153 パートナー選び
「……はっ、持て余すな」
ポイントが規定値を超えた俺は、無事にBクラスに昇格した。
部屋は以前よりも数倍大きくなっていて、この時代には見ることのないウォーターサーバーが設置されている。
ベットはクイーンからキング、枕がいくつも並んでいた。
飴と鞭の理念から、下位から上位の部屋へ行くことは禁止されているが、まあ合ってないような校則だが。
さすがに頻繁過ぎると注意は受けるだろう。
ミニ冷蔵庫には、以前、旅行でもらってきた(盗品)のメロメロンが入っている。
夜に少しずつ自分へのご褒美。
こういった日々の積み重ねが、未来の俺を創っていく。
随分と羽を伸ばすことができた。
そのとき、シャワー音が聞こえる。
慌ててドアを開けると、そこには――。
「デビデビビッ♪ デビ!?」
「綺麗にしても黒は白にはならねえぞ」
「デビビ……」
ついにシャワーまで浴び始めたデビがいた。
この前、メロメロンを一つだけあげたら美味しすぎたらしく、空を飛びまわっていた。
どうやら味覚は似ているらしい。
ま、そこは可愛げがあるが。
「今日から忙しくなるぞ。ウォーミングアップしとけ」
「デビビッ!」
下級生からの授業や試験を思い返すと、過酷なものばかりだった。
一年生ではまず下地を作り、そこから二年生で能力を昇華させていく。
原作で知っているが、今日はその一歩だ。
ここから置いて行かれるやつも増えるだろう。
だがたとえそれが俺の知っている奴だとしても、情で慣れ合いはしない
ノブレスは、そんなに甘くないからだ。
とりあえずの。
「一個だけメロメロン食べてから行くか」
「デビビッ!?」
「目ざとい奴だな」
◇
中庭で待機していると、驚くべきことがあった。
原作ではクロエだけだったが、そこにミルク先生、ダリウス、ココが現れたのだ。
それにはさすがの俺も、いや、全員が騒がしくなる。
「静粛に。今日は事前告知していた通り、ペアの相手を決めます。ただし気を付けてください。この一年間、いえ、生涯で最も大事なパートナーとなる可能性もあるでしょう」
「複合魔法は、ノブレスで最も大事な能力だ。そして、我が校の秘匿でもある。それを肝に銘じておけ」
クロエがピシッと言い切り、ミルク先生が答えた。
必要以上に静かになってしまい、ダリウスが宥める。
「まーあれだ。先生たちの言う通りではあるが、これに関しては相性も大事だからな。ねえココ先生」
「そう? お互いにメリットだけ考えたらいいんじゃないの?」
「…………」
ダリウスのナイスパスも、ココには効かないみたいだ。
と思っていたら、ふふふと笑って、前に出る。
「冗談です。大事なのはもちろん能力、だけどそれ以上に合うか合わないか。今まであなた達は、といっても私は知らないことも多いけど、生死を共にしてきた人もいるはず。情もあると思う。だけど、そんなのは戦場において足手まといにしかならない。考えるのは誰の能力なら自分にメリットがあるか? それを一番に考えて。――あれ、やっぱりメリット?」
その言葉で、生徒たちが笑った。
今ここにいる奴らは、原作以上に過酷な生活を体験しているからだ。
それこそ俺の存在は、こいつらにとって非常に面倒だろう。だがそれでも食らいついている。
全員が底上げされていて、名無しのモブですらもはや油断できない。
そして俺は、シンティアに視線を向けた。
彼女は真面目に話を聞いていて、前を向いている。
複合魔法とは、氷の翼をシンティアに付けてもらったのと似ている。
ノブレスの生徒は、中級生になると一年間かけお互いの能力を明かし合い、細かい調節をしながら複合習得を目指す。
属性は後天的に習得はほぼ不可能だ。だが原理と元素、能力を深く知ることで、魔法を変化させることができる。
うまくいけば、シンティアの氷のような稀有な魔法になる場合すらある。
またこのペアの相手だが、人よっては卒業後も仲間を組んだり、男女の場合結婚することもあるらしい。
それから更に驚いたことがある。
「これは、私がノブレス在学中に体得、そしてそれを昇華したものだ」
俺たちの前に出たミルク先生が、右手の剣に炎を纏い、身体を水の薄い膜で覆った。
原作ではほぼ最終奥義に近い。それを見せるとは。
「攻撃力はもちろん、身体に受けた攻撃は、全てこの水によってはじき返す。まあ、それ以外にもできることはあるがな。これから一か月間、お前たちは多くのパートナーと組んでもらう。そして、戦ってもらう。全てをさらけ出し、お互いの力を測れ」
「ミルク先生が言っている通りだ。最初は気軽でもいい。だけどこれだけは言える。もし本当に相性が良いと思ったら、考えずともわかる」
「あらダリウス先生、意外に詩的なんですね」
