかの攻撃がヒットしたのだろう。
流石の威力だ。
「やるわね、デューク」
「ま、こんなもんよ。シャリー、俺に続けよ!」
「任せて、私も絶対に負けないんだから」
相変わらず仲がいいな。ま、この展開は俺も原作で見たことがないので少しは微笑ましい。
「ヴァイス、やったぜ!」
まあ、わざわざ俺にサムズアップはしなくていいが。
『ノブレス魔法学園、マッチポイントです! 続いて、シャリー・エリアス! そして、ローガン・ファイク!』
歓声が沸き上がる。
だがそれ以上に、他国の権力者たちの面子の顔色が変わった。
ま、気になるよなァ。
シャリーの名前は、おそらく貴族の間で一番有名だ。
「ヴァイス」
「なんだ?」
するとシンティアが、俺に話しかけてきた。
「シャリーさんなのですが、一部の方から聖なる娘と呼ばれていると聞きました。どういう意味なんでしょうか?」
「ああ、あいつはなァ――」
『試合、開始ぃぃぃぃ!』
シャリーは剣を構えながら距離を取った。
魔法付与は一定の魔法使いであれば使えるが、シャリーはそれ以上、稀有な魔法融合を使用できる。
魔法糸のように、全く新しい創造魔法を生み出せるのだ。
それができるのは、魔法の術式を多く暗記していることもそうだが、生まれもった奇跡が関係している。
「お前がシャリーか、名前、聞いたことがあるぜ」
「そりゃどうも。それより悠長に構えていいの? 時間をかければかけるほど、私が有利になっていくわよ」
魔法陣には特殊な音魔法が付与されていて、俺たちは自陣にいながら何を話しているのかがわかる。
シャリーの言う通り、彼女は魔法罠を地面に付与することができる。
ノブレスの入学直後はそこまでだったが、研鑽を積んだ今は、相当厄介だ。
魔力を奪う罠、身動きが取れなくなる罠、俺の魔力乱流のような罠もある。
更に剣先に付与することで、様々なデバフを相手に与えることも可能。
何より特筆すべきは、自身だけではなく仲間の剣や物質に付与ができること。
それは彼女にしかできない。それこそが、聖なる娘だと言われている所以。
しかしなぜ彼女だけがそれをできるのか? それは、彼女の二つ名に関わっている。
聖なる娘、聖女――シャリー。
それが、彼女の呼び名だ。
「俺はそんなに馬鹿じゃないぜ。まあ、みてな」
しかし残念ながら、ローガン・ファイクはシャリーにとっての天敵だろう。
あいつの秘匿を伝えようとしたが、何も言わないでと釘を刺された。
大剣を抱えているローガンは、ゆっくりと魔法を詠唱しながら刀に術式を込めていく。
それは――ありとあらゆる魔法を一時的に無効化できる。
俺の閃光は即時発動で魔力消費以外に制限はないが、奴は少し時間がかかる。
だがシャリーが相手で助かっている。
「じゃあ、時間を掛けずにいかせてもらうぜェエエエエエエ!」
思い切り大剣を振ると、シャリーの仕掛けた罠が全て吹き飛んだのがわかった。
魔法は消えるとガラスが割れたかのような音が響き、魔力の結晶が視覚化して視える。
といってもそれを見るにもそれ相応の眼がないとダメだが。
仕掛けたシャリーは当然すぐに気づいたはずだ。
驚いて剣を構えるも、ローガンは豪快に距離を詰める。
「一撃だぜぇ!」
ローガンの速度は遅い。だがパワーがある。
ちなみに闘技場の外に出ると10カウントで敗北だ。
あいつにとってこの狭い場所は有利、当然罠を仕掛けることが得意なシャリーにとってもだったが、こればかりは相性が悪い。
