168 敗北を糧に
「はあ……」
市街地A。
右手を空に掲げながら、自身の無力さを憂う。
シンティアさんとの相性は最高だった。
なのに――勝てなかった。
慣れない武具のせいにはできない。
それはみんな同じだからだ。
僕に足りなかったのは、覚悟だ。
デュークもリリスさんも、いつもとは違う真剣さがあった。
ヴァイスはいつも覇気がある。
それに魔眼という新しい能力。
対して僕は他人の模倣ばかりだ。
努力や訓練を誇るなとゼビス師匠、ダリウス師匠は言っている。
結果を誇れと。
そう考えると、僕はダメだ。
「あら、ため息いいわねえ青春って感じで」
突然の声に驚いて上半身を起こすと、屋上の端で、エヴァ先輩がいた。
小さなメロメロンを齧りながら、足をバタバタさせている。
彼女は不思議な人だ。
強いのにそれに対して固執せず、自分の道を歩いている。
「いつのまにいたんですか?」
「私のほうが先にいたわよ」
そんなこと有り得るのだろうかと思ったが、先輩ならありえる。
「すみません。お邪魔でしたか」
「ん-ん。悩める後輩ってのも、悪くないわねえ。こっちおいで」
ちょいちょいと手をこまねかれて、隣に座る。
すると、箱に入ったメロメロンを一つ頂いた。
「あ、ありがとうございます」
「おてて汚さないようにねえ」
「はい」
しゃくりと一口、うん、美味しい。
話しかけづらい雰囲気はあるものの、何でも話してくれそうな感じもある。
「聞いてもいいですか?」
「内容によるわねえ。めんどくさいのは嫌いだから」
「…………」
色々聞きたいことがある。
エヴァさんとそっくりな人のことは、あまり教えてくれなかった。
ミルク先生とかとは話しているらしいが、蚊帳の外だ。
きっとそれはダメだろう。
なら――。
「強くなるのって、どうすればいいですか?」
単純で、なおかつわかりやすい質問を尋ねた。
するとエヴァ先輩は、俺をじっとみつめて、ふふふと笑う。
「あなたは十分強いじゃない。どうしてそんなに悩むの」
「……一番になりたいんです」
「あら、どうして?」
その言葉に、ハッとさせられる。
……わからない。
僕はなぜ、一番になりたいんだろうか。
やりたいことは明確だ。
世界各地で起きている出来事、魔物、苦しみをできるだけ取り除きたい。
その為には……一番になる必要がある。
いや、本当にあるのだろうか。
「……すみません。そういわれるとわからないです。色々とやりたいことあります。けど、それが一番じゃないできないかどうかは……」
「ふふふ、正直でいいわねえ。この学園の一番は確かに称賛されるわ。凄い、カッコイイ、綺麗、カワイイ、強い。でも、そんなのって何の意味があると思う? 私はねえ、最強になりたいと思ってここへ来たの。確かに人よりは強いかもしれない。けど、意味ないのよ」
「意味ってのは……」
「結局、みんな支え合って生きてるからねえ。あなたがたとえ弱くても、隣の人が強ければいいんじゃない?」
その言葉に、ハッとさせられた。
今まで自分が強くなければ世界は変わらないと思っていた。
でも、そうじゃない。
例えば僕が一番強くても、例え最強でも、変わらない。
頭のどこかでわかっていた。ただ、頑張る理由が欲しかった。
でも、悔しい。
勝ちたいという気持ちがある。
これが、なんなのかわからない。
「でも、エヴァ先輩は強いです。その景色は、どんなものですか?」
「――退屈」
僕の両頬を掴んで、ふふふと笑う。
「私より強い人はまあ、そうそういないけど、それで何か変わるわけじゃなかったわ。欲しいものは、手に入らないことの方が多いしね」
「……それは、あのもう一人のエヴァさんと関係してますか?」
「あら、それはめんどくさい質問ね。でも、そうかもしれないわ」
エヴァさんは強い。強すぎる。
それでも、本当に望んでいるものは手に入っていないということだ。
「でも強くなりたいのなら、強くなる方法、教えてあげるわよ」
「本当ですか? どうすれば――」
「負けないこと」
「……はい?」
「負けを認めなければ、勝てるのよ。どんな時でも、どんな場面でも」
「それ、なんか違いませんか?」
「違わないわ。最後に勝てばいいのよ。過程は大事かもしれない。でも、結果が全てでしょ?」
その言葉に、僕は師匠たちの言葉を思い出した。
そうだ。この試験は、まだ過程だ。
シンティアさんとのパートナーが解消されたわけでも、ノブレスを卒業したわけでも、まだ世界を変えられているわけでもない。
今落ち込むのは、意味がない。
「……その通りです。僕、頑張ります」
「ふふふ、でもそんなに強くなりたいのなら、少しだけお稽古つけてあげようか」
「いいんですか!? あ、でも――」
僕の模倣を知ってから、多くの人は戦うのを拒否するようになった。
「どうせ盗めないわ。――ほら、そこのお二人さんも良かったらどう?」
エヴァさんの視線、後ろを振り返ると、二人の影が見えた。
頭をペコペコしながら現れたのは、デュークとシャリーだ。
「え、いつのまに!?」
「すまねえ、途中からいつ入ればいいわかんなくてな」
「ごめんね、アレン」
二人は優しい。きっと、僕が落ち込んでいるのがわかったのだろう。
今回の試験の敗北、デュークはいつもよりも落ち込んでいた。でも、それ以上に次は勝つと気合が入っていた。
シャリーは勝利したが、自分の力ではないとハッキリと言い切った。
僕たちはまだ過程だ。それを悔やむことも、立ち止まることも、意味がない。
「よし……。エヴァ先輩、よろしくお願いしまあああああああええええ!?」
次の瞬間、身体が真っ逆さまになり、屋上から突き落とされる。
ははっ、そうだ。僕たちの戦いはこれからだ。
飛行魔法で体勢を元に戻して、光の剣を構える。
「――よろしくお願いします」
敗北を糧に、僕は、もっと強くなる。