「ココ先生、そこは茶化すとこでは……」
和気あいあいとした授業だが、大事な話ばかりだ。
そしてその日から、パートナー決め期間となった。
まあ、まだ初日だが。
「ヴァイス、どうでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
シンティアは、俺に声を掛けてきた。
今までのことを考えると当然だろう。
他にも色々とペアが決まり、アレンはリリスと組んでいた。
授業はシンプルなもので、通常のタッグ戦や旗獲りといったものだ。
「勝者、ヴァイス・シンティア!」
「やりましたわね、ヴァイス!」
「ああ、完璧だった」
翌日、俺はリリスと組んだ。
もちろん一位で、続く他の奴らとも組んだが総合的に好成績を収めた。
だが数日、一週間となってくると、やはりお互いにわかるのだろう。
合う、合わないがある。
こればかりは相性というよりは、生来の能力の問題もある。
性格も重要だ。勝つ為に前に出たいと思っていても、勝つために後ろに下がりたい人もいるだろう。
戦場、戦闘において確率論なんて無視すべきだという人もいるし、それもあながち間違ってはいない。
そして最終日の夜、俺は部屋でシンティアと一緒にいいた。
「ヴァイス……いよいよ明日ですね」
「ああ」
何気ない会話から、昔話をした。
初めて会った日の会話、食事会、すべてが懐かしく思える。
だが――。
「ヴァイス、私はあなたのことを愛してますし、それは変わりません。ですが――」
「わかってる。シンティア、お前と離れるつもりはない。だが、互いの為にはならない。――俺の生涯の伴侶は、お前だけだ」
「――私もです。愛してますわ」
その日、俺たちはパートナーにならないと決めた。
翌日、既に次々とパートナー申請が始まっていた。
途中で変えることもあるが、この一か月間、ミッチリと訓練を組んできたのだ。
そういうこともはあまりないだろう。
そして俺の前で、シンティアが、アレンと前に出ていた。
「アレンさんとパートナー申請をお願いします」
「シンティア・ビオレッタさんパートナー申請をします」
原作でもアレンはシンティアと組んでいた。その理由は、一番能力の相性が良いからだ。
彼女の持つ氷は、ヒロインであることもあってアレンと適正がほぼ完ぺき。
それは、模倣できるようになった今の状態のアレンでも変わらないだろう。
これは、ノブレス設定上で考えると当たり前だ。なぜならヒロインはシンティアなのだから。
むしろ俺は、シンティアが情に流されずに決めたことを誇り高いとさえ思っている。
「デュークさん、いきましょうか」
「ああ、リリス。よろしくな」
面白かったのは、原作では違うペアばかりだったことだ。
リリスはデュークと。
高速移動と奴の力が合わさるなんて、恐ろしいだろう。
「セシル、頑張ろうな!」
「ええ、トゥーラさん」
一番驚いたのは、トゥーラとセシルだ。
だがセシルは、構築術式で剣を扱っていた。
トゥーラも猪突猛進なところがあるが、そこに頭脳が加わると思えばおそろしいだろう。
「カルタさんっ、よろしくね」
「もちろん! 私たちで、一位をいっぱいとろうね」
そして、カルタとオリン。
俺が思うに、現状で一番脅威だ。
オリンは魔法の杖が必要だが、飛行を覚えてきている。
二人の移動領域は更に広がりを見せていた。
使役した魔物を安全圏から操り、更に空からバカでかい魔力砲を放つなんて、誰が考えてもズルいだろう。
はっ、おもしろい。
そして俺は――。
「シャリー、行くぞ」
「ほ、ほんとう私でいいの?」
「ああ、お前しかいない」
「……わかった」
「だがお前が嫌なら――」
「そんなことない。ヴァイスに声を掛けられて断る人なんて、ノブレスにはいないよ」
そう言い切ったシャリーは、とても真剣な瞳をしていた。
彼女は精霊を従えている。それは稀有で、誰も習得できない。
つまり彼女はペアの相手としては不十分で、誰もなりたがらない。そしてそれを考慮するほどノブレスは優しくない。
だが俺は違う。
四大属性に光と闇、更に今後は強化属性をも考えている。
今後属性を増やすにしても、シャリーと組むのが、全てをクリアするのに必須だ。
そして原作ではシャリーが死亡し、アレンがその精霊を引き継いだ。
ノブレス・オブリージュの理を知っている俺だからこそ、この選択は当たり前だろう。
だがそれを抜きにしても、彼女の才能は知っている。
「ヴァイス・ファンセント、シャリー・エリアスとパートナー申請をします」
「同じくシャリー・エリアス。ヴァイス・ファンセントと申請します」
ここからが本番だ。
俺は必ず勝つ。魔物にも魔族にも
そして魔王にも。
――そうだろ。ヴァイス