しかし――。
「それはズルいわね」
シャリーは高く舞い上がる。
以前は使えなかったはずだが、おそらく崖から落ちたことをきっかけに修練したのだろう。
俺の隣で、シンティアが目を見開いていた。
「あれは……カルタさんの!?」
「いや、違う。シンティア、さっきの質問の答えだが、シャリーは聖女だ」
「聖女って……あの?」
「ああ、聖女と呼ばれる条件、それは――精霊に愛されてるということ」
ノブレス・オブリージュの世界では、精霊が存在している。
だがほとんどがその姿を見たこともないし、視認すらできない。
しかしごくまれに精霊の力を借りることができる特殊な才能を持つ人間がいる。
それが、シャリー・エリアスだ。
だからこそ彼女は魔法を他人の武器や身体に付与することができる。
本来定着しないはずの魔力を、精霊の力を借りて変化させることが可能だ。
おそらく空気中に漂っている微精霊の力を借りてるのだろう。
そればかりは俺でも視認ができない。
原作で彼女が亡くなった理由は、この精霊にある。
本来ならこの魔法をアレンが受け継ぐ形になるのだ。
幼馴染の力を得る悲劇の主人公、プレイヤー目線だと王道で、興奮もするだろう。
だがそれが改変し、シャリーの力は健在だ。
アレンからすれば弱体化みたいなものだが、そんなことあいつは知らないし、それ以上に強くなっている。
まあ、俺からすればそれはそれで楽しいけどなァ。
「空に逃げてなにすんだぁ? ずっと魔力を消費するだけじゃねえか?」
「ただ逃げたわけじゃないわ。――魔法束縛」
「な――ッ!?」
シャリーが手をかざすと、地面から無数の魔法縄が出現し、ローガンの身体を掴んだ。
これには俺も驚いた。
ローガンが全てを破壊したと思っていたが、それこそが罠だったのだ。
真の罠を残していたとは……さすが、シャリーだ。
「クソ、なんだ取れねえ!」
追加で魔法糸も付与しているらしい。更に相手の魔力も奪っているのだろう。
弱体化しているのがわかる。
上位戦闘になってくると、刹那の時間で命が費える。
例えば、エヴァ・エイブリーを前にしてこの罠にかかったらどうなるのか。
間違いなくあの世生きだ。
シャリーは間違いなく大人数の戦場で輝くだろう。
「とどめよ! ハアッ!」
だが――。
「オラァア! 全体防御」
ローガンはやはり天敵だ。奴の得意技は圧倒的なパワー、そして防御力。
その二点に特化している。
シャリーは支援としては最高峰、とはいえ単体の決め手に欠ける。
シャリーの剣は、ローガンの防御を削ってはいるものの、やはりかなり厳しい。
……もしこれがチーム戦なら、勝敗は既に決しているが……。
「魔法解除!」
その時、ローガンが追加で魔法を発動した。
設定ではかなりのプライドが高い。
魔法をほとんど見せることはない。
更にデュラン魔法でも秘匿率の高い魔法解除を詠唱するとは……シャリーがそれほど厄介だったのだろう。
ローガンにとっては絶対負けられない試合。
だからこそ、奥の手を使った。
驚いたシャリーは距離を取るが、隙を逃さずローガンが大剣を振りかざす。
その速度は大剣とは思えないほど凄まじく速い。
これは回避が不可能だろう。
「静かなる足音――」
だがその時、目を疑った。
シンティアが使えたのは知っていたが、シャリーも!?
いつのまに……ああ、そうか。
俺に隠し事ばっかりしやがって。
いつのまに三人で訓練してやがったんだ?
