151 名探偵セシル
「……負けました」
「ふふ、強くなったね。ファンセントくん」
「はっ、どの口が言ってんだ? ――っと、一礼」
その瞬間、周りで歓声が上がった。
「うおおお、マジだ。ヴァイスでも負けるんだな……さすがセシルだ!」
「凄いね。こうやって負けるヴァイス見るのは初めてかも」
「ヴァイス、弱いねえ」
「黙れ、俺に勝てないトリオは黙ってろ」
どデカい遊技場、というか長テーブル。
そこで、バトル・ユニバースの大会が行われていた。
セシルは相変わらずで、無類の強さを誇っている。
俺はアレンとリリスを倒し準決勝までコマを進めたが撃沈。
決勝戦――。
「セシル殿、負けないぞ!」
「あら、お手柔らかにお願いします」
……え?
「トゥーラ、……なんで強いんだ?」
「どういうことだ?」
「いや、別に何もないが……」
「私は勝つぞ! ヴァイス殿、見ていてくれ! 勝ったらご褒美をくれ!」
「冷気を感じるからそれ以上は言うな」
トゥーラはレディだ。アレンやデュークと違って酷い事は言わないが、ある意味こっち側だと思っていた。
だがしかし、意外にもいい駒の進め方をしやがる。
いや、そうか。剣で魔法を制すにはそれこそ頭が必要だ。
本能だけじゃ不可能、意外にも理詰めタイプだったのか。
「ヴァイスくん、知らないの?」
「何がだ? カルタ」
「トゥーラさんの座学の成績、セシルさんと同じくらいだよ」
「……マジかよ」
これは意外だ。原作では細かい座学の成績なんて表示されない。
確かにぐんぐん伸びていたとは思ったが、総ポイントしか見ていなかった。
意外な才能だ。だが、こういう新たな発見があるのも面白い。
俺が見ていてもトゥーラはかなり食らいついていたが――。
「ま、負けました!」
「ありがとうございます。トゥーラさん、凄く上手だった。上からになって悪いんだけど、また遊んでくれないかな?」
「もちろんだ! いやー! 楽しいなあ!」
まあちょっとだけ、俺のセシルを取られた感じがしたが。
「ヴァイス、何を考えているのですか?」
「何もないぞ、シンティア」
それからお菓子を食べたり、雑談をしたり、とにかく学生らしいことをしながら時間が過ぎていく。
青春を味わう努力しているわけではないが、ミルク先生曰く後から後悔するなよ、との教えがある。
ま、これも修行の一環だ。
「ヴァイス様、楽しそうですね」
「ええ、このところ大変だったから、笑顔を見れてホッとしてますわ」
何か、リリスとシンティアが俺を見ていたような? 気のせいか。
就寝前、風呂に入ろうと自室に戻って入浴セットを準備。
ヘアクリーム、ヘアオイル、フェイスタオル、オールインワンジェル、ボヘミアンサウナハット(場合によっては)。
ふむ、完璧だ。湯道はこの時点から始まっているからな。
この屋敷は湯にこだわりがあると聞いた。
楽しみだと思っていたそのとき、野太く、それでいて脳まで筋肉化しているであろう声が、響いた。
エントランスへ急いで向かうと、そこにはデュークが倒れていた。
「デューク、デューク!」
アレンが急いで声をかけている。だがデュークは動かない。
……まさか、魔族が。
次々と集まってくる面子、そしてシンティアが急いで脈を図る。
そして――。
「これは……寝ていますわ」
「……は?」
「睡眠草です。もしかしたら明日の朝まで起きないかもしれません」
「な、なんだと……じゃあこいつ、風呂も入らず海水でベタベタになって更に汗だくのまま目を覚ます、ということか?」
「そうですわ。誰かがお風呂の介護しないかぎりですが……」
その場にいる全員の目、がアレンに向けられる。
しかしさすがのアレンも、そっぽ向いた。
ああ、めんどくさいよな。
いや、それよりなんだこのノリ、雰囲気。
どういうことだ?
