004 ミルク・アビタス先生
「限界を超えた先が第一歩だ。文字通り死ぬまでやれ」
「は、はい!」
相変わらずミルク先生はきびしい。ちなみに今のは先生の口癖だが、本気で言ってる。
結局、剣も魔法も同じ先生なので、効率よく両方を学びはじめた。
とはいえ剣術コースは厳しく、魔法は優しくとお願いしているので、後者の時だけ気絶したら「撫で」を一回だけしてもらえる。
最近はそれを楽しむまで意識を飛ばさないように踏ん張るのがマイブームだ。
なんか、目覚めてないかな? 大丈夫かな?
「あ……意識……が……」
「二時間か、かなり延びたな」
再び地面に倒れるが、手の平の感触を味わうまで必死に歯を食いしばり、直後意識を失った。
それからも毎日同じ訓練を繰り返した。
走って、筋トレして、意識を失うまで魔力を漲らせる。
時間は早いもので半年が過ぎた。
それでもリリスは変わらずに傍で支えてくれている。
なんて健気なんだろう。
どんな些細な話も聞いてくれるし、気遣いに溢れている。
あと、凄くいい匂いがするのだ。身体は華奢だし、腕なんてすごく細くて、骨なんてすぐに折れそうだから、俺が強くなって守らないといけない。
原作ではあまり登場しなかったが、確か裏設定があるとか聞いた気がする。
おそらく病弱だとか、家族の為にお金を貯めているとか、そんなのだろう。もしかしたらどこかのお姫様とかかもしれないな。
そしてステータスにも大幅な変化が出てきた。
名前:ヴァイス・ファンセント
種族:人間、男
年齢:15歳
職業:貴族訓練生
レベル:2⇒4
体力:60⇒120⇒300
魔力:20⇒1200
固有スキル:縛りプレイLv2、ヒールライトLv1、New:気配察知Lv.1、隠密Lv.1、魔力操作Lv2
称号:ボンレスハムの使い手、執事たらし、New頑張り屋さん、
見て取れる明らかな上昇だ。
体力と魔力は初期と比べたら雲泥の差。
というか、魔力に関してはちょっと笑ってしまうぐらい増えている。
これ、原作で考えると中盤ぐらいの魔力量じゃないか?
以前は朝から訓練を開始すると、昼には疲れ果てていたが、今は気づけば日が落ちている。
気配察知はリリスがいつも傍にいるのを気にしていたら覚えたのだろう。隠密はミルク先生から隠れたり逃げたりしていて覚えた気がする。
でも、称号の頑張り屋さんって……これ何の意味があるんだ……。
「しかし驚いたな。ヴァイス、お前はかなり素質が……いや百年に一人の存在かもしれない」
「え? 百年?」
ある日、ミルク先生が唐突に言った。今まで褒められたなんてないので、逆に困惑してしまう。
喜んだ瞬間にビンタでも飛んでくるのかと身構えたが、流石にそこまで鬼畜ではなかったらしい。
「私は目を凝らせば魔力量がなんとなくわかる。今まで数多くの戦士や魔法使いを見てきたが、お前の上昇値は……普通じゃない」
この世界に明確な鑑定スキルは存在しない。だが、経験から同じようなことが出来るらしい。
俺自身も多いなと思っていたが、やはり間違いない。
いちいちゲームの数値なんて覚えてはなかったが、記憶は合っているみたいだ。
「……とはいえ、やるべきことは変わらないがな」
「そ、そうですよね……」
少しサボっていいのかと期待したが、そんなことはなかった。
だがそれでいい、俺は、運命を変える為に頑張っている。
それからまた数ヵ月、大きく変わったことがある。
基礎訓練は変わらずだが、ついに実戦訓練が投入された。
最初は素振りぐらいなのかなと思っていたが、初めからミルク先生との模擬戦だった。
「まだまだだな、隙だらけだ」
「い~~~~ッッッ」
思い切り強打される脇腹、これでも手加減しているぞと言われているが、悶絶するほど痛い。
ぎりぎり死なないライン、死んだと思ったことは無数にあるけど。
「いいかヴァイス、訓練は実戦だと思え。戦いとは喧嘩だ。一番大事なのは何だと思う?」
「ええと……魔力と相手の姿をみ――」
脇腹に一撃、ミルク先生は基本的に口よりも行動で示す。
しかしわかった。
――先手だ。
「ぐうう……い、痛いです……やられるまえにやれ、でしょうか」
「そうだ。喧嘩っ早くなれとは言わないが、一撃目はどんな攻撃よりも勝る。魔法の達人でも、魔法防御を練る前に撃たれたら死ぬ。格闘の達人でも、油断している時に首を折られれば死ぬ」
言っていることは至極当然だが、簡単なことではない。
話し合いとかはしないのだろうか……しないな。
「これについては口だけではわからんだろう。準備が整ったら実戦テストを行う」
「実戦テストとは……?」
「それは楽しみにしといてくれ」
ニヤリと笑うミルク先生。こんなに嬉しそうな姿を見るのは初めてだ。
おそろしくて身体が身震いしてしまうが、そんなことで手加減してくれるわけはないだろう。
覚悟を決めて立ち上がるとまた笑みを浮かべた。
「いいぞヴァイス、私がお前の一番好きなところはその根性だ。素質ある人間でも、そこを鍛えるのは容易ではない」