「あああん!? 避けられただと!?」
「これで、終わりよ――」
そしてシャリーの剣は、ローガンの首に触れた。
だが――そこまでだった。
多くの罠を使用し、普段は使わない技で回避したからだろう。
魔力が完全に消えてしまっていて、ローガンの防御を貫通することはできなかった。
ローガンも本当にギリギリだった。俺の目からは、残り少ない魔力が見える。
しかしカウンターでシャリーに大剣を放ち、試合は――終わった。
『勝者、ローガン!』
歓声が響く。これで2-1だ。
シャリーはよろよろと戻ってきた。
アレンに身体を支えてもらって、デュークも健闘をたたえている。
そして、シンティアも声をかけていた。
あれほどの雄姿を見せられたのだ。その気持ちはよくわかる。
……ったく、落ち込みすぎだろ。
「ああ、負けた……みんなごめんね」
「シャリー」
俺はゆっく近づいて、シャリーに声をかけた。
「戦場ならお前の勝ちだ。こんなものはただの遊びに過ぎない。……気にするな」
本当の事を言っただけだ。
決してほめたたえているわけじゃない。
シャリーは目を見開いた後、大口を開けて笑う。
「あははは! ありがとう、ヴァイス」
しかしいいものを見せてもらった。
誰も見たことのないシャリーの真剣勝負だからな。
未公開シーンとしては、最高だった。
デュランは首の皮がつながったというべきかもしれないが、俺はため息をついていた。
実は原作でもこういうパターンはある。
そうなると次の展開は決まっている。
ゲームってのは、大体主人公サイドが不利になるようになっている。
それはこの、ノブレス・オブリージュでも同じ。
俺はアレンを見ていた。
ったく、またかよ。
少しだけ時間がかかったあと、審判が声をあげる。
それは、俺以外にとっては驚きの内容だろう。
『次の試合ですが、学園長同士の話し合いの末、タッグマッチとなりました! つまりこれで勝利したペアのいる学園が優勝となります!』
次の瞬間、ブーイングが起こった。
俺とアレンのどちらかが勝てば優勝するはずが、これではチャンスが一度きりしかない。
ノブレス学園にとっては不利益なので仕方がないだろう。
だが続けて審判が追加で発言する。これは、ノブレス側から提示したと。
「おいおい、流石にそれはねえだろうよおお!?」
デュークが騒ぐのも当然だ。
だが俺は学園長の事を知っている。
勝利よりも困難を、それが理念なのだ。
正直それ自体はもう言っても仕方がない。
これは原作通り、優勝を困難にするためのシナリオ通りだ。
それより、俺がまたアレンと一緒に……気に食わねえ。
「大変なことになりましたわね、ヴァイス」
「まあいい。やるべきことは変わらん」
闘技場まで進んでいると、後ろからアレンが声をかけてきた。
「頑張ろう、ヴァイス。竜のとき……以来か」
「勘違いするなよ。俺は馴れ合いは求めてない。足を引っ張るな」
「それはもちろん……お互い様だ」
俺の相手は、あのミハエル・トーマスだ。
そして副将、ルギ・ストラウス。
俺は厄災を乗り越えるために研鑽を積んでいた。
アレンの力を借りて勝利するのではなく、俺一人の力で、二人をぶっ倒してやる。
そしてアレンの横顔を見ても気づいた。
ああ、こいつも、一人でぶっ倒してんだろうなあと。
「まさかタッグとはね。だが好都合だ。二人を同時に倒せるとは」
闘技場に上がると、くだらねえ爽やかな笑顔でくそったれの挨拶をミハエルがしてきやがった。
隣のルギ・ストラウスは真面目な野郎で、静かにメガネをあげている。
「ミハエル、いつも通りで行こう。絶対勝てるはずだ」
「ああそうだな。頼んだぞルギ」
そしてこれは最高で最悪のパターンだ。
奴らは二人での戦いに慣れている。原作でも幼いころからの親友で、ずっとタッグでの戦い方を学んできた。
まあでも、そんなものは関係ない。
俺は、絶対に勝つ。
「雑魚はすぐ群れるが俺はお前らとは違う。デュラン剣術とやらが俺に通用するか試してみろ」
「そうか、なら見せてやろう。本当の剣術をな」
アレンは無言で剣を構えていた。俺はこいつの力は借りない。
絶対倒す、でなければ厄災なんて制覇できるわけがないからだ。
『それでは最終戦、ノブレス魔法学園vsデュラン剣術魔法学校。――ヴァイス・ファンセント、アレンvsミハエル・トーマス、ルギ・ストラウス』
そして、優勝杯をかけた最後の試合が始まった。
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