睡眠草は、疲れている時に眠れるぐっすりアイテムだ。気力を回復させるサポートアイテムでもある。
だがこんな楽しい旅行で摂取したいものじゃない。なぜなら一番楽しい夜更かしや枕投げイベントも素通りしてしまう。
ありえない、だが実際に起きている。
「動かないで」
そのとき、セシルが言った。いつもとは違う声色、眼鏡を食いっとあげて、デュークの口元を見る。
「……これは、事件よ」
「どういうことだ?」
「デュークくんは脳まで筋肉よ。そして、筋肉の人はぐっすり眠れる性質を持っている。間違っても睡眠草を飲むはずなんてない。つまりこれは、騒ぎ立てるデュークくんを眠らせたかった人による犯行が高いわ」
「いや、何言ってんだ?」
俺のツッコミにも意に介さないセシル。
その時、声をあげたのはカルタだった。
「わ、私じゃないよ!? 確かにデュークくんは元気で声がデカいなって思うときもあるけど、それも好きだし!」
「……ねえ、アレンは何か知ってる?」
シャリーの問いかけに、アレンは少しだけ不敵な笑みを浮かべた。
「……僕じゃない。確かに夜はゆっくり眠りたいなって思うときがあるけど、そんなことしないよ」
一体何が、何が起きている。
そのとき、ハッと思い出す。
そうだ。そういえば、こんなサイドストーリーがあったはずだ。
まさかでもみんなノリノリすぎるだろう。
これが、ノブレスの強制力。
犯人を見つけるまで終わらねえイベントだったはず。
本来はアレンが探偵だが、セシルがミステリーを好きすぎたのだろう。
これも、俺が起こした改変、最後まで付き合うしかねえ……。
「わ、私じゃない!? わ、私は知らないぞ! ひ、ひとりで風呂にはいる!」
そういって、トゥーラが叫び始める。
「おいトゥーラ、まて行くな!」
お約束すぎるその行動に対し必死に叫ぶも、彼女の耳に届かなかった。
そして姿が見えなくなって数秒後、また叫び声。
慌てて近寄ると、トゥーラは親指を加えて眠っていた。
そして、セシルがそれを見る。
「ちゅっちゅっ、ぬいぐるみがほしいのう……」
「……これはまずいわ。クマさんのぬいぐるみを用意して、ベッドまで運びましょう。リリスさん、手伝ってもらえる?」
「はい」
「おい、待て」
しかたない、最後まで付き合うしかない。
トゥーラとデュークをベットに運んだ後、セシルはなんか知らんがウロチョロしていた。
探偵が考える時によくある、歩いて戻って歩いて戻るアレだろう。
「睡眠草は効き目に時間がかかる。ことことから――カレーの可能性が高いわ。そして、犯人はこの中にいる」
ダンダンダンダン!
「おい何だこの効果音!?」
カルタ「!?」
シンティア「!?」
リリス「!?」
オリン「!?」
シャリー「!?」
アレン「!?」
何か今一瞬だけ全員の顔がアップになったような……気のせいか?