「はは、ありがとうございます」
身体中に穴を開けられると知っているので必死に頑張っています、とは言えない。
数時間模擬訓練をしたあと、ようやく終わるかと思いきや――。
「魔力を練った後、再び手合わせだ」
「まじですか……」
しかし後ろで応援してくれるリリス。
いつもメイド業務をサボってないかと思ったが、どうやらちゃんと両立しているらしい。
皆優秀だなあ……。
「頑張ってください、ヴァイス様!」
ありがたいが、あんまり情けない所は見ないでほしい……。
◇ ◆ ◇ ◆
ミルク・アビタス――side。
私がこの依頼を受けたのは退屈だったから。
冒険者ランクは容易にS級に辿り着いた。
とある王国で騎士団長をしていたが、大して面白くはなかった。
私はもう全盛期には程遠い。
今私が10代なら一つの領土にとどまらず、世界に飛び出していただろう。
だが現実は厳しい。私が女であることは人生において最も悔やむことの一つだ。
いくら魔力を鍛えても、筋力には限界がある。
そんな時、昔馴染みの執事から連絡があった。
とある貴族の長男を鍛えてほしいと。
名前は有名なのですぐにわかった。
最低なゴミ貴族、ヴァイス・ファンセント。
弱者をいたぶるのが好きで、奴隷を凌辱するのが趣味だと聞いていた。
何人かの奴隷が死体となって内密に処理されたと耳にしたこともある。
領民からの噂も最悪だ。
本来ならそんな輩は相手にしないが、思いのほか金が高かったのと、ゼビスの奴がどうしてもと頼んできた。
面倒だったが、適当に相手をして金だけをもらえばいいと思っていた。
どうせコイツも入学前に少し気持ちが高ぶっただけで、すぐに飽きるだろう。
だが――違った。
「ミルク・アビタスです。これからは宜しくお願いします」
「僕の名前はヴァイス・ファンセントです。ミルク先生、今日から宜しくお願いします。それと敬語は使わないでもらえませんか? 徹底的に厳しくお願いします。容赦は一切いりません」
貴族とあろうものが私に対して丁寧な言葉遣いで返事をし、開口一番にこんなことを言い放った。
お前今、自分が何を言っているのかわかっているのか? と危うく口走りそうになったほどだ。
噂とは少し違うようだが、私はプロだ。要望に応えよう。
その日から私はヴァイスの指導にあたった。
剣術なんて教えてもすぐに身につかない。まずは根性、そして正しい方向に努力ができるかどうかを見極めたかった。
だが驚いたことに、ヴァイスは私の言葉を一言一句たがわずに従った。
小手先の剣術を教えてほしいと逸ることもなく、ただ汗を流して基礎訓練に励み、文句の一つもない。
心中では思っているだろうが、その姿は噂と随分違った。
そして私の言葉だけではなく、正しい知識を自ら学び、行動、そして研鑽を重ねていった。
時が経つにつれ、私はヴァイスを育てることが楽しくなっていた。
その理由の一つとして、ヴァイスの成長速度が尋常ではないことも関係しているだろう。
たまに歴戦の戦士と戦っていると錯覚さえするのだ。
私が想定していた魔力量は数週間で超えて、今は一流冒険者たちと遜色がない。
いくら小手先のスキルを覚えようが当たらなければ意味はないし、高位魔法ほど魔力を大量に消費する。
攻撃は手数が全てだ。それをヴァイスは理解し、魔力量を向上させる訓練を死ぬ気で行なっている。
いつしか誰かがヴァイスの悪口を言っていたのを聞き、つい口出ししてしまった時がある。
あいつはそんな人間ではない――と。
その時、気づいたのだ。
先生と生徒の間柄ではなく、いつしかヴァイスを自らの後継者だと思っていることに。
もちろんそんなことは死んでも本人には言わない。
だが奴は、噂と大きく違って善人すぎる。
それは戦場において必ずしも良い方向に向かうわけではない。
卑怯という言葉は、戦場において褒め言葉だ。
私が教えてやる。
今まで培った全てを、ヴァイスに叩きこんでやろう。
「先生、もう無理で……す」
そんなことを考えていると魔力がゼロになってヴァイスが倒れてしまった。
仕方ない、魔法の授業は優しくと言われているからな。
「よしよし」
けど可愛い弟子の頭を撫でるのは嫌いじゃない。
寝顔も随分と可愛いもんだ。
だがリリス、君の殺気には気づいているぞ。
もし私が彼に手を出せば、君が黙っていないことも。
とはいえ、そう簡単に退こうとは思ってはいない。
なぜなら私も、ヴァイスのことを気に入ってしまったのだ。
私は戦士だが、女性としての心を捨てたわけじゃない。
男として成長するのを見届けて、弟子を自分のものにするのも悪くはないだろう。
とはいえ訓練は別だ。
この調子なら数ヵ月後の実戦テストも問題なく行えるはず。
ヴァイス、私は君のことが好きだ。
頼むから死なないでくれよ。
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