まあいい、サクッとクリアして風呂に入ろう。
「デュークくんの特製カレーは肉、だけど野菜たっぷりのカレーを作ったのは……アレンくんよね」
「ぼ、僕じゃないよ!? 草だって見極めがつくし!?」
「でも、確かにアレンはデュークが騒がしいってよく愚痴を言っていたわ。たまには静かに寝たいって」
「シャリー、なんでそんなこというの!?」
「だったらアレンが犯人だ。さっさと自白しろ。そしてデュークを介護しろ」
「違うってば!?」
俺の答えに、セシルは首を横に振る。
やめろその段階踏む感じ。
「アレンさんはデュークくんと仲がいい上に、山にも詳しい。間違っても草を入れたりなんかしない。つまり除外、カルタさん、カレーを食べている途中、退出したときがあったわよね?」
「え、ええ!? わ、わたしは!?」
「どこへ行っていたの?」
「そ、外が気になって!? ほら、台風だったから!?」
「それを裏付ける証拠は?」
「あ、だったらボクがお手洗い行く途中、窓からカルタさんが外を見ているのをみたよ」
「ほ、ほら!?」
「そう。ならカルタさん、オリンさんも除外だわ。カレーが出来上がる前にいれておかないと、睡眠草は溶けないからね」
残りはシンティア、リリス、俺、シャリー。
……なんか嫌な予感がするな。
「私はトゥーラさんと付きっきりでしたわ」
「私もです」
「シンティア、リリスとリリスさんはそうね。つまり、残っているのは、ファンセントくん、シャリーさん」
全員の視線が向けられる。
しかし、シャリーが手を挙げた。
「私はデュークを狙う動機も、トゥーラさんを狙う動機もないわ。確かにデュークはうるさいけど、別部屋だし。トゥーラさんはカルタさんと同室でしょ?」
「そうかもしれない。消去法でいくと、ファンセントくん……」
「ちょっと待て俺は何もしてないぞ。確かに筋肉はうるさいし静かに寝たいと思ってる。トゥーラに対しても意外にバトル・ユニバースが強くて驚いたが、嫉妬はしてない。まあ少しモヤっとしたが」
「ヴァイス、たまにはそういうときもありますわ」
「ヴァイス様、これは卑怯でも何でもありません。ストレスです」
「おいシンティアリリス、突然なんだ。いつも全肯定してくれるじゃないか」
クソ、早くこのイベントを終わらせねえと俺の立場が危うくなってしまう。
そういえばこのサイドストーリーでもゲームオーバーがあったはずだ。
マズイ。
「……待てよ。そういうセシルも怪しくないか? 俺たちに矛先を向けて、自分は安全圏だ」
「な、何を言ってるの!? 私はありえない!」
「なぜだ、いってみろ」
「だ、だって……みんなと、夜中までバトル・ユニバースしたいもん! 誰かを眠らせるなんて、いやそんなミスもしないもん!」
突然抱っこみたいに頬を赤らめるセシル。
そしてみんなが笑った。
確かにそうかもしれない。
だが犯人は……その時思い出す。
「デビ」
「デビビビ!?」
「あいつらを起こしてこい」
「デビ!」
そういって、デビを派遣する。睡眠解除魔法が得意なのをすっかり忘れていた。
そして目覚めたデュークとトゥーラが、寝ぼけ眼でこっちへくる。
「ふあああ、なんだもう朝か?」
「おいデューク、お前草を食べなかったか?」
「草?」
「ああ、変な形をした草だ」
「うーん、あそういや海に入ってる途中で口にはいったな」
「そ、そういえば私もだ!」
その瞬間、誰もがシーンとなり、セシルを見る。
「さて、お風呂に入りましょうか。ちょうどいいぐらいだわ」
「そうですね。結果良ければ全て良しですわ」
「シンティアさん、行きましょう!」
視線に耐え切れなくなったセシルは早足で消えていく。
そのとき、「パッパパパッラー」という謎の効果音が聞こえた気がした。
何だこりゃ、クリアってことか?
いや、聞こえてないが、聞こえたような気がした。
「よおよお、早く風呂いこうぜ! ヴァイス、アレン! ……オリンもだよな?」
「ええ!? なんでボクだけ仲間外れにしようとするの!?」
「そういうわけじゃねけどよ……服は着といてくれよ」
「な、なんで!?」
頼むからもうハプニングは起きないでくれよ。
◇
「……ふが。あ、屋敷だ! 屋敷だメリル!」
「死ぬ……喉乾いた……お水が飲みたい……」
「メリル、起きろ! 屋敷だ!」
「甘い物が食べたい、お風呂に入りたい……」
「シンティアさんと、お風呂に入れるかもしれないぞ!」
「え!? 急がなきゃ!?」